14両目
ビルド。
名を知っても謎は変わらない。
カナコは感を研ぎ澄ませた。
奴が列車を止めた。と、直感した。
目的は、タクト=ハインそのものに照準を合わせる。
タクト=ハイン。
奴は何故、そこまで彼に拘ったのだろうか。
奴は気を変えた。
照準が、変わった。
カナコ。
奴は、この世で一番珍しい宝を発見したかのように、カナコに狙いを定めた目をしていたーー。
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さて、どうやってこいつをやっつけよう……。
熱り立ったまではよかったが、カナコはいきなり壁にぶち当たってしまった。
父が居なくてよかった。
父のことだ。
『行き当たりばったりの行動で、結果良しになるはごくわずかだっ!』と、大目玉を喰らわせるに間違いはないだろう。
カナコはぶるぶると、首を何度も横に振る。
こんなときに何故、父親のことを考えて思うのかと、カナコは粗げな鼻息を噴く。
ーーどうしたの? いざとなったら、恐くて堪らない。そんな顔をしているよ。
カナコはぴくりと、鼻の下を痙攣させた
「……。あんた、さっきまでタクトの何が欲しかったの?」
ーー忘れたよ。キミの中にあるモノが欲しいと、集中しているからね。
「『モノ』は、何なのよ?」
ーーだから、ボクが象るに必要な“力”だと、さっきも教えた筈だよ。
ビルドは“力”を矢鱈と強調している。そのわりには、願望の対象が曖昧だ。
“探る”を、重点的にしてみよう。
お喋りは得意ではないが、奴が反応を示すような話題で情報を掴めるかもしれない。
カナコは「ごくり」と、喉を鳴らした。
「あー、ビルドはもともと、生きていたのかしら?」
ーーつまらないことを訊くのだね。
癪に障る奴。まるで、ハビトのような言い方だ。
カナコは爆発しそうな感情を堪えた。
「だって、わたしにはあんたがすっけすけの、かすっかすで見えるもん」
カナコはちらりと、ザンルを横目で見る。
「え! ワタシぃいいっ!?」
ザンルは当然、戸惑った。
「オネェのマッチョさん。わたしが誰と話しているのかと、不思議そうな顔をしているからよ」
「ないない、そんなことないワ。カナコちゃんはお顔がキレイな男のコとお話ししていると、ちゃんと見えているワ」
「どうも」
カナコはつんと、すまし顔をした。
ーーボクは揉め事をするのがキライなんだ。見るのも、聞くのも嫌々する。
「へえ、そうなんだ」
ビルドはじろりと、カナコを見ながら厳つい声色をさせていた。
宙に浮いていたビルドが着地をして、カナコは身を構えた。
ーーボクは、キミを赦さない。ボクに騒々しいところを見せた。だから、黙ってボクに貰われて……。
「あんた、面倒くさい性格ね」
カナコは掌を合わせ、暁の光を照らしていた。
ーーさよなら、お姫さまを仕舞っていた“器”さん……。
ビルドの目は細く、鋭く。カナコに照準を合わせる指先は、黒と白の光を交互に点滅させていた。
“波”が来る。
カナコは掌で輝かせている暁の光を輪に描き、翳した。
ビルドの“力”の光色が、変わった。
炎そのもの。と、カナコは思った。
奴は燃やすを選んだ。
にわか仕込みの“力”は無意味だと、カナコは半ば落胆をする。
「タクト、ごめん……。」
がっかりと、地面に掌と膝を着くカナコは俯いていた。
「謝る相手が違うよ」
カナコははっと、した。
誰の声だと、顔をあげて辺りを見渡した。
「……。意外に早起きなのね」
カナコの真後ろに、青白い顔をしているタクトがいた。
「嫌でも目が覚める。キミのおてんば振りには、本当に手を焼くよ」
タクトはカナコの腕を掴んで、立ち上がらせた。
「あいつ、色々とむかつくの」
「かといって、売られた喧嘩を買うはよくない」
「もう、遅いよ。あいつ、やる気満々だもの」
カナコは鼻の頭を指で擦っていた。
ーーふん……。
ビルドは指先から“力”の発動を止めた。
「どうした?」と、タクトはビルドを睨み付けた。
ーーお目付け役登場で、拍子抜けした。
「違うな。本当にカナコそのものを消すのであったならば、僕が目を覚ます前にやっていた」
ーー人の“情”は嫌いだ。あいつはそれに染まって、ボクを拒んだ。何がいけないのだよ、ボクがあいつの為にと動いているのに、あいつは。あいつは……。
ビルドは声を震わせていた。
わなわなと、握りしめる拳。がくがくと、揺すぶる膝。
ビルドの震えを、カナコとタクトははっきりと見ていた。
「タクト、どうする?」
「考え中だよ。下手に動けば、たぶん……。」
「わたしもあっつあつな相手を見つけたかった」
「どさくさに、僕の思考を感知したな?」
「わたし、まだ子供なので」
「しらじらしい……。」
カナコはタクトに抱きついていた。
タクトも、カナコをしっかりと腕の中に包み込んでいた。
「タクト、今言っていい?」
「却下」
「けち」
「そういう問題ではない」
「わかった、とりあえずフラれたことにしとく」
カナコはタクトの腕を振り解く。
「カナコッ!」
「あっちにいってっ! わたし、物凄くむかむかとしているのっ!! 頭にきてるから、何かに八つ当たりといけないのよっ!!!!」
カナコは全身を暁の光に輝かせていた。
因みに、カナコが”力”を解き放した標的はーー。
ーーぐ、ふわぁわわっ!!
「あんた、人の“情”を馬鹿にし過ぎっ!!」
ーー熱い、熱い。止してくれ、ボクが消えてしまう……。
「嫌よ。あんたが何をしたのかと、こっちは薄々と気づいているの。白状する? しない? でも、どっちに転んでもあんたをわたしは赦さないっ!!」
ーーお願いだから、ボクを消さないで。もう、キミ達の行くところを邪魔はしない。ただし、これだけは伝える。キミ達が目指す【国】を……。
ーーーー【国】に今一度、暁の風を吹かせるのがボクの本当の望み。だから、キミ達に流れる【国】の民の血が欲しかったーーーー。
大地に吹く風、舞い上がる砂埃。
見上げると、澄みきる蒼の空。
「ビルドの顔がハビトにそっくりなのは、気のせいなのかしら?」
「偶然と、今は思っていればいいよ」
「深く、知りたくない」
「それでもいいよ。それでも目指す先に辿り着かなければならないからね」
カナコは目を擦っていた。
眠くて堪らないと、欠伸を何度もしながら身体をふらつかせていた。
タクトはカナコを支えた。
目蓋を綴じて、寝息を吹くカナコを抱えていた。
「カナコ。キミのお父さんに、叱られる覚悟はしているからね」
タクトは、カナコの頬に口づけをするーー。




