21両目〈銀の狼 ①〉
切り離された“時間”を今一度刻ませる。
自ら願ったことはなく、況してや取り戻すに術はなかった。
縁なのか、運命なのか。
ひとりの青年と出会ったのは、偶然の巡り合わせとはいえない。云わば時の刻みの中で決められていたのだろうと、見解するしかなかった。
ルーク=バース。
あるときは明朗闊達、またあるときは勇猛果敢なさまの青年の名。
「おまえさん。いや、ルーク=バース殿。ワシのもうひとつの“時”をそなたが象らせた本来のそなたの中で刻ませるの許しを得たい」
男はズボンのポケットから固体物を取り出して、ルーク=バースに示していた。
「承知」
バースの返答は早かった。
バースは今か、今かと新たな時の刻みの瞬間を待っていた。
しかし、男は一向に行動へと移さなかった。
男は設備の機材を操作しては指先を止めるを繰り返し、溜め息ばかりを吐いていた。
「おっさん、どうした。何だか浮かない顔をしているぞ」
バースはとうとう、男に声を掛けた。
「“銀の狼”と会うのだ」
男は首に掛ける鎖を外して、垂れる固形物を振り子のように揺らしていた。
バースが見る固形物は、透明な多面体の型だった。施設の天井に吊るされている照明灯の明りによって、固形物は光を色鮮やかに反射させていた。
バースは微笑をして、男が右手でぶら下げる固形物を、鎖ごと受け取った。
「“銀の狼”に会えとは?」
「“象”に時を刻ませるには“銀の狼”によって路を繋げるのが必要と、装置が条件を出したのだ」
「こいつは“銀の狼”に会うための道具なのか?」
「“銀の狼”に会うための路を示してくれる。いわば、方向指示器だ」
「そうか……。」
バースは鎖を首にさげて、固形物を胸元に押し当てた。
「気が進まないならば、無理強いはさせない」
「そんなんじゃねえよ。むしろ“あいつ”にまた会えると喜んでいる」
「ほう、おまえさんは“銀の狼”を存じていた?」
「できれば、緩やかな時の刻みで会いたかった。それが残念なだけだ」
バースは全身を“橙色の光”で輝かせていた。
男の顔は感嘆を表していた。
バースが押し当てる胸元から色鮮やかに瞬く光の帯が表れ、しなやかに靡かせながらまっすぐと延びていた。
「おっさん、行ってくる」
「頼むぞ、バース殿」
ーーロト。俺たちに、路を示してくれ……。
目蓋を綴じて、バースは“銀の狼”の名を呼ぶーー。
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肌が擦りむくような痛みだった。足元は低反発の踏み心地だが、お世辞にもいい感触とは言えなかった。
カナコは思った。うっすらとした、まるで日没したばかりのような群青色の空間にいると、思考を膨らませた。
何が起きたのかと、カナコは経緯を辿った。
頭の中で浮かべる光景の中に、タクトがいた。
朱色がタクトを包んでいる。姿はわからないが、タクトを連れていこうとしている。
光景が途切れ、カナコは続きを辿るを試みた。
頭が締め付けられる痛み、激しく打つ鼓動。息はあがる、火照る肌。それでもカナコは辿るを続けた。
限界だと、カナコは経緯を辿るを止めた。
「ふう」と、息を大きく吐き、低反発な足元へと腰を下ろすと背中を丸めて膝を抱えた。
ようやく【国】の大地に足を踏みしめるところだった。それなのに、またみんなとはぐれてしまった。
ーー諦めるな、逆境を踏み台にしろ……。
疲れているのだろう。カナコは傍にいない父の言葉が直に聴こえると、苦笑いをした。
「もとい。空になった腹は、飯を食って脹らませろ」
カナコは焦った。背中をまっすぐに伸ばして、両腕で抱える膝を離した。
視野が眩しいと、カナコは辺り一面を見回した。
「あー、驚いた。ロトのところに来れたかと思ったら、こんなところでしかも、おまえがいた」
今目の前にいるのは、間違いなく父だ。相変わらず拍子抜けるが、今は其れ処ではないとカナコは湿った目頭を手の甲で拭った。
「お父さん、ありがとう……。」
カナコは涙を溢していた。一度父親と目を合わせ、両手を広げて父親の胸元に顔を押し当てた。
「よく、頑張ったな。身体の調子はどうだ?」
「大丈夫だよ。でも、タクトが見えない。どんなに辿ろうとしても、タクトが見えないの」
カナコは父親に抱かれていた。
耳を澄ますと父親の鼓動が聴こえる。力強く、安心すると、カナコは父親の腕の中にいた。
「解った、タクトを助けよう」
「『助ける』と、いっても、方法はあるの?」
「カナコ“宝物”は持っているか?」
カナコは父親の腕を解いてこくり、と、頷いた。
「偉いぞ、カナコ」
カナコはいつも肌身離さずで大切にしていた“宝物”があった。無くさないようにと、首飾りにして下げていた。
「お父さんは『ロト』に会うつもりだった」
「“宝物”が目印になったのは、変わりはないさ」
「でも、此処がどんな場所か。それもはっきりとさせたい」
「まとめて、やってやろう。ただし……。」
「お父さん、珍しく弱気」
カナコの愛想笑いに、父親は照れ隠しで「ごほっ」と、咳払いをして見せた。
「お父さん、一緒に呼んでくれる?」
カナコは首飾りの装飾品を右の掌に乗せて、父親に翳していた。
父親は頷き、カナコの掌の装飾品ごと右手をそっと乗せた。
ーー銀の風よ“銀の狼”に吹き込んで、路を照らして……。
カナコは口ずさむ。掌の中の“象”を思い描き、詠唱をする。
父親の掌と掌の隙間から銀色の光の粒が溢れる。ひとつ、ふたつ。数えきれないほど溢れては、浮遊をして父親とカナコの回りを漂っていた。
父親は、カナコの掌から掌を離す。
瞬きは、穏やか。カナコの掌の上で“象”は静かに銀色の光を解き放していた。
光は蜃気楼と変わり、揺らめく。
獣の遠吠えが聴こえ、カナコは蜃気楼の中の“象”を目で追った。
瞳の色は翠、全身を覆うのは青銀の毛。
カナコたちの前に現れた、銀の狼は「ふるん」と、静かに銀色の吐息を吹かせる。
蜃気楼は“象”を残して、群青色の空間に解ける。
眩い銀色の閃光が、群青色の空間を染める。
ーーいつか見た“場所”に似ている。そう、あの惑星で見上げた満天の星とそっくりだ……。
蜃気楼が晴れて、カナコは姿をはっきりと見た。
青銀の髪と翠玉の瞳。すらりとした背丈に腕捲りをしたジャケットと翠のハイネックのシャツ、ズボンにブーツと、着こなすさまが素晴らしく映えている。
ロト。
次元が違う世界と時を自由に行き交い出来ると人がいう、伝説のエスパー“SILVER・WOLF”の名。
ルーク=バースが生きる世界に“永遠の少年”が現れた瞬間だった。
「よっ! ロト」
「バース。久しぶりだ」
バースとロトは手を取り合って、しっかりと握りしめた。
「また、呼んじゃった」
カナコはふたりの手が解かれるのを待って、ロトに声を掛けた。
「俺が必要だから、此処に呼んでくれた。俺が拒む理由はない」
「おおらかね」と、カナコは目尻を下げた。
「ロト、すまないがふたつ。いやみっつほど頼みたい」
「訊こう、バース」
「タクトが“渾沌”に囚われた。救出の援護を頼む」
「御意」
「お父さんの仲間の人たち、わたしの友達も何処にいるかわからないの。せめて、居場所がわかりたい」
「任せろ、カナコ」
ロトはカナコに“象”を翳すようにと、促した。
「バース、おまえも粋な小道具を持っているな。そいつとカナコが持つ“象”を連動させて、仲間たちのいる場所を見つけよう」
考えが素早いと、バースはロトに感嘆な顔を剥けた。
バースとカナコの掌で固形物と“象”がロトの右の掌で重ねられ、ロトは右手に銀の光を輝かせた。
「俺の“力”でこれらの威力を増幅させる」
ロトは息を吸い込み、目蓋を綴じる。
“ロトの象”が青銀の光を、光に照らされる多面体の固形物は彩り鮮やかに、様々な色を解き放していた。
光は帯状で曲線を空間で描き、どこまでも延ばしていた。
「路は繋がった。大丈夫だ、彼らは無事だ」
「ロト。みんなが無事だと、わかるの?」
カナコは目を丸くして、ロトに訊いた。
「“光の帯”がキミたちの世界でいう“力の光”に反応している。していなかったら“光の帯”は消える……。」
「【幻渓谷】に奴らを誘導出来るか?【其所】で一旦、仲間たちと落ち合いたい」
「解った」
ロトはバースの申し出に賛同をする。
ーーワールド・ショットッ!
ロトは両手をバースの背中に乗せて、銀の光を解き放した。
銀の垂れ幕が、銀の光で象られた薄い幕が、バースの前に表れた。
「お父さん、大丈夫?」
身体をふらつかせ、とうとうしゃがみこむバースに、カナコは堪らず背中を擦った。
「ちょっと衝撃があったが、赦してくれ」
ロトは銀の光の幕を手にとって、光の帯に解かした。
「【場所】を示す、いわゆるナビゲーションを彼らに送った」
「“スクリーン・ショット”に呼び方を変えろ」
「何の事だ、バース」
「俺の頭の中を写して剥がした。ロト、おまえが発動させた“力”だよ」
「みんなの安全は、確保されたの。お父さん、ロトにちゃんとお礼をしてよ」
カナコは険相をして、バースの背中に肘を押し当てた。
「次に取り掛かる。バース、カナコ。先ずは、此処から出る」
「そうだった。ふたりとも、わたしがいる場所に来ちゃった。どうやって出ようかは、全然考えていなかった」
「“力”は発動出来るが、足元の踏み心地が悪い。出口が何処にあるか、さっぱりわからないぞ?」
「突破口は見出だされた。バース、カナコを二度と手離すな」
ロトは空間に目を凝らしていた。
「ロト、見えているよ。あの先にタクトが居ると、見えているよ」
「その通りだ、カナコ。此処は“渾沌”の巣の中。おまえとタクトは此処に放り込まれた」
「わたしは大丈夫だった。わたしの中にいる“カナコ”がわたしを護ってくれた。お父さん、わたしはーー」
カナコは震えていた。
「心配するな。父さんは、おまえをけして離さない。だから、しっかりと掴まっとけ」
バースはカナコを腕の中に引き寄せて、抱え込む。
ーー我が“力”そのものに入り込む、その勇敢さは讃えよう。褒美に我が一部として、此処で解けるを授けよう……。
「奴は実体を持たない。だから、タクトは“渾沌”の標的にされ、身体を乗っ取られた」
「ロト。タクトは、タクトの“芯”は何処にあるの?」
ロトは口を閉ざした。
今、目の前にいるタクトは“渾沌”に囚われて、利用された。
ロトはカナコの問い掛けに、はっきりとした返答を躊躇った。
「ロトくん、闘おうよ。キミが僕に勝てばいいけれどね」
タクトの身体で、タクトの声で。
“渾沌”は、ロトを挑発したーー。
今回はトト様作品『サザンの嵐・シリーズ』より、ロトくんに出演をお願いしました。トト様、ありがとうございます。




