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5.thunder storm.―4


 二○分間ずっとそのままスコープを覗いていても構わなかったが、龍二は視線を外して高い位置から街を見下ろした。雨に濡れる街は時間以上に暗く、明るい。見下ろせば傘の絨毯が広がっていた。色とりどりとまではいかない。この都会でおしゃれな傘等ないのだろうか。白、黒、灰色で埋め尽くされていた。汚い川のようだった。

 龍二は塗れた床に腰掛ける。ズボンが濡れて中にまで浸透するが、気にしなかった。今回は狙撃一つだ。問題にはならない。

 今回の仕事は、大きいが難しい話しではない。首相に護衛は付くが、側に二人と僅かに離れた位置に一人だけだ。そもそも日本の警察が今回のようなイベントごときでスナイパーの警戒をしない。それどころか、普段からしないだろう。つまり、龍二はここで狙撃をし、そのままゆっくりと逃げる事が出来るのだ。狙撃をした時点で騒ぎは起きるだろうが、龍二のいるここまでその騒ぎが広がる事はない。狙撃の腕が必要になるだけで、本当に楽な仕事だった。

 そのまま一五分程、龍二は雨の中、様々な光景を眺めた。

 そうしてあっと言う間に訪れる五分前になって、龍二は再度狙撃銃のスコープを覗き込んだ。そして、しっかり銃に両手を添える。

 銃声は響くだろう。が、問題はない。とにかく、確実に、一撃で仕留めるという事だけに集中するべきだった。

 五分という時間はあっという間に流れた。

 十字線のど真ん中に、テレビで見慣れた顔が現れた。龍二は暫くその顔を眺めた。今まで、殺す相手の顔を見慣れてしまっていたなんて事はなかった。新鮮な感覚だった。相手は全く自分の事を知らないだろうが、こっちは相手の事を依頼が入る前から知っている。

 殺すという事自体は普段となんら変わりなかった。だが、普段の仕事とは違う気がした。オプションはないが、時間と場所していがあった。依頼主はこの事実の目撃者を作りたかったのだろう。でなければわざわざイベントで出てくる時なんて指定しないはずだ。神代家に頼んだのだ。プライベートでの暗殺だって出来る事を把握した上での依頼だろう。

 見慣れた男は身振り手振りを交えながら演説していた。少しスコープをずらせば、護衛の姿が確認出来た。腕を後ろに組み、確かに客を監視していた。誇らしげなその姿は仕事に誇りを持っているのか、それとも、権力を誇っているのか。

 十字線は機微な動きでその中心に首相の顔を捉える。動きのある演説のせいで中々発砲のタイミングがつかめなかった。が、風はない。雨は振っているが、射程可距離内で収まっている。

 龍二は一度の深呼吸の後、

「さようなら」

 重いトリガーを引き絞った。




    46




「そうだったんだ。あの事件の真相が聞けるなんて私、幸せなのかも」

 宮古はここでやっと笑った。「で、報酬は?」更に笑みに深みを持たせた。

「前金だけでも一生遊んでくらせるだけもらった。任務達成後はその倍だからな。言っちまえば殺しの世界にいる理由もないんだがな。金銭的な意味では」

 龍二も笑った。

 龍二は時計を見上げた。時刻は過ぎだった。昼ごはんを食べてはいないが、お菓子をつまんでいたためか腹は減っていない。宮古もそうだったようだ。暫くするとシオンとミクが昼食を取るために降りてきたが、龍二達はいらないという趣旨を伝えて席を外した。シオンも料理は出来る。シオンがミクとの二人分の昼食を作るためにキッチンに入っていった。

 龍二達は二人、外へと出た。正直今のタイミングで外に出るのは気が引けたが、気分転換に、と二人は商店街へと向かった。当然龍二は装備で身を固めている。が、真夏のこの季節、昨日のような事情でもなければ装備を沢山隠せるコートを着るのは不自然だ。武器の大半はズボンや靴の中、下半身に重点的に隠している。が、やはり多くの数はモテなかった。それに。今の龍二は左腕を使えない。多くの装備は逆に動きを鈍らせてしまう。

 宮古は妙に辺りをキョロキョロとしながら歩くが、警戒している、というよりは光景に興味を持っているようである。ここらにはあまりこないのだろう。住宅街だ、知り合いや寄る場所がなければ、来る機会もないのだろう。龍二は辺りを見回しはしないが、警戒はしている。今の所は、敵の気配はない。 何も起こらないまま、二人は商店街へと付いた。龍二はふと考えた。

(買い物は数日分、春風達が済ませてくれてたし……、特にねぇかな。買うもの)

 金は有り余っているが、使う機会があまりない様だ。

「何か欲しいモンでもあるか? さっき言った通り金はあるし、何か奢ってやんぞ」

 龍二は提案する。せっかく気分転換に出てきたのだ。買い物くらいはしようと思った。

「あはは、お金がある事はわかってるんだけど、悪いよ」

「気にするな」

 龍二は普段通りにそう言う。宮古はその言葉が龍二の口癖なのかな、と思った。

「じゃあ、一つ、いいかな?」

「言ってみろ」

「プリクラが撮りたいかな」

「……ん?」

 龍二の顔がこわばる。冷や汗までかいていたかもしれない。理解が、及ばなかった。

(何故欲しいモノを聞いたのに、プリクラなんていいやがった……? まさかプリクラの機械が欲しいってのか? いや、撮るって言ったしな……?)

 そんな疑問が龍二の頭の中に渦巻いていた。そして、小っ恥ずかしさもだった。龍二はどうにも、そういうモノ、が苦手だ。マジでか、と思わず漏らしていた。

「マジマジ。高いモノはいらない。だからプリクラ代四○○円だけ奢ってよ」

「わかった。奢ろう。俺は写らないからな!」

「え、ちょ、酷いでしょソレ!?」

 そんな会話を交わすが、結局龍二は宮古と二人でプリクラ機の中へと入る事となる。この商店街にも小さいながらゲームセンターがある。そこへと二人は移動した。夏休みという事もあって人の数は多かったが、知り合いはいなかったようで龍二は一安心する。

 むずがゆい気持ちを抑えて、龍二は宮古に手を引かれさっそく撮影する事に。

 入って一言、龍二は「閉鎖空間か」とわけのわからない事を呟いたが、宮古は聞かなかった事にした。

 数分で事は済んだ。カーテンの向こうから出てきた龍二の表情は最悪だった。げんなり、という表現がぴったりすぎる疲弊しきった表情だった。どれだけ動いても、中々消費されない体力を持った龍二だが、こんな事で容易く疲弊してしまった。龍二を殺したい敵は龍二に恥ずかしい思いをさせると良い。

 外の口から撮って、落書きを加えた加工済み写真が落ちてくる。げんなりした龍二は置いておいて、宮古が意気揚々とそれを手にする。そのまま、近くに備えられたテーブルに向かい、そこに紐で繋げられているハサミを使ってそれを半分にし、龍二の半分を手渡した。手渡す時の宮古の笑みが、げんなりした龍二の気力を僅かに回復させた。

「はい」

「おう、さんきゅう」

 受け取って、一度眺める。

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