初めての街
「雫さん!!」
「あらら、これまた酷くやられちゃったね……鈴、澪磨は先に向かったわよ、リマはあたしに任せて」
突然現れた雫は、パーマで短い茶髪を靡かせ、優しく微笑みながらリマをゆっくりと抱えた。その後雫は視線を憂李に向けると、また、笑顔を見せ林檎を一つ前に差し出した。
「あの子、林檎好きなの、あなたから渡しておいて、じゃあ鈴後は頼んだわよ」
「はい、直に既羅と共に戻ります」
すると雫は自分の指にしてある指輪に一度キスをした。その途端に光に包まれ消えていなくなった。憂李は慌てて辺りを見渡すがどこにもいない。そして手渡された林檎に目を向けると、どうしても既羅を助けなくてはいけないという衝動に駆られた。
雫を見送った後鈴は、少し歩いた先にある小さな白い花を手に取り、軽くキスをした、途端にその小さな花は形を変え妖精の姿へと変化した。
「君、既羅の居場所まで案内してくれませんか」
「かしこまりました。 鈴様の命令とあれば何なりと」
フワフワと浮いている白い妖精は既羅の居場所を教えるべく、どんどん迷うこと無く前へ進んで行く。どうやら、周りに木や花、植物に情報を聞きながら居場所を特定しているらしい。そんな光景に憂李は自分の頬を摘み、長い夢を見ているのではないかと確認した。その行動を密かに見ていた鈴は呆れ顔で憂李に言った。
「フッ、ホントに憂李って面白い、霧ヶ丘でどうしてあんなに嫌われてるのか不思議なくらい」
「おま、やぱ霧ヶ丘の生徒なのか」
「何を今更、しかも、隣のクラスですが? 幹野鈴て名前聞いたことない? 私これでも、学年三位なんですよ」
何故かその自慢げに話す鈴の言葉を聞いて面白くなった憂李は「プッ」と吹き出し笑い始めた。鈴は不愉快そうに目を細めて憂李を見つめた。するとその行動を見て憂李はさらにお腹を抱え笑い始めた。鈴はそんな憂李の笑顔を初めて見たせいか顔を少し赤らめた。
「何がそんなにおかしいの?」
「じゃあさ、一位二位って誰なんだろぉな」
「二位は既羅だけど、一位は聞いたことないです」
すると今度は憂李が自慢げに走りながら腕を組み鈴を見つめ、言おうとした瞬間に妖精が言葉を発した。
「鈴様、この先に既羅様がいらっしゃいます、どうかご無事でホームに戻られることを願っております」
そう言うと妖精は白い小さな花の姿に戻り地面に落ちた。そんな花に鈴は二度目のキスをし、「ありがとう」と呟いた。
と、視線を前に向けると何時の間にか森を抜け街の中にいた。ここは、『シアクベリ』と言う街で皆には賭けの街と言われている。街自体は大きくないが人口は最も多く、ゲームセンターや武器ショッピングがズラリと並んでいる。この街に家がある者は皆お金持ちとされている。勿論賭け事が好きな者が足を運ぶ街。
鈴と憂李はそんな賑わっている街をどんどん前へと進んで行く。鈴の目に止まったのが、今まであった建物とは比べ物にならないくらい大きな建物でできたゲームセンターだった。
すると携帯を取り出し電話を始めた。
「私、澪磨どこにいるの?」
電話をかけた瞬間に後ろから元気で長身な男が携帯電話を手に持ち近づいてきた。途端、鈴に抱きついた。
「鈴~来るの遅くない……てか、そいつ誰?」
「この人は憂李って言って現世界から来た人で……」
鈴は親切に分かりやすく異世界に憂李が来てしまった理由を澪磨に説明した。澪磨は複雑そうに憂李を見て呟いた。
「お前、死ぬよ」
その言葉を聞いて憂李は、背筋にビビッと電気がはしったかのように震えた。恐ろしい言葉に続き、憂李が見たのは澪磨の左腕に付いてる血だった。澪磨本人の血なのか、返り血なのかわらからない。鈴はそんな澪磨を見ても心配している様子はない。本当にこの異世界はどうなっているだ、と青ざめた表情で澪磨を見た。そして、思い出した。先程既羅の手によって一人の人間が殺されたことを。きっと、ここにいる者は皆、よく言う殺し屋というものではないかと唾を飲んだ。
「憂李、これ、お前にプレゼント、余意味ないかもしれないけど、ここにいるなら自分の身は自分で守らないといけないからよ」
手渡されたのは小さな二つのカッターナイフ。現世界でもカッターナイフを持っている者がいた。そんなに大事な物なのかと疑問に思いながら「あぁ、どうも」と呟き、ズボンポケットにしまった。
すると、鈴が澪磨に粒薬を渡した。
「まだ平気だっての、それより早く助けにいこーぜ」
澪磨は鈴に薬を返し、それに鈴は深く頷いた。
澪磨の合図と共に大きな建物の中へと足を勧めた。すると大きな門が見えてきた。それを通った瞬間に真っ暗な部屋に電気が付き門が、ガシャンと音を立てながら閉まった。まるで閉じこまれたかのように。
外が賑やかだったせいか部屋は静まり返っている。そして、窓ガラス越しに見えたゲームセンターと、実際中に入って見るのとは景色や風景が全く違う。ただ、大きいシャンデリアのある広いホール。勿論人なんて見当たらない。すると、澪磨が眉間にしわを寄せた。憂李には何が起こっているのかわからず辺を見渡した。
「どうなってんだ」
「憂李、私達刈芽にハメられた」
「あ~あ、うそでしょー、やられちゃったよ、ここどこだよってな」
まさかのハメられたらしい。澪磨も鈴も苦笑い。だが、すぐに真剣な顔つきへと変わった。すると、目の前に一人の少年が血だらけの状態で縛られ吊るされていることに気が付いた。それを見た途端憂李は怒りが沸き起こりとどきもしない少年の元に駆け付け、どうにかならないのかと考えた。憂李に合わせ駆け付けてきた澪磨と鈴もかなりの殺気を立ちこませ辺を見た。
「ルマを下ろしなさい」
「誰だよ、出てきやがれ」
ガタイの良い男、刈芽が一人二階の奥にある扉から現れ、パチンと指を鳴らすと上からもう一人が吊るされた。それは、先に向かっていた既羅だった。
「き、おら、なのか」
既羅から血がポタポタと地面に落ちていく。憂李はそのことを直に理解できなかった。現世界での同じクラスと言った身近な存在であるという事と、もう一つ、既羅はそんな簡単に殺られてしまうような弱々しい人ではないと思っていたからだ。憂李の隣で鈴も澪磨も驚きその場で呆然と立ち尽くした。
すると、刈芽は二度目の指を鳴らした。途端に部屋は真っ暗になり何も見えなくなった。その成果三人は睡魔に襲われた。憂李は虚ろ虚ろ目を開くと目の前に優しい光が現れそこからある女の子の声が聞こえてきた。それは懐かしくて、落ち着く、優しい声だ。そして、ずっとずっと会いたかった大切な人。
「そ、そらなのか……」
「(ずっと会いたかったよ、おいで太陽、一緒にあそぼ)」
薄ら映る女の子の笑顔を見て安心したのか、一滴の涙が零れた。
もうその頃、部屋の明かりが付き、鈴と澪磨は目を覚ましていた。憂李だけが標的にされたのだ。そして、倒れて涙を零す憂李の名を鈴と澪磨が必死に呼び続けた。