13両目
ただの旅ではないのは、列車に乗る前から解っていたが、こんなに大掛かりな事態に遭遇するは思い描いていなかった。
考えていたのは列車に乗ると、辿り着くであろうの【場所】に、両親が語らなかった思い出の痕跡を見る、確かめる。
もしも〈プロジェクト〉の引率者がタクトでなかったら、何かが変わっていたのだろうか。
〈プロジェクト〉に向けて、タクトと顔合わせをした時と場所でタクトを拒む行動をもっと起こすべきだったのだろうか。
真っ白なジグソーパズルの繋ぎ目をさぐり、埋める作業に似ている。
考えれば考えるほど頭が締め付けられる。
それでも、一度決めた“意志”は棄てないと、カナコは背筋を伸ばして、果てしない大地の地平線を見つめながら“誓い”を心に刻ませた。
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ルーク=バースという男が理解できない。
頭では考えても、奴の一声には逆らうことが出来ない。
その証拠が、今の状況だ。
奴にとって、疑うという“念”は二の次、三の次。いや、頭の中から排除の対象とも言うべきだろう。
ルーク=バースを知り尽くすには、年単位の時間が必要だ。
タッカは床に叩き落とした武器を拾うことなく、ルーク=バースの行動をじっとして見ていた。
「ハビト。もうひとりのおまえとは、どんな存在なのだ」
険悪な状況下を合間塗ったかのように、アルマがハビトに訊いた。
「まだ、お話しをしていませんでしたね」
ハビトは虚ろな顔をしていた。
「タッカのことは、気にするな」
バースはタッカを睨み付け、ハビトの前を塞ぐと拳を握りしめての構えかたをタッカへと剥けたのであった。
「信用性なしとは、俺も落ちたものだ」
鼻で笑うタッカは、バースから車窓へと視線を反らした。
「先ずは、座るのだ」
バースは車両の座席に腰を下ろすと腕を組み、ハビトを促した。
「おまえは、窓際側に座るのだ」
アルマはハビトを先に座らせて、ハビトの隣である通路側に腰を下ろした。
「具体的で構わない、話しを聞かせてくれ」
バースはハビトとアルマの正面となっている座席で、穏やかな口調で訊いた。
「《団体》は“器”と“芯”を分離させる技術を開発させ、その工程を経てボクは“器”を象った。ちゃんとした意思はなく、まるで機械にプログラムを入力されてのようにボクの“器”は《団体》に操作されていた」
ハビトは語り始める。
すると、バースの顔つきが一変して厳つくなった。
「“芯”には凄まじい意思があり《団体》がサンプルで保管していた“力”さえも習得するで《団体》は“芯”の取り扱いに手子摺るをした。そして“芯”を消滅させると《団体》は決断した。実行される寸前、わずかな隙をついて“芯”は脱走した」
「バース」
アルマは、肩を震わせているバースに呼び掛けた。
膝に手を置いて、背中を丸めるバースは息を何度も吸っては吐き、垂れる前髪を汗で濡れる額にべたりと、くっつけていた。
冷静沈着なハビトと対照だった。
バースが、滅多にしない動揺の素振りを表していた。
「ハビト、バースの体調が優れない。おまえも、おまえそのものをうち明かすは辛かっただろう。ひとまず、区切らせて貰う」
アルマはバースの隣にと、移動をして腰を下ろした。
「俺たちは食堂車両で待機する。アルマ、バースにはなるべく早めに次の指示を出せと、催促しろ」
「ハビトには、絶対に手を出さない。タッカ、おまえがそう、誓うならばな」
「取り引きとは、随分と姑息だ」
タッカは鼻で笑いながら、嫌み混じりの口を突く。
車両の扉が閉まる音のあと、バースが再び呼吸を乱しているとアルマは気付く。
ーーバース……。
アルマはバースを優しく、柔らかく包み込み、甘い息を吹き込んだーー。
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タクトは混沌なさまで、眠っていた。
時々苦しそうな顔つきする、夢見が悪いというような口の動きをさせて、タクトはカナコに寝顔を見せていた。
「マッチョさん。わたし、行ってくる」
カナコは腕まくりをして、仰向けになっているタクトの側で地面に膝を着いた。
「え!? 待って、カナコちゃんっ! 行くって、何処に?」
カナコの突然の発言にザンルはおろおろと、するばかりであった。
「離れていてっ! そして、見たことは絶対に、特にお父さんには黙ってていてっ!!」
カナコの全身は、暁の光に色付いて輝きを点滅させていた。
ザンルはびくっ、と、身震いをした。
カナコが“力”を発動させた、肉厚な肌でも耐えられない威力があると、ザンルは直感をしたのであった。
ーー暁の風よ、吹け。そして、タクト=ハインの蒼の光に混じる“偽りの幻想”を表せ……。
目蓋を綴じるカナコは口吟む。
目を覚まさないタクトに掌を翳し、暁の光を解き放す。
カナコの“力”は風を起こし、暁のつむじ風が空へと舞い上がる。
タクトの身体が吹き込まれる風とともに地面から離れ、宙で止まると波打ちを受けているように揺すぶられる。
ーーボクは気まぐれでね、この人の中にあるモノをやっぱり欲しくなった。丁度いい具合に採れると喜んでいたのに、キミが邪魔をしてがっかりだ。
悍しい声色だった。
カナコにもはっきりと聞こえていた。
それでもカナコは“力”の解き放しも止めることはしなかった。
「あんた、むかつく。さっさと出てきて、わたしにぼっこぼこにされなさい」
カナコは、口を厳つくさせた。
ーー血気盛んなお姫さまだ。いや、キミはお姫さまの“芯”を預かっているだけだったね。
「わたしはわたしよ。そんなの関係ないわ」
ーーなるほど。では、この人のモノは諦めることにして、キミに焦点を合わせるね。
「ころころと、気を変える。鬱陶しい性格ね」
ーー楽しみだよ、キミが泣き叫ぶ姿を見る。ぞくぞくするよ、他の欲しいモノなんてきれいさっぱりにどうでもいいと、思えるほどだ……。
暁のつむじ風が止み、タクトの身体が地面にゆっくりと落ちる。
「わたし、しくじったりはしないので」
カナコはじっと、見上げていた。
ーーボクは、幻だ。生きる象から“力”を貰うでないと象れない。あいつがボクを拒むから、ボクはずっと“力”を欲しがらなければならないのだ。
「呆れた言い訳ね。で、あんたはなんて呼べばいいの?」
ーービルドだよ。さあ、花いちもんめを始めよう……。
「わたし、あんたなんか欲しくないから」
カナコは眉を吊り上げる。
カナコは沸々と、怒りを膨らませていた。
顔立ちがハビトそのまま。
ハビトの顔で巫山戯る態度が赦されない。
ビルドという“偽りの幻想”が赦せないと、カナコは“暁の光”を眩しくと、全身で解き放したーー。




