ぽんぽこりん♪
なんか最近疲れてる気がする。頭沸いてるわー……
あたしは狸である。名前はまだない…………なんつって。
盛大なパクリなのは今日から始まる新生活にどことなくテンションが上がっているからということで許してほしい。
あたしの名前は狸小路麻乃。思春期真っ盛りの十三歳。
ずっとグンマの山奥で家族と一緒に暮らしていたけれど、今日からあたしは街に降りて三年間一人暮らしをするのだ。
ズバリそれは、人間社会に馴染むための修行である。
私たちの一族は一言でいえば人間じゃない。もっと簡単に言うならば、化け狸といわれる一族だ。言葉通りの、狸である。昔話で人を化かしたり、悪役になったり、鍋になったりする、その狸だ。妖怪とか物の怪とか、そう云われる類の化け狸。
あたしの生まれたところには、人の姿を取れるようになった子狸は修行と称して三年間のあいだ人に紛れて暮らすという掟がある。それは人間たちの情報を手に入れるためでもあるし、開発の進む世界の中で生き残るために考えられたことだ。ご先祖様は、人間と敵対するよりも、まぎれて生き続けることを選んだのだ。
そしてつい先日、十三歳にして人間の形になれるようになったあたしは、晴れて今日から人間社会に紛れこんで生きていくことになる。といっても、まずは三年間だけなんだけど……
ちなみに里の子たちの人化ができるようになる平均年齢は十六歳。自慢じゃないけれど優秀なのだ。どやっ。
三年間の修行が終わったら、里に帰るか、人間と一緒に社会の中で生きていくか選ぶことになる。ただし例外として、一般人に正体がばれちゃったら即里帰り。
結構厳しいのよ、これ。
現に今いる里の大人たちはほとんどが一般人に正体がばれちゃった人たちだしね。
まあそんなこんなではありますが、今日からあたしの新生活が始まるのです。そりゃあテンションも高くなるというものですよ。
段ボールの箱だらけの六畳一間の狭い部屋。その中であたしはうーん、と体を伸ばす。明日から必要になる、あたしが転入する中学校の制服とか、布団とか。そういったものは散らばりっぱなし。
ちょっとだらしないかもだけど、新生活っていう感じがある。
ではでは、明日に備えて。
おやすみなさい。
~翌日~
コンクリートで覆われた道を歩く。石畳の上を歩くのとはまた違う足裏に帰ってくる固い感触はなんだか斬新だ。いっぱいある電柱とか、石でできてるようななんだか無機質な家とか、昨日まで本で見たことしかなかった様な光景を見ているとなんだか本の中の住人になったような気がしてわくわくする。水色のプラスチック製だと思われる大きなごみ箱とか、投げ捨てられているかんとか、なんでこんなところにあるんだろうっていうような自動販売機とかも、見ているとなんだか楽しくなってくる。
転校初日の初登校だ。
昨日のうちに地図は頭に入れてきたからたぶん迷うことはないけど、それにしても街というのは複雑。色んなものが目新しいからついきょろきょろと周りを見てしまうし、建物とか細くて暗い道がいっぱいあって分かりにくい。
あと、すっごく車が多い。
アパートをでてもう何台もすれ違った。それに道路わきにある建物一つに必ず一台は停まってる。
里にはナンバーのついていない軽トラック一台しかなかったのに。それもガソリンが貴重だからってあたしが生まれてから今日まで二度しか動くところを見たことがない。
そんな車がいっぱいあって、動いているんだ。
目まぐるしく動く赤や青、白や黒のいろんな車を見ていたらなんだか酔いそうになって、少しでも車通りの無い道を歩こうと、人気のない道を選んで学校へと向かう。
うん、地図は頭に入ってるんだ。昨日必死に覚えたんだもん、大丈夫。
細い道をいくつか抜けると、全く人も車も通っていない大通りにたどり着いた。確かこの大通りをまっすぐ行くと、左手に学校が見えるはずだ。
あたしは腕時計を見てまだ時間に余裕があることを確認すると、あたりの景色を楽しみながら、大通りを歩いていく。
思えば、このときあたしは気付くべきだったのだ。
誰も歩いていない大通り。通勤時間帯のそれがどれだけ不自然であるのかということに。知識として大通りがどんなものかは知っているはずだったんだ。
「おっかしいなぁー……」
体感では結構歩いたはずなんだけれど、全く学校が見えてこない。もしかしたら気付かずに通り過ぎてしまったのかとも思ったけれど、朝の学校は登校する生徒たちでにぎわうはずだし、それはないと頭を振った。
「そろそろ学校についてもいいはずなんだけどなぁ……」
と、前をきょろきょろ。
後ろを振り向いてもう一度きょろきょろ。
そして気付いた。
あたしを中心に前も後ろも、おんなじ風景だ。
街はこういうもの? 違う、いくらあたしでもそれは絶対にないと分かる。あたしが一歩進むごとに、風景もそれに合わせてついてくる。
「?」
なんだろこれ……
ちっちゃいころに村のおっちゃんにされたいたずらを思い出す。あの頃は狐に化かされてるのかと思ってほんと怖かったんだ。あとでネタばらしされたときは本気でおっちゃんを殴っちゃったっけ。
けれどいまは全く予想がつかない。
同族……? 狐……?
どちらとも違う。あたしたちみたいな存在だったら妖力を感じるはずだし。
「ねえ」
う~ん……
「ねえ、貴女どうしてここにいるの?」
あーでもないし、こーでもない。
「ねえってば、聞こえてるの?」
「ふわぁ!?」
突然に背中を叩かれてあたしは背筋をピンと伸ばし、慌てて振り返る。
そこには、露出狂の女性がいた。
「やっと気付いてくれ「ぎぃやーーーー! 露出狂ーー!」
「ちょっと誰が露出狂よ! よく見なさいよ! 大事なところはちゃんと隠れてるでしょ!」
「いーやー!」
「ほら! 落ち着きなさい!」
露出狂があたしの頭を手で押さえて固定し、全身を見せつけるように正面に向ける。
「ほら、よく見なさい。ちゃんと隠れてるわ」
頭を動かそうにも、押さえつけるのにかなりの力を入れられているらしくろくに動かせない。というか、動かすとこめかみに食い込んで非常に痛い。
仕方なく、露出狂に言われるがままに私はその姿をまじまじと見る。
出るところが出て、くびれるところがくびれている彼女の身体を、紐のように細いピンクのハイレグが食い込むように覆っている。
そして彼女の言うように確かに一般的に見えてはいけないところは隠れている。ただそれは、本当にその部分だけが隠れているだけだ。
つまり……
「やっぱり露出狂だあって痛い痛い痛い痛い」
彼女のアイアンクローがあたしの頭にがっつり食い込む。
「まったく、私だって好きでこんな格好しているわけじゃないんだから」
「え? 好きじゃなきゃそんな格好出来ませんよね? というか、しませんよね?」
少なくとも、あたしには無理だ。破廉恥だ。
街にはこんなのがいっぱいいるのか。街怖え。露出狂は都会だけかと思ってたよ。
「……はぁ。やっぱり普通の人から見たらこうなるのね。もう諦めよ。というか、なんでこの子ここに入ってこられるの? 認識阻害とか人払いとかいろいろ重ね掛けしてたのに。それにこの制服って」
なにやらぶつぶつと、露出狂の彼女はつぶやいてから、あたしの方を見つめると。
「とにかく、このことは忘れなさいね」
「そりゃあもう。すぐにでも」
あたしの華々しい街暮らし一日目にこんな手合いに遭遇するとは全くもって想定外です。いっそのことなかったことにしたいくらい。
「それじゃ、私は行くから、ばいばい」
そう言うと、露出狂の彼女は去っていった。同時に、あたしについてきた風景も消えていき、本来あるべき姿に戻る。
目の前には目的地、あたしが転入する中学校がある。
そしてこの中学校であたしはさっきの露出狂と再開するのだが、それはまた別のハナシ。