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19両目

 男は至って冷静。

 ルーク=バースは何をどこから話すべきかと、思案をした。


 天井から吊るされているのは、火で灯すランタン。淡い朱色が室内を斑に染ていると、ルーク=バースは見る光景で気を落ち着かせようと試みた。


「失礼した。先ずは、もてなし。用意するから待っておれ」


 男はキッチンへと向かった。

 男が部屋と部屋の間仕切りであろうの垂れる木綿布を掻き分けてキッチンに入る姿を、バースは目で逐った。


 香しい匂いがすると、バースは鼻腔を擽らせる。調味料と食材がひとつになって煮える匂い、程好い焦げも味のうちと彷彿させる焼けの薫り。


「ありあわせだが、味わってくれ」

 男はキッチンから戻るとバースに食事をするようにと促した。


「おっさん。ありがたく、いただくさ」

 バースは、堪らず咽を鳴らした。

 男がトレイに乗せて運んできた、合成樹脂の器に盛られるさまざまな料理はどれも美味そうだと、バースは心を踊らせた。


「うめえぞ。食材は何を使っているのだ?」

「どれもこれも此処で一から栽培、養殖、飼育をしたものだ」


 男が突いた言葉に反応したのか、バースはフォークに刺す焼ける肉の欠片を頬張ることを止めた。


「おっさん、強いな」

「食糧を生産する為の、太古から伝えられた技術を活用しただけだ。安心しろ、科学的な技術は取り入れていない。此処の大気、水、土はワシの手で管理しているからな」


「ずっとひとりで、此処にいる。おっさんが強いと、俺はそういう意味で言ったのだ」

 バースは焼けた肉の欠片を口に含み、咀嚼した。


「そんなワシが此処にいるだろうと、おまえさんは此処に来てくれた。礼が遅れてすまなかった」

 男はティーポットから陶器のカップに茶を注いで、バースに差し出した。


「あべこべだ。あんたの静かな暮らしを、俺は邪魔をした」

 バースはカップに注がれている茶に息を吹き掛けると、淵に口をつけて中身を啜った。


 男は空になった食器を洗い終え、食後の楽しみにと、甘味物をバースに振る舞った。

 バースは無言で甘味物を食べ尽くし、男が淹れた珈琲を飲み干した。


「もう、いいだろう。そろそろ、話しをしてくれ」

 男は痺れを切らせたさまで、バースに催促をした。


「ああ、すまない。あんたを宛にする為に、あんたのところに来た」

 バースは顔を固くさせ、男に語り始めるーー。



【国】の〈入口〉に到着した。しかし、タクトが連れていた《団体》が集った6人の子ども達も含めて、仲間ともはぐれてしまった。


 入口に罠が仕掛けられていた。仕組みは“転送”だった。誰が何処に飛ばされたのかと“感知の力”で探る。

 当てることが出来たのは同行していた妻と〈プロジェクト〉に参加している娘と息子。そして〈プロジェクト〉チームである子ども達の引率者で『あの頃』のかつての同志であり相棒、4名だけだった。


 〈入口〉で待ち構えていた混沌が、相棒と娘を狙った。命は取られなかったが囚われてしまった。だが、妻とともに照準が向けられていると、混沌は妻を含めて始末をする構えをしていた。


 あらかじめ“感知”をしていた息子のもとに妻を連れて“転送”をした。


 息子に妻を預けて、此処にやって来た。

 此処ならば、はぐれた仲間と〈プロジェクト〉メンバーを救える方法が見つかるだろうと、淡い期待をしてだった。


 悔いはある。


 娘と相棒を救えなかった。

 妻に責められたのは当然だ。


 だから、なにがなんでもふたりを救わなければならないーー。



「おっさん、頼むっ!」

 語りを終えたバースは床に掌をつけて正座をすると、頭を深く下げた。


「ワシがおまえさんの頼みを拒むはしない。だから、気を楽にするのだ」

 男はバースに歩み寄り、脇を抱えてバースを立たせた。


「《団体》は時間そのものを操る技術を創った。この俺でも破れないほど、凄まじい威力がある。それでも俺は……。」

「《団体》を潰す。再び何かに企みをした《団体》は再び【国】に目をつけて、かつての〈プロジェクト〉を復活させた。おまえさんはかつての同志を集い【国】の実態を確かめるをして、突破させると志した」


 バースは「ああ」と、唇を噛み締めて拳を強く握った。


「承知。だが、その前に訊きたい。心置きなくをしてくれるか?」

「どうしても、か?」

「《団体》を潰すとなった経緯。そこまでに到ったのは強い観念があると、ワシは気になっておる」


 バースは「ふう」と、息を静かに吐いた。


 部屋が暗くなると、男は天井を見上げた。

 吊るしているランタンの燃料が尽きかけていると、男はランタンを取り下げて燃料タンクを交換した。漆黒に染まっていた部屋は、男が点火したランタンで再び朱色に灯され、男とバースの姿が現れた。


「此処にいる俺は、()()()()ではない。俺はただの“器”だ。《団体》が起こした事故で、ルーク=バースとして生きている“器”だ」


 男の顔が険しくなる。


「違う時空の世界と世界を繋げる。ワシは危険だと警告を促した。しかし《団体》は強行突破した。強引に実験を重ね、恐れていた事態が発生した。時空の歪みによって、大地は消滅。関係者もだが、一般人も巻き込んでの犠牲者の人数はいまだに把握できぬ。そうか、おまえさんはーー」


「それでも俺は俺だ。今さら()()()()である“芯”は戻ることはない。それぞれが、ちゃんと生きているから尚更だ」

 バースは淋しげそうだったが、男に笑みを剥けていた。


「まだ語り尽くせないだろうが、時に余裕が持てたときに続きを聞かせてもらう」

 男はすっと、姿勢を伸ばして建屋の扉へと向かった。


 バースは男の姿を逐った。外に出ると、来た路を再び踏みしめた。


 すべては創られた自然だ。だが、間違いなく息吹いている。たったひとりの男が生涯を賭けて護る場所。


【幻渓谷】

 それは、かつて此処に訪れたルーク=バースが男に贈った場所の名称。

 此処は幻でなければならないとバースが男に贈った、創られた自然の名称だった。


 森林の奥深くと、バースは男の姿を逐った。

 そして、見えた。

 蒼い、まるで深海のような澄みきる光が漆黒の光景を染めていた。


 バースは光の先に、目を凝らした。


 ドーム型の建築物。囲む透明な板から光は溢れていた。


「さあ、入るのだ」

 男は建築物の入口でバースを手招きした。


 此所が何かを男に色々と訊ねるより、目で見て確かめるをバースは選ぶ。


「ああ、案内を頼む」

 バースは男と共に、建築物の中へと入っていったーー。

バースのルーツは、完結済作品『銀の蜃気楼』で少し明かされています。(ちょっとだけ、ネタバレですが)少しでもご覧になられたら幸いです……。

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