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4.we cry down.―10


 戻ってきた飯島は急に龍二を指差して言う。

「で、だ。お前は一体何者なんだ。完全に漫画の主人公じゃねーか!」

「何者ってなんだよ。俺ぁただの高校生ですー」

 龍二の適当な返事が場に響いた。

「でもよぉ。なんだ。お前も結構人気あったんだぞ」

 前原が不意に口を開いた。

「一、二年の時。つーか一年の時なんかすごかったぞ。お前のアドレスだの番号だのって結構聞かれたし。二年になってからはお前が堅物だって浸透したのか、大分数は減ったけどな」

「あ、私も大変だったんだよ。幼馴染で仲良くしてるからって先輩からグチグチ嫌味言われたりもしたし」

 日和が苦笑しながら言う。今こそ苦笑出来ているが、当時は大変だったのだろう。そんな雰囲気が感じ取れた。

「なんだよソレ。俺に聞いてくる奴なんていなかったぞ?」

 少しばかり不満げに龍二が言う。

「そりゃさっきも言ったが堅物に思われてっからだよ」

 前原がすかさず突っ込んだ。

「いやいや、堅物じゃねぇし」

「でもそう見えてたみたいだぜ? 少なくとも女子連中には」

 言われて龍二は思った。高校一年の頃といえば殺し屋としての修行を詰み、仕事をしていた頃だ。周りを必要以上に警戒し、確かにそうだったのかもしれない、と思った。

「モテるよな。龍二。でもさ、お前がそういう恋愛だのしてる所見たことないっていうか。お前が椎名ちゃんと春風ちゃん以外の女と一緒にいる所みたことないんだが」

 飯島が首をかしげながら言う。前原も頷いている所を見ると本当にそうだったらしい。春風も、という表現が現在進行形である事を示していた。

「彼女とか作らなかったの?」

 今更だろ、という日和が問うた。

「お前は一年よりも前からずっと一緒にいるんだからわかってんだろ」

「ですよねー」


「今まで一人としか付き合った事ないぞ」

 

「は?」

 日和の口からそんなうめき声めいた声が漏れた。そして場は何度目か分からない氷河期を迎えた。全員が目を丸くして龍二を見て、動きを止めている。

「え、……知らなかったんですけど」

 日和の声が震えていた。本当に知らなかった様だ。反応を見れば一目瞭然だった。

「は? マジで?」

 龍二は龍二で日和がそれを知らなかった事に対して驚いていた。

「俺も知らなかった。なぁ、飯島」

「そうだな。前原。初耳だ」

「そりゃそうだろ。中学の時だからな」

 何故か演技めいた口調でいう前原と飯島の二人に龍二が目を細めてツッコミを入れる。この二人とは高校からの関係だ。当然である。

 春風が不満げに目を細めていたのだが、龍二は気づかない。

「宮古っていただろ? あいつだよ」

 龍二が日和を見て言う。言われて、日和は少し考えた後、言う。「誰だっけ?」

 隣のクラスにいただろ、と龍二が言うと、日和はあぁ、と思い出したようだ。春風が「どんな子なの?」と少し尖った口調で問うと、日和は答えた。

「隣のクラスにいた超絶可愛い子だよ。顔は。喋った事ないから性格までは分からないけど。中学生だってのにやたら大人びて可愛いってよりは美人って感じの子かな? 髪も真っ黒なのにやたら艶めかしかったし。なんだろう。同年代に見えないっていうか」

「高評価だね。写真とかないの?」

 春風は興味深々の様だ。その心境に飯島は気付いているようだが、あえてニヤニヤと笑って何も言わなかった。

「ないの?」

 オウム返しの様に日和は龍二に流す。

「ねぇよ。卒業アルバムもどっか行ったしな」

 本当は『捨てた』のだが、敢えてそう言う。と、失敗だったと気づく。

「あ、じゃあ私の家から持ってくるよ。ちょっと待ってて」

 日和が立ち上がり、自室に戻るためにリビングを出て行った。そうだ。日和と礼二は昔から一緒だ。龍二が持っていなくても代わりはいくらでもあるのだ。それも、こんな近くに。

 日和は数分で戻ってきた。暫く見ていなかったのだろうか。探していたようである。

「あった。ついでに宮古ちゃんの乗ってるページも調べといた」

 そう言って掲げる卒業アルバムにはカラフルな付箋が付けられている。この短時間でよくやったモノだ、と呆れ半ばに龍二は感心した。

 早速、と日和を中心にしてアルバム鑑賞大会が始まった。

 クラスの顔写真が並べられるクラス別のページが開かれた。宮古の所属クラスなため、ここには龍二と日和は写っていない。が、礼二は写っていた。どうやら礼二は宮古と同じクラスだったようだ。もしかすると、礼二だけは龍二と宮古がそういう関係だった事を知っているのかもしれない。今は寝潰れていて、訊く事はかなわないが。

 すぐに宮古の顔は見つけられた。簡単だった。彼女だけがやはり、大人びていい意味で目立っていた。

「ほう。ガチな美人さんじゃねぇか……。本当に中学三年の頃の写真かよ。これ」

 前原が目を丸くして言った。それについては龍二も頷いた。改めて、久々に見て実感した。確かに宮古だけが浮いているな、と思った。

 だが、一人だけ、違う反応を見せる人間がいた。

「この人。どっかで見た気がする」

 春風だ。その神妙な面持ちがその言葉を気まぐれや嘘で吐いたわけではないと思い知らせた。

「そうか? 別に転校したり遠くの学校行ったとかではなかったような気もするし、どこかで鉢合わせたんじゃないか?」

「龍二は今そうやって会って気まずくなったりしないの?」

 日和が問うた。

「ンな事ねぇよ。喧嘩して別れたわけでもねぇし」

「じゃあなんで別れたんだ?」

 飯島が身を乗り出す。

 質問ばかりが続くこの状況にシラフの龍二は少し苛立つがその感情を表に出す事は当然なく、龍二は渋々だが答える。

「急に振られたんだから俺にゃ分からないっての。まぁ付き合ってたってもキスもしてねぇし。若かったしな。それどころか手を繋いで帰ったわけでもない。時々連絡を取り合って適当な近況報告をしてたくらいだよ」

「それって付き合ってたの?」

「さぁな。でも告白されてオーケーだした記憶はある」

 春風は首を傾げた。春風は今までずっと殺し屋として生きてきて、特にそういった事を経験してきてはいない。だが、年頃が年頃であるし、今は一般人と然程変わらない生き方をしている。故に知識はある。その少ない知識でも不思議に思った。付き合うってその程度の事なのか? と。

「まぁ、その程度の関係しかなかったから周りも付き合ってるってわからなかったんでしょ?」

 日和が呆れた様に言った。

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