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山道

 山道も初めのうちは割と整備されていて歩きやすかった。遊歩道といった感じがする。せせらぎ、というよりは谷川の急流とでもいった水の音が絶えず聞こえている。辺りには霧みたいに水の飛沫が漂っていて、木漏れ日に輝いてキラキラとしている。

「ダイヤモンドダスト?」

と僕がつぶやくと

「それは、氷点下の早朝に霧が氷結して朝日にきらめく現象ですよ。今は初夏ですから違うと思います。」

と、元気そうな声で香が答えた。

 彼女は先頭を歩いている。そのすぐ後ろを僕が歩いている。観光案内所の事務所を出たときには、かなりのポッチャりさんだった。まあ、家を出るときの巨大風船のような体格から考えたら、その時点でもずいぶん縮んでいたのだが。

 ぬかるみがあったので足元に視線を落としてしばらく歩く。次に視線を上げると、前を歩くのは普通サイズの女の子だった。彼女の服装を覚えていたのと、今朝から香が忙しく膨らんだり縮んだりしているのを知っていなければ同一人物だとは思わなかったと思う。

「お嬢様、だいぶ元に戻りましたね。よかった。」

と佐藤さんが僕の後ろから声をかけた。道が狭いので、僕らは縦一列で歩いているのだ。

「体がとても軽いの!疲労もないし、痛みもないわ!閉じこもっていないで早く来ればよかった!」

香はそう言いながらくるりと振り返る。輝くほどの笑顔で。

 彼女の笑顔は、昨日知り合った【恐怖の巨大風船大魔神金太郎】のものではなく、よく知っている人物の笑顔だった。

「あれ?カオリちゃん?じゃないか?香さん?・・・同じ名前か?・・・そうだけど、あれ?・・・」

僕が混乱していると、香は僕の脇から佐藤さんの近くまで走り抜けた。そして佐藤さんに耳打ちする。

「男の人って、見た目で判断するって聞いていましたけど、つまりこういうことですか。たった今つぶやいた言葉ってちょっと嫌です。昨日会った時からずっと、私は誰だと思われていたのでしょうね?」

 佐藤さんに耳打ちしている声が、聞こえてくる。聞こえてくるというよりも、聞かせているのかもしれない。

『力士みたいだとか熊に勝てるとか、さっき【恐怖の巨大風船大魔神金太郎】なんて命名したとか言っちゃいけないのは知っているさ。』

と心の中でつぶやく。


なんだか少し、頭の芯が痛くなってきた。


 香が後方に移動したので、並びは僕が先頭になった。一本道をそのまま進む。急斜面になり、道幅も狭くなった。道は谷川に沿って作られている。ところどころ階段状に整備されているが、そうでないところは礫や木の根が露出して歩きづらい。だから足元ばかりを見て歩く。ゴウゴウと大きな音がする。川の音だと思う。後ろで女性二人が話をしているのが分かるけど、話の内容までは解らない。この音のせいだ。それにしても後ろの二人はこの大音量のなかで会話が成立しているのだろうか。


さっきからの頭痛がひどくなってきた。

 

 遊歩道が、川と交差する。工事現場の足場みたいな材料で橋がかけてある。ふいに服を掴まれ驚いて振り向くと、佐藤さんが心配そうに顔を覗き込んできた。何かを言っているのだが全く聞こえない。佐藤さんは口を動かしながら身振りで川べりを指さす。橋の袂に丸太のベンチが置いてある。座って休もうと言っているみたいだ。頷いてベンチに向かいその端に座った。

 リュックを下ろすと、佐藤さんが中から飲み物を取り出す。ペットボトルに入った市販のそれを一つ僕に渡してくれる。香が僕の袖を引っ張ってから指先を橋に向かって斜め上方向に向ける。何か言っているけれど分からない。指先につられるまま目を向けると、そこに滝があった。

 滝までの距離はかなりありそうだ。緑鮮やかな雑木の合間にそれが見える。瀑布っていうのだろうか?水の塊が空中に放り出されて白く太い帯のように落ち下っているのが見える。落差はどのくらいあるのかな。わからないけど。数メートルって規模じゃない感じだ。滝つぼは残念ながら見えない。山の裾に隠れている。


『聞こえていた音は滝だったのか。』


 良く晴れた空が眩しくて、左手を額にかざす。急に上を向いたせいだろうか、少しクラクラとした。頭にかぶっていたタオルを掴み、額と首筋の汗をぬぐう。タオルを首にかけ、両掌で顔を覆い目に圧を掛ける。僕が疲れたときによくやる動作だ。さっきから気になる頭痛を緩和するため、両手の位置を頭に移し指の腹に少し力をいれてもみほぐす。


 頭の中で情報が処理され始めた。


 昨日の理事長室での秘書の山本さんと佐藤係長の説明。それは映像と音声で記憶されていたが、今まで内容が理解できなかった。ただの映像だったものが意味あるものへと置き換わり、ただの音声が話し言葉に置き換わる。理解できるようになった。理解が進むうちに「よく知っている人物の笑顔」が過去の記憶と結びついた。


僕は頭を抱えた。顎を伝って汗が垂れていくのを感じた。






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