11両目
通信室で任務を遂行しているロウスは、耳に装着するヘッドホンを外して、顔を歪めていた。
「おいっ! 大丈夫か」
“力”の波長を探知する機材を操作していたタイマンはロウスの異変に気付き、傍に寄った。
「“波”は列車内で発動されている。発動位置は感知されているのか? タイマン」
ロウスは床に膝をついて、両耳を手で塞いでいた。
「すまない、ロウス。痛い役目を負わせてしまった」
「俺の言ったことが聞こえなかったのかっ!」
ロウスは、タイマンに叫んだ。すると、タイマンは堪らず肩を竦めた。
温厚で柔和。
ロウスが感情を起伏させるは、タイマンの記憶のなかでは覚えがなかった。形相も、まるで別人かと思えるほど変わっていた。
「……。発動位置は、列車の最後尾だ」
タイマンはようやく息を調えて、ロウスに言う。
「アルマさんっ!“力”の『源』が列車内に潜伏しているっ!! タクトに子ども達の安全確保をさせて、あなたは『源』を突き止めるだけをされて、バースが来るまで手を絶対に出さないでくださいっ!!!」
小型通信機を握りしめるロウスが、悲痛な叫びをしていたーー。
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あっちこっちと、騒がしい。
アルマは、小型通信機を腰に着けているホルダーに収めながら溜息を吐いた。
「タクト、子ども達を列車の外に避難させろ」
「えっ!? 無茶苦茶で、危険ですっ!」
列車の最後尾車両を隔てる扉の前に、アルマとタクトが脚を止めていた。
タクトは、アルマの指示に異議を表したのであった。
「外でうろうろしているザンルがいる、どうせバンドは空中でろくなものしか目にしない。タッカに関しては軍服と頭髪に埃ひとつ付着させまいと、神経を尖らせている筈だ。奴らには、気が抜けない事柄が性にあっている」
タクトは呆れていた。
アルマの口の悪さは嫌というほど知っていたが『同志』を知り尽くしての口の利きに術はないと、苦笑いをするしかなかった。
「できれば、子ども達を振り回したくないのですが仕方ないですね」
「彼らは、とっくに捲き込まれている」
「この列車に乗る。いや、乗る前からでした」
タクトは扉のノブに手を乗せて、左へとスライドさせた。
車両に入るタクトと真っ先に目を合わせたのは、顔を青くさせているカナコだった。
「ハビトが急に倒れたの。もう、どうしていいかわからなくて、声を掛けるのが精一杯でーー」
カナコは声を震わせていた。そして、車両の床で仰向けになっているハビトの手を握りしめていた。
「みんなは何処にいるの?」
タクトは車両の中を見渡していた。居るのがカナコとハビトだけだと、気付いたのであった。
「タクト、カナコを連れて列車の外に出るのだ」
「アルマさん、どうして?」
タクトはアルマの指示に納得しなかった。
「我々の行動を知って、引っ掻き回した。ただの悪戯だと、言い訳は通用しない。子どもだからと、甘い感情は私には持ち合わせてないっ!」
タクトは身震いをした。
アルマが見つめる先には、ハビトがいた。
アルマの言葉は本気だと、タクトは震える手でカナコを背中から腕を抱えたのであった。
「カナコ、行くよ」
「ハビトは、どうするのっ! タクト、ハビトを置いてーー」
「言う通りにして。カナコ、キミだけが残っているのが奇跡なんだ。大丈夫、みんなは必ず助けてやる」
ーーお母さんっ!
タクトはカナコを抱き抱えると“転送の力”を発動させて、車両から撤退した。
「起きるのだ、少年」
アルマは目付きをきつくさせ、ハビトを促した。
「……。みんなは事前に列車から避難をさせた。でも、ボクにしがみついたカナコが残ってしまった。直ぐにカナコも逃がしたかったけれど、発動させた“力”の反動で、ご覧の通りとなってしまった」
ハビトは頭を手で押さえながら、立ち上がった。
「事の経緯を語るのだ」
「言ったら、ボクはどうなる?」
「一連の事はすべておまえがやったと、はっきりとはしていない。今、解っているのは、おまえが子ども達を護ったことだ」
ハビトの目は、大きく開いていた。
「先程の発言は、カマをかけた。そして、おまえには邪気がまったく感じられない」
「それでも、ボクはーー」
「苦しくするな。少なくとも、カナコはおまえのことを否定はしない」
「……。みんなは【暁の柱】に飛ばした。あなたの仲間には、そうお伝えしてください」
「承知した」
「列車が停まってしまった『源』は、ボクも関わっている。ボクは、もうひとりのボクを止めることが出来なかった」
アルマは目を細めた。
「あいつはボクに生まれた感情が、気に入らなかった。ボクの感情を取り払うために、みんなを捲き込んでまで、ボクを取り戻そうとした」
「待て、話が飛躍過ぎてついていけないっ!」
アルマは堪らずハビトの語りを遮った。
「動かないで。奴はその気になったら列車を丸ごと破壊するっ!」
「だから、おまえは子ども達を?」
アルマの問い掛けに、ハビトは頷いて答えを示した。
「遅いぞ、バース」
「間に合ったから、文句をいうな」
アルマの後ろで、バースが息を切らせていた。
「ロウスからの通信で、情況を把握しているだろう。だから、説明は割愛する」
「細かいことまでは解らない。教えろ、アルマ」
「百聞は一見にしかず。で、どうだ?」
バースは渋々と、車両内に目を凝らした。
「アルマ。こいつには、おしりペンペンだけで済ませろ」
「いきなり、決めつけるな。そして、何という罰を与えようとしているっ!」
「ちっ! つまらん……。いや、ごめんなさい」
舌打ちをするバースの耳を、アルマは指先で挟み、引っ張りあげた。
「閑話休題。で、おまえは何者だ」
バースはハビトへと目を鋭くさせて、視線を剥けていた。
「《団体》の“人形”として〈プロジェクト〉メンバーに選ばれた」
ハビトは、バースの訊ねに応じたーー。




