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雪と煙

作者: haL.

 早朝の寒空の下、沿岸部の工業地帯の紅白のチムニーからひっそりと白煙が噴き出した。その煙は曇天の大空に溶け、雪となり街に降り注いだ。



 だんだんと空が明るくなり、日曜の街が活気付いてゆく。次いで、雪と共に白い煙が街に溢れ始める。それは笑いあう女子高生の口から漏れた吐息であったり、車椅子に座った老人が施設の窓から眺める自動車の尻尾であったり、洗濯物を干す主婦のため息であったりした。




 白い煙が街に蔓延するなる下がり、暖房の効いた部屋で目覚めた僕は寝ぼけたまま、寝癖も直さずに安物のリュックとジャンパーと手袋とを持って、「散歩」しようと外へ飛び出した。


 そびえ立つビルの面々、街路樹の下にだけ僅かな雪溜まり。素っ気ない冷風が僕の頬を殴る。それを物ともせず交差点を一つ、二つ、横切る。青信号に変わった瞬間に駆け出す子ども達のあどけない喋り声がかえって僕の感傷を呼び覚ます。視界には常に白煙。それは僕の呼吸であったり、甲高い子ども達の歓声であったり、横で言い争っている夫婦の言い訳だったりする。


 煙たい。それは視界に限った話ではない。僕の心は苦しみで煙り、白く濁っている。もう、全部が嫌になってきた。この辺りで終わらせてしまおうか。

「よし、次の交差点で」

 心の中でそう呟いた。


 次に着いたのは、大きなスクランブル交差点だった。老若男女、沢山の人々が今か今かと青信号を待っている。やたらと腕時計を気にする中年の男性、流行りの服を纏う携帯に夢中の女性。そんな中、僕はゆっくりと呼吸を整えていた。


 雪と煙で霞む視界の中、確かに青の光を見た。動きだす人々。同時に僕も歩き出した。


 横断歩道の真ん中辺りで僕は立ち止まった。行き交う人々が時々僕の肩にぶつかってくる。僕は気にも留めず、右手の手袋を外し、それを左手で持って素手となった右手を後ろのリュクに突っ込んでナイフを探し始めた。それは殆ど衝動だった。対象は他人(ひと)か、自分(ぼく)かは分からない。でも、もうそうせずにはいられなかった。

 正に取り出そうとナイフの柄を掴んだその瞬間、突風。左手に掴んだ手袋が人混みに飛んでいった。沢山の人に踏まれるだろう。しかし、もうどうでもいい。そんな事を構っていられるような精神状態ではなかった。

 突発的な勇気は一過性のようで、僕は柄をリュックの中で掴んだまま、また深呼吸を始めた。



 よし。もういいだろう。右手をリュックから勢いよく出そうとした正にその時、視界の右に白い煙と艶やかな黒髪。


「あの……これ」


 差し出されたのは僕の手袋。驚きのあまり、掴んだナイフをリュックの中に落っことし、幾つものリストカットの跡を手袋で隠すのも忘れて、右手でそれを受け取った。


「その、体、気をつけて下さい」


 それだけ言うと、恐らく十代後半であろう少女は走り去っていった。僕は何一つ言葉を返せなかった。衝撃に飲まれ、顔を見ることもできなかった。


 心には、不思議な感情。ナイフを取り出そうという気持ちはいつしか消えていた。それに伴い僕の頭から、心から、白い白い煙が漏れだした。






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