フニ子さんと天体少女
私立星空学園二年生、天文部に所属する天野芽衣はその日、自宅の窓辺から望遠鏡のレンズ越しに星空を眺めていた。
雲一つないまっさらな、まるで海のような夜空に瞬く無数の星。そしてレンズの向こうには、肉眼では到底見ることのできない幻想郷が広がっていた。
そんな星空を、まるで散歩でもするかのようにふらふらと、いろいろな星を眺めるのが芽衣の日課だった。
「きれいなぁ……」
ぽつりと、漏れた。
あっちへふらり、こっちへふらり。望遠鏡を動かして、星を眺めて――――
ふと見慣れない光景、真っ暗な中に、くりくりと動く不思議なものが映り込み、芽衣は望遠鏡から目を離し――――そして、固まった。
「こんばんは。それとも、初めまして、の方がいいでしょうか?」
う~ん。と首をかしげる少女がそこにいた。
芽衣と同じ年頃に見える少女は真っ黒なひらひらした服を身に纏い、腰伸びた髪を自由になびかせていた。均整な顔立ちはなんだか不自然なまでに可愛らしくて、それがまたこの状況と異様なまでにミスマッチだ。
「あ、あんた誰なん!?」
芽衣は後ろに飛びのきながら、窓辺に座る少女に聞いた。
「私ですか? 私の名前はフニ子といいます。貴女たちの言葉でいえば、宇宙人というのがたぶん一番しっくりくるのではないでしょうか。しばらく前から地球に隠居させていただいております」
宇宙人? え? 何それ? ていうか隠居? と、疑問符だらけの芽衣に少女は続けて話し始める。
「なんだか熱心に宇宙の星々を眺めていらっしゃったので、望遠鏡の反対側からのぞいたらどんなリアクションするかなーなんて思いまして、つい」
思い付きでそんなことをするんじゃないと、芽衣は大声で叫びたいのをぐっと我慢して、あり得ないと思いつつも一番気になっってしまったことを少女に尋ねた。
「あんた宇宙人て、マジ?」
「大マジです。この星の文明、というよりも地球の方々は他とは違う不思議な発展? 進化? う~ん、何と言ったらいいのでしょうか、よくわからないけどそんな感じの何かがあるのでそれに興味があって少し前からですけどこの星に居座らせてもらっているのですよ」
そう言いながらにこやかに笑う少女の姿は芽衣の知っている人間との違いがなくて。
「あんたがホントに宇宙人だったらさ、なんか見せてよ。超科学的なものとかさ、実は中身がすっごいグロテスクな奴だったりとかさ」
「何をもって超科学というのか難しいところですけれど、私の見た目は自由に変えられますよ。見て吐き気を催すようなやつですとか、必ず吐いちゃうようなものですとか、見てしまうと知的生命体では気が狂ってしまうようなちょっと吐いちゃうやつとか」
「それグロテスクな奴じゃん!」
「失礼ですね、あまりの美しさに心が洗われすぎて吐いちゃうやつだってあるのですよ」
「それ結局吐いてるよね!?」
「まあ冗談は置いといて、私の本来の姿は不定形というか、概念的というか、まあそんな感じのやつなのです。人間では視認することもできません。ですのでこの星で生活するのにちょうどいい感じに世界の人の平均を取った感じの姿をしているのですよ」
芽衣は確かすべての人の平均を取ると、非常に整った顔立ちになるという話を思い出していた。このフニ子と名乗るその少女の不自然なまでに均整な顔立ちはそのせいなのかと、無理やりに自分を納得させる。
ところで、とフニ子が口を開いた。
「話は戻りますけれど、どうして芽衣さんは望遠鏡をのぞいていたのですか?」
「星を見てたんよ」
「星? ですか。そんなものを見て何が楽しいのでしょう?」
「だってさ、きれいじゃん」
「……え? それだけですか」
「うん。それだけ。うまく言葉じゃ言えないんだけどさ、小さいころからずっと好きなんよね。星を見るの。夜空に瞬く瞬間とか、流れ星の一瞬の光とか、自分でもわからないけど、好きなんよ」
芽衣の言葉を聞いたフニ子は、あごに右手の人差し指を当てて、う~ん、と首をひねる。
「芽衣さん」
「なによう、てかなんであたしの名前しってんのよ」
「そんなのどうだっていいじゃないですか、それはそれ、これはこれです。とりあえず置いといて、星をもっと近くで見てみたいとか、思ったりします?」
「そう思うこともあるけど、やっぱりいいかな、こうやって望遠鏡で覗いて星を見るのがやっぱり好きだからさ」
「よし! それじゃあ行きましょう!」
「人の話聞いてた!? ……ってうわぁ」
なんだか強烈な衝撃が体に掛かったかと思えば、暗転、芽衣の身体はふわりとした浮遊感に包まれた。
ゆっくりと目を開けば、見渡す全てが、いつも家の窓からのぞいていた世界。右も、左も。上も、下も。
震える声で、芽衣は言葉を絞り出す。
「……ねぇ……ここ、どこ?」
「わかりませんか? 宇宙ですよ」
「……マジで、宇宙?」
「はい、マジです」
にっこりと、黒衣の少女はほほ笑んだ。
茶番ガールズはここでとりあえずの終わりです。読んでくださった方々、ありがとうございました