3話 お別れ、そしてやらなければならない事
今日は、ユリアとお別れする日だ。
決して会えなくなるわけではないが、今まで14年間ずっと一緒にいたのだから、寂しくなる。
寂しくなるけど、それが僕の取った選択だから、文句は言えない。
笑顔で送り出してやろう。
今は、午前7時。
ユリアがこの村を発つのは、午前8時。
後、1時間ある。
1時間あるけど、何かユリアとしなければならない事があるのか?
僕は、しばし考える。
そして、考えて出た結果は、残りの時間、ユリアと一緒にいるというものだった。
普通すぎるけど、僕にはこれくらいしか考える事が出来なかった。
早速行動に移さなければ。
取り敢えず、ユリアの家へと向かおう。
僕の家と、ユリアの家との距離はさほどない。
走れば10分で着く。
普通に走れば10分だが、【身体能力強化】を敏捷だけを強化すれば、3分で着く。
3分と言えば、カップラーメンにお湯を入れて、食べる事が出来るまでの時間だ。
……どうでもいいか。
「【身体能力強化】!」
僕は、そう詠唱する。
そうすると、足だけ淡く光りだす。
「よし、行くか」
僕は、走る。
ユリアの家まで、一直線で。
3分ほど走ったら、ユリアの家に着き、【身体能力強化】で強化している時って、どれくらいの速度で走ってるんだろう、そう思いながら、ユリアの家のドアをノックする。
「おーい、ユリア。ちょっと話をしよう」
そう言ったのだが、ユリアが家から出てくる事はなかった。
その代わりに、ユリアの母さんであるルチア=メルリアンが出てきた。
「あれ、ユーマ君? ユリアなら、もう出て行ったわよ」
「いつ出て行ったんですか?」
「ユーマ君が来る5分くらい前かしら? 歩いて行ってると思うから、走れば間に合うと思うわ」
「入れ違いか、教えてくれてありがとうございます。ルチアさん。」
僕は走りだす。
この村唯一の門に。
「ユーマ君、敏捷だけを【身体能力強化】で強化してた。そんな事出来るんだ、知らなかった」とルチアさんは呟いた。
「はぁ、はぁ、やっぱり疲れる。ここが、難点だな」
【身体能力強化】を一つのステータスだけを強化するのは、とてつもないほどの集中力が必要。
何より、負担が大きいため、持続時間も短いのだ。
「でも、追いつけた」
僕はそのままユリアの横を通り過ぎ、方向転換をして、ユリアの前で止まった。
「おい、ユリア。これはどういうつもりだ?」
僕は、肩で息をしながらそう聞いた。
だが、ユリアからは「どうして来たの? 会いたくなんかなかったのに」と返ってきた。
「会いたくないなら、どうして泣いてるんだ?」
「会いたかったからに決まってるでしょ!」
「言ってることが矛盾してるよ」
「今、こうやって会うような事が無かったら、私は泣かなくて済んだのに」
「そうか、でも僕は君に会いたかったよ」
「ユーマって、たまに歳上みたいな事言うよね」
実際、歳上だし。
30年生きてるから。
僕、30歳だから、おっさんだから。
「ユリア、ちょっとこっち来て」
「ん、何?」
「えい」
「ちょ、何! 何でいきなり抱きついて来るの! びっくりしたでしょうが!」
「いいだろ、別に。後、もう少しだけこうさせてくれ」
「分かった、いいよ」
「ありがとう」
今、ユリアに顔を見せるわけにはいかなかった。
だって、今の僕の顔は涙でぐしゃくじゃになってるから。
それから数分が経ち、「もういいかな?」とユリアに言われた。
「うん、いいよ」
僕はユリアから離れ、彼女の顔をじっと見る。
「何、私の顔に何か付いてる?」
「ううん、何も付いてないよ。唯、やっぱり思った通りだって思っただけだよ」
「何が思った通りなの?」
「小さい時から思ってたんだよ。ユリアは美人になるって。そしたら、やっぱり美人になった」
「な、何言ってんのよ! 私が美人なんて、そんな……」
「どうした、照れてんのか?もう、本当にユリアは可愛いなぁ」
「あんまり調子に乗らないで」
「はい、すみません」
「……」
「……もう時間だね」
「うん」
「ユリア、死なないでよ」
「死ぬわけないでしょ。私は《勇者》よ?」
「そうだったね。ユリアは《勇者》だ。でも、僕は心配なんだよ。大切な人が傷つくのは嫌だから」
「ありがとうね。ユーマが幼馴染でよかったわ。また、どこかで会いましょう」
「うん。またな」
ユリアは、村の門から出て行く。
僕は、それをただ眺め、ユリアが見えなくなった頃、やっと振り返り歩き出す。
そして、今僕がやらなければならない事を考える。
今、やらなければならない事は、【身体能力強化】の悩み解消、装備の調達。
そして、【身体能力強化】の上位互換である【鬼門法】の習得だ。
【鬼門法】は、《スキル》の一つだが、《スキルポイント》を必要としない。
下位互換である、【身体能力強化】もそうだ。
【鬼門法】は、【身体能力強化】より、体の負担が少なく、強化率も高い。
それ故に、習得が難しい。
【身体能力強化】と【鬼門法】を重複した場合の、ステータスの強化率は4.5倍。
【身体能力強化】が1.5倍で、【鬼門法】が3倍だ。
……頑張ろう。
ユリアに追いつく為に。
そして、ユリアを守る為に。
今はユリアが村を発った1時間後の9時頃で、今、僕がいる場所はある森にある小さな小屋だ。
「来たよ、おじさん。早速【鬼門法】の習得方法を教えてくれ」
「生意気な小僧め。教えて欲しければ、ワシを倒してみろ!」
まず、《冒険者》や《勇者》などの近接戦闘に向いている職業には、必須である【身体能力強化】で攻撃と敏捷を強化し、【アース】で砂を創造し、【ウィンド】でおじさんの目を潰し、突っ込む。
一応持って来た武器は、祖父が使っていた錆びついてしまっている長さが90cmくらいの刀だ。
この世界にも刀なんてあるんだと思ったんだけど、ある国ではかなり使われているらしい。
「ふっ!」
僕は、おじさんに刀を振り下ろす。
だが、おじさんは目を潰されているにも関わらず、簡単に刀を躱し、僕の腹を殴り、「ぐはっ!」という声が僕の口から漏れた。
「弱過ぎるわ、ユーマ! もうここに通って何ヶ月経ってると思う? 6ヶ月じゃ、6ヶ月。6ヶ月も通っておるのに、【身体能力強化】のコントロールも出来てないし、【鬼門法】の感覚すら掴めておらん。やる気はあるのか?」
「あるよ!あるけど、動けないんだよ!重りが重過ぎるんだよ!何だよ、80kgって。こんな重いもの体に着けて、動けるわけ無いだろ!」
「仕方ない、重りを外してみろ。本当は、重りを着けてワシを倒して欲しかったんだがな。」
僕は、両腕と両足に着けた重りを外す。
もう6ヶ月間、ずっと重りを着けてたから、体が軽く感じる。
「じゃあ、行きますよ。」
僕は、またおじさんに突っ込んだ。
だが、おじさんには軽く躱され、僕は木に突撃した。
あれ?
僕、全然強くなってないじゃん!
そう、僕は感じたのだった。
ユリアの両親
ヴァン=メルリアン 37歳 男 11月4日生まれ A型
適性職業 勇者
薄い金髪に金の瞳。
カッコいいけれど、ガレスの方がカッコいい。
ルチア=メルリアン 36歳 女 9月9日生まれ B型
適性職業 盗賊
赤い髪に紅い瞳。
ユリアの母さんだとすぐに分かるくらい、似てる。