嫌われ者の優しい心
「憂君行ってらっしゃい」
いつもと変わらない優しい笑顔で手を横に振る母に対し、無愛想に「行ってきます」と呟き玄関のドアを開けた男、貴棟憂李は空を見上げ軽く微笑んだ。快晴の今日、思わず目を瞑ってしまうほど眩しい太陽が空の中で輝いている。そのような普通の景色が憂李にとってとても嬉しいことなのだ。すると、首元から綺麗に光る指輪の付いたネックレスを手に取り強く握りしめ口を開いた。
「空……絶対約束守るからな」
その言葉に返事をしたかのようにフワリと優しい風が吹き、憂李のサラサラな金髪が靡かれる。少し長めの前髪を手で押さえ風が落ち着くのを待ちながらゆっくりと前へ進んで行く。
そんな時、背後に人の気配を感じ取り、反射的に後ろを向いた。するとそこには、男二人が鋭い瞳で殺気を立ち籠め向かってきた。
現在この場所は家の近所である。こんな場所で喧嘩をしてはいけないと思った憂李は、逃げるように少し離れた公園に向かった。勿論男二人は着いて来たが見失わないようにすることが精一杯だったのか遅れて登場した挙句、息を切らしその場で倒れこんだ。額からこぼれ落ちる汗を手で拭い、また憂李を睨みつけた。
「はぁーはぁー。ちくしょー俺等のダチに手出しやがって。ぜってー許さねーぞ」
男は悔しそうに地面を力強く殴った。
「お前等のダチなんか知らねーよ、つか悪いけど俺学校行くわ、あ~遅刻だ」
乱れた制服を整え、面倒くさそうに頭を掻きながら、呆れた表情で言い放ち公園を後にした。
二十分程歩き、やっとのこと霧ヶ丘高校の正門前に辿り着いた。憂李は、毎度のことその場で立ち止まり、柄にもなく無邪気に笑う。そして、誰もいないこの場所で一人呟いた。
「今日も行って来るな」
そんな憂李を見ていた一人の女、霧ヶ丘高校の制服をオシャレに着こなし腰くらいまである長い黒髪をポニーテールに縛り電柱の上で立っていた。憂李はそのことに気づいていない。
遅刻し叱られることを面倒くさいと思いながらクラスに向かうと、幸い担任も来ていないらしく廊下まで話し声や笑い声が聞こえて来た。
ガラガラ~。
クラスのドアを開けた途端、先程まで賑わっていたのが嘘のように静まり返る。睨んでくる者、怖がる者、様々な人がいるが皆憂李を嫌っていることに変わりはない。なぜなら、金髪、肩耳ピアスとネックレスに自分流にアレンジした制服、それに学年トップの成績を持っているからだ。確かに納得いかない者もいるだろう、だがこれは努力した結果なのである。
毎回突き刺さる氷のような瞳を何とも思わないはずがなく、一人寂しさを隠すため、冷たい瞳で睨み返し、静かに椅子に座り、机に腕を乗せ顔を隠すように眠りについた。そして授業を受けないまま放課後となった。
「あの、そのえっと……憂、憂李君」
黒髪を三つ編みに縛り、沢山のノートを手に持ったこのクラスの委員長、佐藤夏帆が、今まさに殺されるのではないかと恐怖しながら怯え憂李に声をかけた、が聞こえていないのか無反応。さらにオドオドする委員長の肩に優しく手を乗せ「大丈夫」と呟いた女、翰凪既羅は、憂李の頭を容赦なく殴り、その衝撃な痛みに驚き飛び跳ねた。
「委員長何度も呼んでるでしょ!」
一瞬何が起こったのかわからなくなった憂李は、呆然と既羅を見た。
既羅もこの高校で、目立っている人の一人である。だがそれは、憂李とは全く正反対で、とても人気があると言う意味だ。腰にかかる茶髪に身長は平均より少し高めで大きな瞳に可愛らしい笑顔、全て完璧と噂されている。
正気に戻った憂李は、また鋭い瞳になり口を開いた。
「既羅……、いつもいつも絡んでくるんじゃねーよ、で、何?」
既羅と憂李はいつも喧嘩をしている。その理由は、友達が困っているのを助けたいと思う既羅に対し、憂李はその友達に迷惑をかけるからだ。
憂李は不機嫌そうな顔つきで委員長を見た。
「えっと、そのノート……英語の」
「は?」
途切れ途切れ話すその言葉を聞き、苛立ってしまい思わず大きな声を出した。すると、委員長はさらに怯え、声が出なくなってしまった。そんな委員長を見て「この高校の面接大丈夫だったのか?」なんてどうでもいいことを考えながら「何?」と少し優しめに声をかけた。が、足を痙攣させながら何も言わない。そんな委員長に憂李は、何となく昔いじめを受けていた頃の自分と重ね合わせ、益々苛立ち始めた。
すると既羅が委員長の手の中から自分のノート探し始め、見つけた途端に憂李の顔、目の前まで突きつけた。
「なんだよ」
「だから、英語のノートやったのかやってないのか言いなさいってば」
憂李は咄嗟に既羅のノートを奪い取りパラパラと捲る。そこには綺麗な字できちんと書いてはいるが重要な点がどこに書いてあるのかわからない。見づらい、人のノートを見ていつも「時間の無駄」だと思う憂李は、既羅が頬を膨らませ怒っていることに気がつきすぐにノートを返した。次に後ろにあるロッカーまで向かい、自分のノートを取り出し見てみた。一言、真っ白、とまではいかないがスカスカで、授業中に何をしていたんだと怒られそうなノートを渋々と委員長の手の上に置くと、重さに限界がきたのか足元をフラつかせ倒れそうになった。その時、反射神経の良い憂李がすぐに委員長の腰に周り受け止めた。すると無理やりノートを全て奪い取った。
「ここで倒れられても面倒だから俺持ってく」
そんな言葉を言い捨てて教室を出て行った。そんな意外な行動にクラス皆は驚きを隠せないまま頬を赤らめていた。
憂李が教室に戻った時には、生徒は皆下校していた。すると窓を開け校門の方を見る、そこには二人の先生が立っていた。それを確認した途端「はぁー」と大きなため息をしながらオレンジ色に輝く空を眺め心を癒していると、首にかけてあったネックレスが出てきてしまい、焦り急いでしまった。
「あっぶね、落とすかと思った」
「何してるの?」
後ろから聞こえて来た既羅の声に驚きすぐに振り向いた。そこで既羅は何かを探しているのか、自分の席に向かい椅子を引き机の中を覗いていた。
「ないー」
そんな既羅を見て見ぬ振り、目線を空に向けた。
だが、憂李は落ち着かない様子で自分はどうすればいいのかわからず、スクバを手に取り教室を出ようとクラスのドアを開けた、その時、空が薄暗くなっていることに気がつき既羅に問いかけた。
「なー探しもん? もう外薄暗いけど帰んねーの」
「帰れない、大事な携帯なんだもん」
そう言うと既羅は教室の全体を探し始めた。
(「なんで携帯無くすんだよ」)
憂李は呆れながらも質問した。
「何色?」
既羅は目を大きく開き憂李を見た、次に目を細め怪しむかのように見た。
「なにもおごらないよ?」
「んなのどーでもいいから、で」
「……白にピンクのカバー付いてあるやつ」
それから二人で既羅の携帯を探したが時計の針が進んで行くばかり、見つかる気配すらしない。スクバの中や廊下、それ以外にも図書室やトイレ、どこを探しても見当たらなかった。
既羅は下唇を噛み悔しそうに涙ぐみながら探している。憂李は「もう、見つかんねーだろ」なんて考えつつも必死に探す既羅のためにも何も言わず探し続けた。
ついに、時計の針は八時半を指した。
「憂李、もういいや、ありがとね」
既羅が見せた作り笑いはとても切ないものだった。結局見つからないまま解散となり一緒に帰ることになった。憂李は誰かと帰ることが初めてで何か心が落ち着かず、それに既羅は無くしたショックで黙り込んでしまい、無言で暗い道を進み途中で別れた。その直後、空から雨が降って来た。傘を持っていない憂李はスクバを頭の上に乗せ急いで家に向かおうとした時、携帯の着信音が近所にある公園で鳴り響いていることに気がつき、「まさかな」と思いつつ公園に足を踏み入れた。すると椅子の上にピンクのカバーがしてある携帯を見つけた。幸い防水だった為、壊れてはいない様子。
「んで、こんなとこあんだよ」
「……あれ~、可笑しいな、生意気お嬢様じゃな~い」
気配を隠した一人の女、それに憂李は驚き振り向こうとしたが何故か体が動かない。まるで金縛りにあっているかのように体が硬直してしまった。
(「どうなってんだ」)
どう抗ってもビクともしない。
すると、突然後ろから冷たい手が伸び、憂李の頬に触れた。その時微かにローズの香りが漂った。
「フフフ、あなたみたいなただの人間では、私の力に勝てないわ。それにしても、ホント人間っていい香り」
(「や、やめろよ、なんなんだ、こいつ、ちくしょ!!」
声にならない声で叫び続けた。