解かない方がいい謎
世の中には、様々な謎が存在する。
遥か昔からある謎や新たに発見された謎。その中には解き明かされたものもあれば、現代の技術をもってしても解き明かすことのできないものも存在する。
今まで誰も解けていない謎を解き明かそうと日々研究や調査を進められているが、果たしてそれは本当に正しいのだろうか。
世の中には解かない方がいい謎がある。これもまた、一つの真理かもしれない。
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クラブ活動の帰り道、小学四年生の康太は信号機の前で立ち止まっていた。
「この信号機、長いんだよなあ」
康太が待っている信号は押しボタン式信号となっており、待ち時間はおよそ1分~1分半。正確な数値を知っているわけではなく、この時間はあくまでも康太自身が数えたものである。
「もう、渡っちゃおうかな……」
待ち時間が長いため、信号が赤になっていても車が通っていなければ渡ってしまうときもある。しかし今は中々車が途切れない。
途方に暮れていた康太の隣に、同じくランドセルを背負った小学生の少女が現れた。
背丈は康太よりも小さいので、多分年下だろう。
「……」
その少女はボタンが押されていることを確認した後、右足を一歩踏み出した。するとあろうことか、信号機が青から黄色、そして赤へと変わっていった。
目の前の押しボタン式信号機が青に変わると、少女はそのままスタスタと歩いて行った。
「……今、何が起きたの?」
康太の目からは、少女が足を踏み出したことで意図的に信号機を変えたように見えた。しかしそんなことが可能なのだろうか。
もしかしたら、たまたま良いタイミングで切り替わっただけかもしれない。現に康太がこのボタン式信号機で立ち止まってから1分ほどが経とうとしていたからだ。
「でも……」
疑いは晴れない。可能性の一つとして、彼女が信号機を自分の意思で変えたのかもしれない。
些細で大したこともない出来事だが、好奇心旺盛な小学生の康太は非常に気になっていた。
翌日、康太は学校帰りに例の押しボタン式信号機の前に来ていた。
「まずは試してみよう……」
康太は昨日の少女と同じように右足を一歩踏み出してみた。しかし信号は変わらない。
「やっぱりダメか」
他にも少女は何か特別なことをしていなかったか、自分の記憶を思い出してみた。
「そういえば……」
少女は右足を踏み出した際に何かを踏んでいた気がする。
地面を探してみると、丁度少女が昨日いた位置にコノエダブルがあった。
「もしかして、これ踏んでたのかな」
康太は試しにコノエダブルを踏んでみた。しかし相変わらず何も起きない。
「やっぱりダメだ……」
その後も康太は四苦八苦したが、結局少女のように信号機を自在に変えることは出来なかった。
「とりあえず、今日はもう帰ろう」
これ以上やっても変化はないと判断したため、康太は家に帰ることにした。
数日後、康太は例の信号機の前で待っていると、件の少女が再び現れた。
「あっ……」
「え?」
「い、いや、何でもない」
ついうっかりと声が出てしまった。
(……今日もあれをやるのかな)
康太は期待の目で少女を見る。
「……?」
少女は困ったような表情を浮かべている。何でこの人は自分を見ているのだろう、といった表情だ。
その表情に気づいた康太は、露骨に見ないように顔を俯かせる。
(僕、明らかに不審者だよなあ……)
ちらりと少女の方へと視線を向けると、彼女は例の動作を行っていた。すると以前と同じく、瞬く間に信号機の色が変わった。
(やっぱり、偶然じゃないんだ!)
康太は確信した。偶然ではなく、彼女は意図的に信号機の色を変えることができる。
「あの……」
康太は彼女にその動作について尋ねようとしたが、少女はそそくさと横断歩道を渡ってしまった。
「あ、行っちゃった……」
多分、康太から身の危険を感じたのだろう。
「……防犯ブザー鳴らされなかっただけまし、って思った方がいいのかな」
小学四年生ながら、そのようなことを思う康太であった。
それ以来、康太が少女と出会うことはなかった。
2回ともほぼ同じ時間に出会ったので、時間調整をして信号機に向かってみたものの、彼女が現れることはなかった。
「これは、明らかに警戒されてるな……」
やましい気持ちはなかっただけに、ガックリと項垂れる康太。
「でも、多分同じ学校だろうし、学校内で探してみようかな」
ここまで来ると本当にストーカーのようだが、疑問を晴らしたいという想いがその行動を後押しする。
「よし、明日探してみよう」
明日学校で少女を探すことに決めたので、本日は帰宅することにした。
翌日、康太は休み時間に下級生の教室を一つずつ訪れた。
背丈からおそらく下級生だろうと推測しているが、実際の学年を知っているわけではないので、こうやってしらみつぶしせざるを得ないのだ。
「あの子は何年生なんだろう」
まずは3年生の教室から訪ねてみた。すると、一クラス目でもうお目当ての少女を見つけることが出来た。
「あっ、君!」
康太が声を掛けると、少女は驚いた表情を浮かべ、その後すぐに警戒の眼差しで見つめる。
「……何か用?」
「あの、聞きたいことがあるんだけど」
康太はドキドキしながら尋ねる。
「聞きたいこと?」
「君、いつも信号機を意図的に変えることができるよね。あれどうやってるの?」
「信号機? ……ああ」
少女は少し考える仕草をした後、心当たりがあったかのように納得した。
「……なんでそんなことを知りたいの?」
「いや、どうやっているのかなーって。謎があったら解いてみたくなるでしょ。意図的に信号機の色を変えることができるなんて、ふつうの人じゃできないだろうし」
「そんなことないんじゃない。案外あなたでもできるかも」
「本当に? どうやってやるの」
答えを知りたいという思いがひしひしと瞳から伝わってくる。その康太の瞳を見て、少女は発言する。
「知らない方がいいよ、そんなの」
「え、何で」
「だって、答えを聞いたらガッカリするかもしれないじゃない」
「ということは、大した仕掛けじゃないってこと?」
少女の言葉から推測する康太。
「さあね」
「何で教えてくれないの?」
少女が意地悪をしていると思い込んだ康太は、その理由を尋ねる。
「あなたが謎を解きたいって言ったから」
「え、それで何で教えてくれないの。ひょっとしていじわる?」
「そうじゃないよ」
康太の言葉を否定する少女。
「じゃあ聞きたいんだけど、あなたは何で謎を解きたいって思うの」
「何でって、わからないことが解明されていくのって楽しいじゃん」
「そうかな。謎が解けるって、必ずしも楽しいとは限らないと思うよ」
この少女は康太とは真逆の意見を持っているようだ。
「なんで?」
「謎が解けても、その謎が大したことなかったり、ショボいものだったらガッカリするでしょ。例えばバミューダトライアングル。これまではブラックホール説とか、タイムスリップ説とかいろんな説が出てきたけど、実際はハリケーンや霧などのように天候が悪くなることが多いだけで、謎なんて特になかったって結論が出ちゃったじゃない」
「確かにそうだけど……」
「そんな風に解明した結果大したことじゃなかったってなるくらいなら、謎なんて解かない方がいいのよ。だって謎として存在している間は、いろいろな憶測が出て皆楽しめるじゃない。でも現代科学が発達したことによって、超常現象と呼ばれていたものが次々と解明されていって大したことじゃなかったってパターンが結構多いから、なんだかつまんないなって私は思う」
少女はふてくされたような表情を浮かべている。
「だから、信号機の件についても解明しなくていいと思うよ。わからないままなら、何か仕掛けがあって私が意図的に変えているのか、私が信号機の前に来たら偶然変わっただけなのか、いろんなことが考えられるでしょ」
「……」
「そういう謎は、そのままわからない方が楽しいんだよ。謎は解明されていった方がいいって言われてるけど、世の中には解かない方がいい謎があるって、私はそう思っているよ」
そう言って少女はその場から去って行った。
「結局、わからずじまいか」
信号機の謎が解けなかったのは残念だが、彼女の言っていることも一理あると康太は思っていた。
「解かない方がいい謎、か。確かに永遠の謎って方がミステリアスで面白いのかもしれないな」
正直謎が解けなくてモヤモヤしている気持ちはある。しかしそのモヤモヤがあるうちが楽しいのだろう。世の中の謎が全て解明されてしまったら神秘性がなくなってしまうのかもしれない。それと同じで、今回の謎についても知らない方が様々な推測ができて楽しめるのだろう。
「じゃあもうこの件はおしまいでいいや」
能天気な康太は少女の言う通りこれ以上信号機の謎については触れないことにした。