序章~ある勇者の終わりと始まり~4
ついに決行の日の新月の夜が訪れる。月明かりが無いせいか遠くの囮部隊の盛大な松明の明かりがぼんやりと見える。向こうの進撃の合図を確認の後、勇者部隊も進撃を開始する。こちらは明かりをつけず、夜目の利く斥候部隊を先行させ、近くでしか確認できない弱い光を放つ魔道具を目印に小隊単位で固まっての進撃を開始、あらかじめ確認してあった集合地点へ向けてばらばらの行軍である。数時間後に予定地点に到着。各小隊の点呼を済ませ、小休止に入ろうとした時だった。囮部隊のいるであろう方向から大きな爆発の光を目にした。大きい光の後、激しい音が響き渡る。勇者は遠視の魔法を使い爆発のあった方向を見つめる。
「奇襲されてるようですね・・・。長く延びた側面を衝かれ、かなりまずい状況になってます。立て直しをはかっていますがこのままだと分断され、各個撃破される可能性が・・・。」
戦闘配置をすませ、軍団長が近寄ってきた。「どうしますか?現状だとあちらに戦力の大半を向けていはずでありますから、直ちにこちらの進軍を早めて秘密裏に奥深くに侵攻することも可能かと思われます。」
「ですが、このままだと囮部隊の壊滅が火を見るよりも明らかになります。」
「救援に向かうにもこちらが到着までにあちらが持つかどうか甚だ疑問です。彼らの犠牲を無駄にしないためにも本来の目的通り進むべきです。」
「しかし、将軍と彼らをこのまま見捨てる訳には・・・。」
予断の許されないこの状況で足踏みをしている場合ではない。苛立ちを隠せない軍団長は勇者に決断を迫る。軍務を遂行するなら今こそ侵攻すべきであった。
「ならば、すべてを台無しにしてその責を負うつもりですか?こちらに魔王軍が気づかないようにした彼らの希望もその背後ににいるすべての民を不幸に落とすかもしれないという業を背負われますか?ましてこのまま進むとして、あなたの敵になるのはあちら側の軍人以外の者を相手にすることになるんですよ?その覚悟はおありですか?」
「・・・。」
冷徹に判断できない勇者に呆れ、つい思ったことを口にしてしまう。
「あなたはその覚悟すらなく、なぜここにいるのですか?」
最後の一言が勇者の胸の奥に深く突き刺さる。本当に甘いことだけを考えていたんだと改めて気づかされ、頭が真っ白になりそうな気分であった。目に入るあちらの戦況は明らかに不利であり、今なら奇襲をかけ彼らを助け出すことができるかもしれなかった。
「僕は、何も見えていなかったのか・・・。」
先日の話を思い出し、やはりこうなるのかと思い少し冷静になり再度勇者に話しかけた。
「見せてもらえなかったというのが正しいのかもしれませんよ。勇者殿は我々にとっては縁の遠い存在です。それは我々のする様な人同士の泥臭く血生臭い仕事は回されることが無かったということでしょう。特に今回のような泥臭い任務はないでしょうね。ま、それはいいでしょう。で、どうされますか?助けるならもうそんなに時間は残っていませんよ。」
勇者は少し考える素振りを見せふっきれたように答えた。それは一番してはいけない決断だったのかもしれないと思ったが、皆ができる最善のことだろうと信じ決断したのだった。
「皆さんの腐りにくい携帯食料と水をあるだけ私に渡してください。後、斥候の方の持つ地図を1枚ください。隠密行動なら私単独のほうが目立たなく潜入できるでしょう。残りの皆さんはこちらの戦士・魔術士を含めすべて救援に行ってもらいます。彼らの指示に従ってください。囮部隊の側面を突いている部隊の背後から遠距離より急襲をかけた後、直ぐに移動敵本隊の側面を突いてください。但し、攻撃は弓と魔法の遠距離のみ、近接戦闘は控えること。混乱しているうちにあちらの本隊と合流。ともに後退してください。神官はあちらの将軍に後退のお願いととあちらの怪我人の手当てをお願いします。」
「そんな無茶な・・・。救援部隊はともかく勇者殿の方は死ににいくようなもんだぜ・・・。」馬鹿なことを言うという顔をして戦士がひとりごちた。
「そこは信じてほしいとしか言いようが無いけどね。むしろあちらの皆さんを可能な限り救ってください。こちらの任務よりもはるかに重要なことなのです。今は説明できませんが、この先重要なことになるでしょう。さっそく準備に取り掛かってください。これ以上の問答は不要です。」
「承諾はしかねますが、了承しました。直ちに行動を・・・。」
「いえ、こちらに集合してください。私が皆さんをあの地点のこちら側2軍団単位の位置に転送陣で送り込みます。時間が最優先されますので転移酔いされた方は捨て置いて、いける者のみで一斉攻撃してください。混乱させるのが目的ですので一斉射の後、即離脱次の目標に向かってください。くれぐれも自分達の手で事を終わらせるとか思わないように。無用な犠牲は出さぬことが大事ですので。何人かは、こちらの存在を伝え余計な混乱を起こさぬように取次ぎしてください。後転移酔いされた方は回復次第戦場を迂回し、あちらの本隊に合流してください。」
そんな馬鹿なことができるのか?という顔をして目を丸くする魔法師と神官。教会設置の数人送るための固定転送陣ですら膨大な魔力を必要としているのに、やろうとしているのはそれ以上の規模を座標が固定されていない場所にである。聞いたこともないしそんな魔法は見たことも無かった。
その場にいた勇者を除く全員が疑問に思いつつも今は信じるしかなかった。
再集結後、勇者は隠蔽と遮断の魔法を広域展開した後に転移魔法を展開、部隊を転送、さらに跡を残さぬため残留物と自らを特定するような装備品を地の奥底に処分、何事も無かったようにこの辺りを装うと思いつめた顔を一点に向け一人で旅だった。遥か彼方の背後に時間を置いて2回大きな魔力の凝縮を感じたが振り向くことは無かった。また残った彼らもその後勇者の足取りを知るものもなかった。