1両目
《レッド・ウインド》号。
軍所有の護送専用列車に、カナコは乗車していた。
【ヒノサククニ】
カナコが乗車する列車は、境界線がある【サンレッド】を越えて、更なる先の【其処】を目指して大地を駆け続けていたーー。
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カナコは列車に乗ったのは夏の日の思い出をつくる為。と、浮かれた気持ちになる余裕はないに、覚悟はしていた。
カナコと同じ目的で、カナコと年が近い子ども達が列車に乗っていた。
ビート(12)
シャーウット(12)
ホルン=ピアラ(13)
ナルバス(16)
子ども達は《マグネット天地団》の主催で〈育成プロジェクト〉メンバーに選ばれた。
ハビト(14)
藍玉色の髪と紫色の瞳、肌は光を貫くかと思えるほどの、透明な白さ。
〈プロジェクト〉メンバーの初顔合わせの日だった。カナコはハビトを“人”なのか。と、違和感を覚えた。
しかし『仲間』だ。
〈プロジェクト〉に向けて、週末に合宿。その間にハビトへの“違和感”を払拭する。
ーー綺麗な髪で羨ましい。
ーーボクを気にしている暇があるなら、自分を振り返るに時間をあててよ。
コミュニケーションで〈プロジェクト〉の意識を高める。
オリエンテーションのプログラムになぞって、カナコはハビトと会話をした。
癪に障る奴。
ーー余計なお世話よっ! あんたなんて、知らないっ!!
カナコは感情の起伏を止められず、口を乱暴に突いた。
まわりがざわついていた。
浴びる視線も冷たいと、カナコはわかっていた。
ーーお姉ちゃん、お願いだからみんなと距離を置くようなことはしないで。
ビートが泣きそうな顔で、カナコを呼び止めた。
ーーたったこれくらいで、心配しないで。
カナコは、弟であるビートに“強いふり”を見せたーー。
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『皆さん、おはようございます。朝食の準備が調いましたので、食堂車両にお越しください』
カナコは列車の個室で目を覚ました。
列車には〈プロジェクト〉メンバー全員の個室が割り当てられて、プライベート空間を過ごせることが出来た。
寝ぐせで乱れた髪で目蓋が半開きのカナコは壁掛けの鏡の前に立ち「かふり」と、欠伸をして見せた。
瞳の色は澄みきる蒼で、肩に掛かる長さで緋色の髪の質はくせっ毛。
カナコは髪形を整える為に、机の引き出しからヘアーブラシを取り出す。
ドライヤーを使うは、カナコにはなかった。
ヘアースタイルを気にして丹念に髪を整えても、時間が経てばくせっ毛が強調されてしまう。
瞳の色、髪の質は母ゆずり。カナコの中では誇らしいと、自慢のひとつだ。
車内での服装は自由。カナコが鞄に詰めた服は動きやすさを重点にしたものばかりで、センスが溢れているのとほど遠いのが目立つ。
年頃ならば、輝くを強調した服装を身に纏うところだろうが、カナコは拘らなかった。
カナコは知っていた。
列車に乗った目的が何かを知っていた。
遠出をする、浮かれた気持ちになるは絶対に出来ない。
今、列車が向かう先には、かつて両親が赴いた。
両親は口数が少ないわけではないが、カナコの記憶の中では“当時”を語る両親の思い出はごくわずかだった。
方法は見て、確める。そして、両親に語る。
あくまでも、家に帰ることが出来たならばだと、カナコは緑と黄色のティーシャツと七分丈の紺色のストレッチパンツに着替えながら思った。
両親が“当時”を振り返る。
カナコは、両親の思い出を聞きたかった。
両親の“思い出”が知りたくて列車に乗ったようなものだ。だから、浮かれた気持ちにはならない、お洒落にも拘らない。
両親が見た【国】を見ることを考えていればいいと、カナコはメンバーより遅れて食堂車両で朝食を摂ったーー。
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《レッド・ウインド》号は、気まぐれな列車だ。
速度をあげてレールの上を走行したかと思えば、徒歩をした方がマシだと思えるほどの鈍行になる。
「マシュさん、列車を怒らせるのは止してください」
「タクト、変な想像をするな」
「まるで、生きている。列車に心があるみたいで……。と、言ったそばからーー」
列車の一両目にある運転室。
〈プロジェクト〉メンバーの引率者タクト=ハインは、列車の運転技師マシュに冷やかし混じりで口を突いた。
「速度をあげた。何が何だかさっぱりだ」と、マシュは顎を突き出した。
ほとんど列車の飾り。
マシュが座る運転席の目の前に設置されている加速とブレーキレバーは格好だけでも、と“本人”が手を添えるのみだった。
「運転室に入って、僕は驚いた。とてつもなく散らかり放題だった。もし、アルマさんがこの列車に乗っていたら室内の惨状に激昂していたでしょう」
タクト=ハインは運転室の床に散らばる(マシュが放置していた)スナック菓子の空き袋、ドリンクの空き容器を口を開いたゴミ袋に片っ端から投入していた。
「ああっ! それは棄てないでっ!!」
「駄目です。列車に乗っている子ども達には、絶対に見たり触れさせてはいけない“毒”は僕でも惜しいですが、棄てます」
「タクト。おまえ、何て言った?」
「……。僕の細かいことを気にする暇があるならマシュさんの空間、いや、持ち場である運転室を掃除する癖をつけてください」
グラマーな女性が表紙を飾る雑誌を、タクト=ハインは顔を真っ赤にさせてゴミ袋に投入したーー。
作中のイラストは、加純様からの贈り物です。
加純様、ありがとうございます。