表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ラーさんの短編集

彼女が彼の上着の裾を引いた理由

作者: ラーさん

企画「第34回てきすとぽい杯〈夏の24時間耐久〉」参加作品です。

企画概要→http://text-poi.net/vote/124/summary.html

「お待たせー、……あ」


 遠距離恋愛中の彼とひと月ぶりのデート。駅の改札で待っていた彼があたしを見つけて手を上げたとき、あたしはすぐにそれに気づいてしまった。彼の首元に視線が吸い寄せられる。


 シャツの前後ろが逆だ。


 明らかに不自然に首元の詰まった上着の下のシャツ。その上になにも知らずに「全然気にしてないよ」とにこやかに答える彼の笑顔が載っている。いや、気にして、そのちょっとタグがはみ出て見えるその首元を気にして。

 そんな想いが通じることもなく、彼は笑顔で「今日はどこ行こうか?」とさっそくデートの相談を始める。デート……。前後逆転はみ出しタグシャツの彼氏とデート……。

 改札前を行き交う人々の喧騒が不意に大きく聞こえ出す。人、人、人、その視線の動きが気になり出す。彼の不自然な首元。そこに気づいた人間は同時に気づくことになる。前後ろ逆にシャツを着た彼氏と、その横を歩く彼女の存在に――。


「とりあえず、スタバでも入って考えようか?」


「あ、ちょ、ちょっと待って!」


 駅構内のスタバに行こうとする彼の上着の裾をつまんで食い止める。これは名誉の問題だ。前後ろ逆のシャツを着た彼氏がスタバでコーヒーを傾けながら彼女と談笑する――。自分がその様子を見たらどんな視線をむけるだろうか。「わあ、あのカップルの彼氏のシャツ、前後ろ逆なんだけど。しかもデートで気取ってスタバ入ってって感じでウケる。彼女教えてあげなって(笑)」――それは、嘲笑。

 これで彼がブラックのコーヒーなんて飲み出したら目も当てられない。そんなこと断じてあってはいけない。あってはいけないのだ。あたしは意を決して口を開く。


「あ、あのさ……」


 しかし、そこであたしは言いよどんだ。彼の性格が頭によぎる。ナイーブなのだ。彼は。優しい彼は、反面に失敗を気にしやすい性格なのだ。

 ここであたしが彼のシャツが前後ろ逆であることを指摘すれば、シャツは元に戻る。しかし彼がこのことを引きずって、今日のデートは重苦しいものになるだろう。ひと月ぶりのせっかくのデートが台無しになる。それは嫌だ。でも、どうする? 彼に気づかれずにシャツを脱がして元に戻す。そんな、そんなマジックみたいな方法が――。

 そのとき電光のような閃きがあたしを襲った。

 あたしは彼の上着の裾を引きながら上目づかいに言った。


「……来たばかりで、その、あれなんだけど……しよ?」


 彼のシャツはホテルで無事に元に戻りました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ