危険な世界
「なーんだ、まだ寝てんじゃん」
「おい直、調子に乗って起こすなよ」
「大丈夫だよ、もぉ拓磨心配症だなぁ」
身長が高く青髪をし、キリッとした瞳を持っている男、拓真は鈴と憂李を怪しむ表情で見つめている。
その隣にいるのは、小さめな身長をした赤髪の男、直だ。
直はベッドの周りを歩き、寝ている既羅の横に座り、じっと見たあと手を伸ばし、既羅の顎を掴んだ。
「へ~……こいつがあの既羅かぁ」
顎を左右に動かされても全く起きない。その事に直は楽しくなり頬を軽く摘んだり、悪さをしていると、それに耐えきれなくなった憂李は起き上がり、直の腕を強く握った。だが、同時に憂李の首に今にも刺さりそうなカッターナイフが拓真によって切り付けられた。
「やめろ、拓真」
直は低い声で睨むように拓真に言った。憂李がさらに力を強くすると直は痛そうに目を細めたが、ナイフを下ろすまで拓真を見つめていた。仕方なく「ちっ」と小さな舌打ちをした後、ナイフを下ろした。すると、隣にいた鈴が憂李の肩に手を乗せて首を振った。まだ少し怒りはあったが、腕を握る手を離した。直はその腕を自分でさすりながら口を開いた。
「君達起きてたなら教えてよ、びっくりしなぁもぉ」
「お前ら、なんだ」
「僕らは君達を解放しろと命じられたんだ、まっ一人はとっくに逃げたらしいけどね」
その直の言葉を聞いて憂李は咄嗟に鈴を見た。その後不思議そうな顔をして既羅を見た。だが、「逃げた」人が誰なのか分からなかった。鈴は隣で呆れたように笑い始めた。
「ホント既羅ってば、叶わないな」
憂李は不思議そうな顔をしていた。まだ、寝ている既羅が偽物だと気づいていないのだ。それを見て直が苦笑いをしながら既羅の鼻を強く摘むと、「ぽんっ」と音が鳴り、それと同時に既羅は小さな女の子の人形へと変わった。それに憂李は目を見開いて驚いた。
「憂李そんな、変な顔しなくても」
鈴は笑っている。余りよく分からないまま憂李と鈴は直と拓真に誘導されるがままに後を追い、やっと外へと出る事が出来た。外は元いた、現世界と比べると日差しは弱かったが、晴天で心地良い風が頬に触れた。
外に出た途端に鈴は大きな木の前まで走り手を伸ばした。その後木に耳を当てると「わかった、ありがと」と呟いた。
「鈴、木と話してるのか」
「そう、ってそれよりも憂李はこれからどうする? 現世界に帰ることは出来るけど憂李は《ワープ》の力を持っていないから今すぐには無理だと思う」
憂李は困ったように辺りを見渡し、自分がどこにいるのか把握しようとした。このような怪しい異世界で一人のこのこ歩いていたらいつ襲われても可笑しくない、別に喧嘩が弱いわけではないが、現世界で起きたように武器を持っている相手に襲われたら流石に危ない。そう思った憂李は鈴を見た。それに気付いた鈴は憂李に向かって口を開いた。
「先に言っておくけど、行動を共にするのは無理、私といたほうが憂李の死ぬ確率が高くなる」
それを聞き困っていると鈴は「仕方ないか」と小さく呟いた。
「わかった、じゃあ隣街のシアクベリまで送ってく」
そう言うと二人は並んで前に進んだ。と途中で憂李は少し鋭い口調で言葉を放った。
「つか、鈴と既羅は知り合いなんだろ? 一人だけで逃げたって酷くないか」
そう言った途端、鈴は憂李の前に立ち、庇うように右手を広げた。怖い目付きで睨んだ。誰もいない普通の場所で睨み始めた鈴を憂李は不思議そうに見ていると、鈴が怒鳴った。
「いい加減にしなさい、姿を表せ、さもなくば切り刻みますよ」
すると、目の前に男一人が現れた。誰もいなかったはずの場所に突然現れたことに憂李は驚きまたまた目を大きく開いた。
「これはこれは鈴様じゃありませんか、こんなとこで会うとは奇遇ですね」
「……お前から血の匂いがする、それは、リマのか!!」
血相を変えたように青ざめた顔で地面を見たあと、顔をあげた。
「リマを、どうした」
「あのおチビさんならちょーっと先の所で木にぶら下がっているよ」
「どうして、そんな」
「お腹すいていたんだ、しょうがないさ、けどあのおチビさんだけじゃお腹満たされなくてね」
男は鈴と憂李を交互に見ると、不気味に笑いながら指をさした。
「やっぱり、男より女だよなぁ~鈴様悪く思わないでくださいね」
すると突然男の頭に誰かが飛び込み掴みかかった。「ボカっ」と鈍い音と同時に男は吹き飛び近くにあった木にぶつかった。それにより口から血を吐き、咳き込み始めた。苦しそうに視線を上に向けた途端「ひっ」と高い声を漏らしながら痙攣を始めた足を必死に抑えた。
「そうだね、そうだね、悪く思わないで下さいね」
そこに立っていたのは逃げたはずの既羅だった。その近くには横たわる少女の姿もあった。
既羅は今にも男を殺してしまいそうな殺気を放ち徐々に男との距離を縮めて行く。
「これは質問です、私の仲間を傷つけたのはだれですか?」
その質問に男は恐怖し黙っていると、既羅は足を上から男の頭上目掛けて振り落とした。男は地面に倒れ込み額からは血が滲みでた。
「ではもう一つ、今私の知り合いを傷つけようとしていたのはだ~れ」
男はまた口を開かなかった。それに対し怒りが増し、次は腹部を思い切り蹴り隣の木まで吹っ飛んだ。
「……じゃさ、次は答えてよ、私の仲間木から吊るしたやつは、お前か?」
さっきまでのトーンとは違った低い声で更に恐ろしさが増した途端に男は口を開いた。
「し、仕方なかったんだ、腹減ってたのもあるけど、そ、その、頼まれて」
「誰に」
「か、……刈芽様に」
刈芽とは、隣町にあるシアクベリに住むお金持ちだ。全てのことをお金で解決し、悪党としても有名な人物。逆らう者はいないとされている。
それを聞いた既羅は男に背を向けリマの方へと向かっていた時、男はそっとズボンからナイフを取り出し既羅目掛けて投げつけてきた。それに早く気付いた憂李は既羅を思い切り押し、庇った。それにより憂李の腕から血が流れた。その行動に既羅は何故か憂李の頭を軽く殴った。その後、既羅はまた男に視線を変えると、投げつけられ木に刺さっているナイフを手に取ってニコッと微笑んだ。
「これ、お返しします」
既羅が投げたナイフは男の額中心に刺さりその場で倒れ込みピクリとも動かなくなった。すると既羅はリマの元に行き囁くように呟いた。
「歩ける? もし、歩けないようだったら置いていくけど」
「あ、足手まといに、わ、なりたくないので、先に、行ってください、直に追いつきますから」
「わかった」
すると、躊躇いも無く既羅はリマを置いていき一人で走りどこかに行ってしまった。その時リマは痛みを堪え意識が朦朧とした状態で、憂李の腕を掴んだ。
「り、鈴様、既羅様をお、お願いします」
間違って憂李の腕を掴んでしまったのかもしれないが、必死に痛みを堪えながら訴えるリマの表情を見た憂李はリマの手を取り強く握り返した。
「大丈夫だ、俺がなんとかする」
その優しく強い憂李の言葉を聞いてリマは安心し、一度微笑んだ後眠りについた。
鈴は直リマの応急処置を始め、憂李に一言行った。
「なんとかするってどうするつもり」
「既羅を追い掛ける、あいつどこに行ったか知らないか」
「憂李……行かない方がいい、現世界にいた既羅とは違う、しかもここは異世界争いや殺しが普通に行われる所、憂李みたいな普通の人間が巻き込まれちゃいけない」
鈴の表情は苦しそうで辛そうだった。この世界で恐ろしいことが行われている事は憂李にも把握できた。だが、今では冷静に眠りについているリマと言う少女の先程見た笑顔、それはとても幸せそうだと感じた。
リマの応急処置が終わった丁度に森陰から女一人が現れ、目の前で手を伸ばし微笑んだ。