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 スルー             

作者: 阿木玲太郎

「君、何故か影が薄いね! 」と、係長のYが酒の席でぽつりと言った。

 この台詞、僕はよく言われる台詞だった。


 中学校は学年三百人程度の学校で、いつも百五十番前後をうろうろしていた。運動も大抵のことはそつなく出来たけれど、特別得意な運動もなかった。身長も、極、普通だった。素行面でもトラブルを起こしたこともなかった。要するに、極、極普通だった。“一流ではない”大学を卒業し、小さな商社に就職した。ノルマはコンスタントに達成しているが目立つ実績もなかった。職場でも目立たない存在だった。

 ある日、課の親睦会の幹事が朝一で言った。「実は今日夜、飲み会があるのだが阿木さんの予定を聞くのを忘れていた。申し分けなかった。決して悪意があるわけでない……。で、飲み会、参加してもらえますか? 急で悪いけれど……」

“そんなものだろう”と思った。

「そんなもの、参加するな! 」という人もいるかも知れない。でも、家族、父に母、兄貴に妹達では初中後しょっちゅう食事会をしているようだが、僕には声がかかったことがほとんでない。家族でもそうなんだから、他人を怒っても仕様がない。

 恋人もいないし、予定は無かった。で、僕は言った。「いいですよ」


 社長室に山下清のちぎり紙細工があった。本物だ。僕はどうしても欲しくなった。で、ある夜、僕はそれを持ち出した……。当然、翌朝、大変な騒ぎになった。警察も来た。刑事達は「本物の山下清」と聞いて本気になった。内部の者の犯行と思われ、皆、社長も含め刑事の事情聴取を受けたけれど、僕は僕の思惑通りお呼びがかからなかった……。刑事に聞かれたら白状するつもりだったけれど、僕はスルーされたのだ。

“そんなものだろう”と思った。

 当然だけれど、僕は聞かれもしないことは黙っていた。結果、事件は迷宮入りした……。


 三ヶ月後、八月になって僕は「一週間夏休みを取りたい」と言った。同僚は三日の休みを拒否されたけれど、これまた、僕の思惑通りあっさり認められた。

 僕はG海岸の宿に泊まった。勿論、あの絵も持って行った。夜十一時、僕は布団に横になってあの絵を眺めた。何時になく、あっという間に深い眠りに落ちた……。


 どれくらい経っただろう、何か異常を感じて目覚めた。辺りは一変していた。壁も天井もなく、青い空が見えた。僕は黒焦げの床から起きた。

 チェックインした時カウンターにいた男と、制服警官に消防服の男が話しこんでいた。

「宿泊カードまで燃えてしまったけれど、全員、無事に避難した! 」と、消防服男が言った。「間違いありませんね? 」

「……。えぇ、間違いありません。お客様も従業員も全員無事に避難しました。建物は全焼しましたが人的被害がなかったのは幸いでした」と、“支配人”の名札を胸に着けた男が暫く躊躇した後言った。

 強い日差しで三人の男の影が黒焦げの床に落ちていた。でも、僕の足元に影はなかった。

 僕は焼死したのだ。でも、スルーされてしまった。


“そんなものだろう”と、僕は思った。


ヤフーブログに再投稿予定です。

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