2両目
タクトとは、どんな生き物なのか?
違った。どんな生き方をしていたのだろうと、カナコは考えた。
両親とは長い知り合い。なのに、あんまり頼りにならないのが、カナコのタクトへの印象だ。
ーー奴は生者だ。取り扱いは自由で構わないが、調子にのるのは自重するのだ。
タクトが〈プロジェクト〉に参加する。カナコが母親に告げた時の返答だった。
母は、タクトに困っていた。
カナコがわかるのは、其処までだったーー。
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紅い列車は、駆けていた。
ある時は加速を、またある時は減速をして閉ざされていた大地を駆けていた。
『まもなく【白色幻想】に停車します。途中下車は、当地のさまざまな安全を確認してからになりますので、列車に待機を強くお願いします』
車内放送が聴こえる〈娯楽、学習室〉の車両で、カナコは机に向かっていた。
「カナコ、どうしたらそんな訳になるの?」
カナコの隣にタクトが座っていた。
〈プロジェクト〉のメンバーであるが、カナコの“本業”は《学生》だ。よって、学校から出された夏期休暇の“宿題”をこなさなければならなかった。
「フナゴローがドーナツを食べて泣いているから」
「教科書の挿し絵を見たまんまどころか、物凄く出鱈目な訳を、カナコは本気で学校の先生に見せるつもりなのかっ!」
タクトは膝に乗せる手を震わせて、眉を吊り上げていた。
「更年期障害?」
「ふざけるなっ! 僕はまだ、そんなトシに到ってないし、キミの態度に頭にきたのだよっ!!」
「大人げない」
カナコがぽつりと、呟く。
「好きにしろっ!」
タクトは椅子を倒して立ち上がり、カナコと目を合わせずに〈娯楽、学習室〉を出ていった。
「くっくっくっ」と、カナコの後ろから笑い声が聞こえた。
「相変わらず、嫌な奴」
「キミに笑ったのではない」
「タクトに?」
「ボクは人のことでは笑わない」
「だったら、何によ? ハビト」
「『歯痒い』とは、こういうことだな。と、思ったら可笑しくて堪らないからだよ」
ハビトが、持っていた本をカナコに差し出して言った。
「うわっ! よく、こんな難しそうな本を読めるね」
カナコは本の頁を捲り一行だけ読むと、ハビトに返そうとした。
「結構、興味深い内容だったよ。ボクは覚えたから、キミはゆっくりと読めばいいよ」
「わたしは頭が足りないから、読んでる途中でこの通りよ。ではなくて、あんた『覚えた』て、本気で言ってるの?」
「うん。キミが読むのが面倒臭いならば、ボクが本に書かれていたことを聴かせるけど?」
カナコはハビトの言うことに、首を横に振った。
「ははは、解ったよ。でも、これだけは言っておく。タクト先生はちゃんとした大人だから、おどけた態度はよくない」
車両の自動ドアを開いたハビトは〈娯楽、学習室〉を出た。
カナコは、不愉快だった。
言い方は違うが、母と同じことを言うハビトに対してだった。
タクトが大人? 頼りにならないと、いつも思うカナコにとっては耳を疑うハビトのひと言にも不愉快だった。
〔大地は活きている〕
カナコは本の表紙を眺めた。
「ダビットお祖父ちゃん?」
父方の祖父の名と同じ著者の名前が気になったーー。
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列車が駆け抜ける大地には時を刻む“証”がない。唯一の“標”は、陽が昇ると沈むを見る。
紅い列車は【白色幻想】に停車していた。
仰ぐ漆黒の空には億の数は軽くあるだろうの星の瞬き。星に負けじと、月が蒼白い光を地上に照らしていた。
「ああっ! 俺の肉」
「“オトコ”は、黙って〈ごりごり芋〉を噛みしめる」
「カナコ。それは“大人の創造”だ」
「あら? 都合が悪いと“子供”を主張する。見事なヘタレっぷりを誉めてあげるわ、ナルバス」
バーベキューグリルで焚きつける炭から弾けて飛ぶ火の粉、焦げたような匂いが心地よく香るさま。
子ども達とタクトは野外形式の夕食に舌鼓をしていた。
「ナルバス、変」
「しっ! ナルバスに聞こえるよ」
オレンジジュースが注がれているコップに口をつけるシャーウットに〈コロリン貝〉を網の上に乗せるホルン=ピアラが口を突いた。
「ハビト」
串に刺さって焼き上がった〈ササバ魚〉を、タクトがハビトに差し出した。
ハビトはタクトが持つ串刺しの焼き魚に右手を向けた。
「魚は口に合わない?」
「あなたには、敵わない」
「止してくれ。頼む、熱いうちに食べてよ」
「いただきます」と、ハビトはタクトから串に刺さった焼き魚を受け取り、噛み締めた。
「さっきは見苦しいところを見せてしまった」
「ボクは何とも思っていません」
「おおらかだね」
「関わっているのは、カナコだから」
タクトは地面に腰をおろして、串の先端で小石を転がした。
「……。言い過ぎたと、僕は後悔している」
「ボクに言われても困ります」
「キミに見透かされた。かな?」
「ボクは、そういうのは好きではないです」
「そうなんだ」
「見たことが、本当のこと。だから、ハイン先生とカナコのどっちが悪いを決めるは、ボクには出来ない」
「ハイン? 僕のことをキミがどうして」
「良いと思いませんか? ボクは『ハイン』が呼びやすい」と、ハビトはひとり列車へと向かうと、梯子を昇って開く乗降口に入った。
タクトは考えようか考えまいかで、頭のなかをいっぱいにしていただろう。
呆れてものがいえない。と、考えに辿り着いたタクトはようやく地面から腰をあげた。
膝が、突然曲がる。何の衝撃だと、タクトは振り向いた。
「コラッ!」
「くっふっふっ」
顔を真っ赤にさせているタクトは、大笑いをしているカナコに感情を剥けた。
「カナコ。キミの“悪たれ”は、キミのお父さん譲りだ」
「お父さんの“馬鹿”に関しては、手のほどこしがないほど呆れていると、お母さんがわたしに愚痴を溢していたっけ?」
「切り返しの素早さもだよ」
「ああ言えば、こう言う。タクトについて言っていたのもお母さんだよ」
「負けた」
タクトは“降参”と、いわんばかりの仕草をカナコに見せた。
「わたし、タクトがお父さんとお母さんと一緒に見た【国】を見たい」
「ビートも同じことを言っていた」
「ビートとわたしの考え方は違う。わたしはーー」
カナコは、タクトと合わせたまっすぐとした目つきにぞくっと、寒気を覚えた。
「カナコ、キミは僕が今でも大切にしている“ふたり”の子供だ。ビートも同じくだ。僕は、決めている。キミ達姉弟の“今”を【国】に奪いはさせないと、僕は決めている」
「待ってよ、タクト」
「僕の話しについていけない?」
カナコは、首を縦に振るしかできなかった。
「【国】に着くは、直ぐじゃない。今みたいに列車が途中で停まるは、僕にとってはありがたい。カナコ、僕は『“今”の素晴らしさ』の教え方を【国】に着くまでに考えるよ」
タクトは歯を見せて、笑みを溢していた。見るカナコは当然戸惑ったような顔を剥けていた。
「カナコ。キミの顔立ちは、キミのお母さん譲りだ」
タクトの翻す際で突いた言葉に、カナコは呆然とするしかなかった。