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1.open it.―6


 龍二は手軽なまま小走りで路地裏へと入ってしまった春風を追う。春風は見た目での判断ではあるが、気弱で、可愛い部類に入る人間だ。ネオン街に足を踏み入れて、何があるか分からない。当然、余計なお世話、となる可能性だってある。が、心配するに越した事はないだろう。

 龍二が路地裏へと乗り込むと、一直線の長い道の中に、春風の姿を見つけられなかった。

「ん?」

 一直線の路地裏の長さと春風がそこに入った時間、そして龍二が到達した時間を考えると、春風の背中が見えてもおかしくはない、と思ったのだが、どうしてか路地裏に春風の姿はなかった。が、先に行ったのだろう、と思い龍二も路地裏を抜けようと足を速める。

 湿っぽい路地裏。自然と呼吸の数が減ったようだ。露の湿っぽさがまだ残り、夏の暑さが建物の影になりつつもその湿っぽさを倍増させているようだ。足元に生える苔がどうしても気持ち悪く思った。

 歩く度、ぬるりとした感触が靴の底から足の裏を舐めるようだった。

 そんな気持ちの悪い路地裏を抜けると、スーツ姿の若い男達が客引きをするピンクの看板が目立つネオン街へと出る。このネオン街は基本的に商店街と繋がってはいないが、どうしても建物と建物の間の路地裏が近道となって商店街との道を作ってしまうのだ。そのためか、学校ではよく注意喚起がされる。

 路地裏から僅かに顔を出して龍二が見てみると、遠くの方に春風の小さな姿を確認した。『ベルベット』と書かれた看板の下で立ち止まり、客引きのスーツ姿の男と何かを喋っているようだった。

(何してんだ。春風……?)

 不思議な、思わず首を傾げたい光景だった。通り行く人々に時折遮られながらも確認出来るその小さな姿はどう見ても、どう考えても場にそぐわないモノだった。

 距離もあり、活気を生む前といえど人通りのある通りのため、龍二には春風の声は届かない。何をあの客引きと喋ってるのかわからないのだ。

 春風の姿はやはり異質で、通りすがるこのネオン街の客であろう人々の注目を集めていた。

 龍二はその姿を見たまま、悩む。自身で近づき、声をかけて注意をしてやるか、それとも、放っておくか、と。春風が進んで、この場所の意味を理解して、行っている可能性も否めない。龍二はとにかく悩んだ。

 どうするか、と、長い事悩んでいると、人通りのブラインドに紛れて、春風の姿が龍二の視界消えた。恐らく、ベルベットの中に入ったのだろう。

「うぇ。マジか……」

 龍二は極普通の高校生だ。流石に、あの中(恐らくはホストクラブだろう)に入って春風を連れ戻そうとまでは思わない。春風は見た目に似合わず、あの様なマセた趣味があるのだろう、と考える他なかった。

 仕方なく、龍二は嘆息し、踵を返してまた湿っぽい路地裏を戻るのだった。




 翌日。学校は『その話題』で持ちきりだった。

 ――ホストが惨殺。

 いや、ただそれだけでは話題にはならない。この学校で話題になった理由は、そのホストがこの学校の副校長の息子だったから、だ。この事件が起きるまで、副校長『飯田慎二いいだしんじ』の息子がホストだったなんて話しは知られていなかった。

 始業前の僅かな自由時間。教室は何時もより騒々しい。

 龍二も日和も礼二も当然この話題には参加させられていた。

 ただ、一人。龍二だけは心臓を鷲掴みにされるような違和感を抱えていた。

(ホストクラブベルベット……副校長の息子……そしてそこでみちまった春風の姿……)

 誰も、春風に問う様子はない。それどころか、春風はクラスメイトにその話題を振られた際、何事もなかったかの様に、まるで初めてそのホストクラブの名前を聞くかの様に、また、ホストクラブという存在を認知していなかったかの様な、反応を見せていた。

 不気味に思えた。まるで、昨日見た光景が嘘の様に思えて、吐き気までしてくるようだった。

(どうなってるんだ)

 龍二は最早その事だけが気になって、周りの話に耳を傾ける余裕を失っていた。

 そうして、何時もよりも少しだけ早く迎えたような気がする放課後。龍二は春風に昨日の事を問おうと考え、彼女に接近を試みる。

「ちょっといいか、春風。聞きたい事があるんだ」

 帰りの支度か、鞄を開け、荷物を纏めていた春風に龍二は意を決して声をかけた。

「何かな?」

 きょとん、とした様子で首を傾げる春風。今此処で言え、という様子だが、人前で聞ける質問ではないだろう。

「ちょっと来てくれ」

 どう言えばよいのか分からず、とりあえず人気のない場所に移動しなければ、と考えた龍二はとにかく移動しようとそう言う。

 龍二が突然転校生に声をかけた事で教室に残っていたクラスメイト達が驚いた様な様子をしている。その中の一人、日和は、僅かに眉を顰めて二人の様子を一瞥したが、すぐにそっぽを向いて知らん顔で教室を出て行った。

 そんな日和にも気付かず、春風の隣の席でニヤニヤしながら龍二を見上げている礼二をも無視して、とにかく龍二は春風を連れて、教室を出た。

 向かった先は屋上。道中、やはりどうしても、疎ましい視線を浴びたが、それよりも気になっている事があるためか、龍二は気にも留めなかった。

 屋上に着き、開放的ながら誰の存在もない屋上。龍二だけが感じているのかもしれないが、雰囲気は張詰めていた。

 早速、と一度の深呼吸を挟み、龍二は問う。

「昨日、放課後。どうしてた?」

「何でそんな事聞くの?」

 答えは早かった。屋上に吹く夏の暑い風が言葉をあっという間に流してしまうかの如く。

 とぼけているのか、と直感で感じた。故に、龍二もすぐに返す。

「昨日。商店街の路地裏からベルベットに行く春風を見たから」

「人違いじゃない? 私は真っ直ぐ家に帰ったよ?」

「人違いとは思えなくてね」

 余りに会話のテンポが単調で、且つ軽快だった。最初から、応えるモノが決まっている様に思えて、龍二はそこにどうしても不自然さを感じてしまっていた。

「うーん。人違いだと思うけどなぁ……」

 だが、これ以上追求したところで、証拠は龍二の記憶以外何一つないのだ。記憶違いだ、と言われてしまえばどうしようもない。だから、

「そうか、そうだな。そんなはずないモンな。いや~あはは。何か変に疑っちまってゴメンな。どうしても気になってさ。人前でこんな事聞くわけにもいかねぇし」

「あは。いいよいいよ。気にしないで。私小さいし、小さい人だったら誰とでも結構間違われるんだよね」

 相変わらず返事は早い。くすくすと笑う笑顔も自然。だが、余りに自然過ぎた。自然過ぎて、人工物ではないかと疑ってしまう程に。

「ま、引き止めて悪かった。……そうだ、一緒帰るか?」

 何気ない提案。春風はそれを笑顔の首肯で受ける。

「いいよ。途中までね」

 そうして、この一件は龍二の勘違いとして、あっという間に片付いてしまった。

 だが、まだ、気になる事はあったのだ。

(なんでウチの高校の制服姿着てたのかねぇ。昨日俺が見た春風みたいな影は)

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