浦島英と宇島卓
こっそり再開します;
前に書いたものから、大幅に手直ししました。
台風が通り過ぎ、青空が広がった。
「今日も暑くなりそうです。この調子なら予定通りの収穫を見込めそうですよ。」
間もなく収穫予定である水田を丸く大きな目で見渡しながら浦島英はそう言った。日よけの付いた帽子を脱ぐと、くせの強い黒髪が現れる。彼は首にかけたタオルで汗を拭き再び帽子をかぶる。幸い台風の被害も少なかった。米の粒は期待通りに充実している。暑くなるとは言ったが真夏のようにはならないだろう。日差しが柔らかく吹く風も爽やかだ。里では木々が色あせてきた程度だが、山の上に行けば紅葉が始まっているかもしれない。
「良い米ですね。今年は買い付けできなくて残念です。」
言葉をかけてきたのは宇島卓。この夏から農作物の買い付けにやってきた人物だ。やや茶色がかった黒髪を七三に分け、切れ長の目をした彼は商会に勤めている。彼を紹介してきた先が信用できるところだったこともあり、夏には豆や野菜の取引をした。米も欲しがっているが、こちらはすでに買い手が決まっている。来年は耕作地を広げる予定なので、そこで収穫する米ならば来年、売ることが出来ると話をしながら農地を見て歩いている。
浦島は、休耕田や農業放棄地を借り受けて農場を経営している。もともとは、数人で始めた農場だったが、今は人を雇うほどの規模になっている。初期メンバーの一人であった女性と結婚し、生まれた息子の太郎は六歳になった。
「ここへ来る途中に稲滝村というところがありまして、滝と温泉のある景色の良い場所なのですよ。今度ハイキングでもしませんか?お互いに家族を連れて。うちの子も、じきに六歳になります。連れていくにはちょうど良いかなと。」
と、宇島が提案する。彼は浦島と仕事以上の関係を築きたいと思うようになっていた。
「良いですね。こういう仕事をしていると、子どもと遊びに行くということがなかなか無くて。米の収穫が終わったら是非ご一緒させてください。稲滝村ならよく知っていますが、ちょうど紅葉が鮮やかな頃合いかな。」
浦島は朗らかに提案に賛成した。にかっと笑う顔が印象に残る。その後二人は、来年耕作する予定の農地へと移動していった。
行先はマイナーな田舎の観光地。風光明媚であるが有名ではない。売り物は大きな滝と温泉しかないひなびた村だ。大抵の旅行者ならもっと交通の便の良いところとか、土産話にできるような場所を選ぶものだから、静かな休日を過ごしたい人には穴場の観光地と言えるかもしれない。
彼らは、お互いの家族連れでの小さなイベントが、危険なものなどとは考えていなかったし、穏やかな休日を過ごせることを欠片も疑っていなかった。