噂の沙耶さん
告白すれば絶対に成功する。そういう伝説の桜の木とか、校舎裏とか、音楽室とか。どこの学校にも必ず一つはあるだろう。
私立峰岸女子高等学校では、校門横にある紫陽花の木がそれであった。それも、弱い雨が降り青い花が咲いている時でなければいけないという至極ピンポイントなものだ。
いつ生まれたか全く分からないデタラメのような噂だったが、それでも廃れずにずっと残っている。
そして今日、また一人の女子生徒が思い人に胸の内を伝えようと勇気を振り絞っていた。
時は放課後、天気は雨、青い紫陽花が咲く、噂通りの絶好の告白シチュエーションだ。
文芸部に所属する二年生、篠原沙耶。彼女は文芸部の部長である栄一花と向かい合っていた。
緊張で力の入らない足を必死に動かして、憧れのセンパイである一花との距離を一歩分だけ短くする。
同じ文芸部に所属する幼馴染に背中を押されて。めんどくさい仕事まで請け負ってもらってこの瞬間があるのだ。絶対に思いを伝えなければと沙耶は拳に力を籠める。
「……一花センパイっ」
「どうしたの?」
意を決した沙耶。
一花はにこにこと何時ものように微笑みながら、沙耶へと視線を合わせる。
唐突にごめんなさいなんですけど、と沙耶は前置きをして。
「ずっとセンパイのことが好きでした! 私と付き合ってください!」
恥ずかしさと緊張で顔を真っ赤にして、けれどそれを悟られないように、頭を下げる。ついに言ってやったという混乱と後悔と、センパイの返事への期待と不安と。様々な感情が入り混じりながら、沙耶は憧れのセンパイの返事が聞こえてくるのを待った。
「……?」
待っても、返事は帰ってこない。泣きそうな表情のまま沙耶は顔を上げて、センパイの様子を確かめた。
そこには、困ったように微笑む一花。
沙耶は時が止まったように感じた。雨の音だけが耳へと染み込んでくる。
先に沈黙を破ったのは一花だった。
「えっとね、私も沙耶ちゃんの事はキライじゃないし、大事な後輩だと思ってるの。だけどね……」
やめて。
その先は聞きたくない。
「――――――」
目の前が真っ暗になるなるというのは、こういうことなんだろうと沙耶は思う。センパイの言葉は耳に入ってこなくて、それでもなんて言ったのかなんて簡単に予想がついたし、分かってしまった。
放心したまま、沙耶はその場に突っ立って。傘に当たって弾ける雨の音が空っぽの頭に妙に響いた。
気が付いた時には既に先輩はいなくなっていた。
時間もどれくらいたったのだろう。けれどそんな疑問ですら答えは欲しくなかった。どうでもよかったというのもある。もしかしたら、答えというものを知ること自体が怖くなっていたのかもしれない。
「おーい、沙耶ー」
雨の音に紛れて、親友の声が聞こえてきた。ピンクの花柄がバッと広がり、校舎の出入り口から一直線に沙耶のもとへと駆けてくる。
近づいてきた幼馴染はいつものように無表情のまま、全部を察したようにぽんぽんと沙耶の頭を優しく撫でた。
安心感からか途端に抑えきれなくなった思いが、感情が蛇口をひねったように溢れてきて。
「……っ」
沙耶は親友に縋りつくと、声を押し殺して、泣いた。
「……ごめん。ありがと」
いつの間にか雨は弱くなって、雲の隙間から陽が間を縫うようにして差し込んでいる。
泣くだけ泣いて落ち着いた沙耶は、真っ赤な目を手のひらでこすりながら安心感を与えてくれた親友へ謝罪とお礼を併せて述べた。
「……ねぇ沙耶」
「?」
いつにない雰囲気を纏いながら、最初に謝っておくけど、と親友は切り出して。
湿っぽい話は苦手