4.we cry down.―3
その声に引きずられるようにして、暗闇の中から三つの影が出てくる。が、目に付くのは真ん中に立つ渋い雰囲気を醸し出す中年の男だった。やたらと背筋が伸びていて、若々しい印象が強いが、表情によった皺が年相応の雰囲気を保っていた。
その中年の男を挟むようにして立つのはスーツ姿の似たような顔の男。一目みて彼の護衛なのだと分かる。浩二はすぐに気づく。その護衛のスーツの下には装備が隠されているだろうな、と。
「気づいていたのだな」
中年の男は静かに言う。
「当たり前だろ。俺を誰だと思っている」
浩二が無駄に得意げにそういうと、護衛二人が即座に懐から銃を取り出し、浩二へと向けた。距離はある。だが、狙い通りに銃弾を放つ腕があるだろうと浩二は睨む。当然、わざわざ当たりなどしないが。護衛は銃を構えやしたが、動きはしなかった。
互いとも面識がある様に見える。浩二の神代家としての力を知っていて、少し動いただけで軽快しただけなのかもしれない。浩二もそう推測しているが、油断はしない。
「下げろ」
中年の男は護衛の動きに気付いて即座に右手を振って合図をした。中年の男はやはり格上か、護衛達は何も言わずに銃口を下げた。が、銃をしまう素振りは見せない。最低限の警戒はしているのだろう。視線も浩二から外しやしない。
「物騒だな」
浩二が笑いながら言うと、中年の男は皮肉めいて「倉庫の天井を落として千人近くいた人間をまとめて殺した人間の言葉ではないな」と僅かに口角を釣り上げた。
浩二は場を一望する。瓦礫が散乱する世界の終わりのような光景の中、足元には死体。その下には瓦礫、その下には恐ろしい程の死体。その上に立つ浩二と、向き合う三人の影。そんな異常な光景の中で、浩二は笑う。
笑いながら――、二発の銃弾を放った。
いつ、放ったのか等確認は出来なかった。それどころか、いつ銃口を持ち上げたのかも確認出来なかった。次の瞬間には、中年の男の両脇にいた護衛の二人が、膝から瓦礫の上に落ちた。血しぶきが飛んだのか、中年の男の両頬には赤い斑点が浮かび上がっていた。
「物騒なのは嫌いでね」
浩二は再度笑う。その浩二の態度に再度返す中年の男。「お前の言えた立場ではない」
やれやれ、と言った様子で中年の男は首を傾げた。だが、その様子に恐怖は感じられなかった。殺されない、と思っているのかもしれない。事実、浩二は相対する中年の男を『今すぐには』殺す気がなかった。いずれは殺すつもりだろうが、今は会話を楽しむ余裕を見せている。
硝煙立ち上る銃口を下げた浩二は言う。
「で、何しにきたよ。協会のトップスリーが。killer cell計画の事で俺が怒ってるのは理解しているだろうに」
そう、浩二と向き合っているこの中年の男。彼こそが協会の上から三番目。明治と呼ばれる男だった。殺し屋団体でもそうだが、協会でも当然実力者が上へと上り詰める。その三番目、それが彼だ。だが、三番目の実力を持つ者であろうとも、神代は、浩二は驚異らしい。龍二とゼロが相対した時と同様、勝てないと分かっているのだろう。
「計画について、話にきた」
素直すぎる答えが返ってくる。対して眉を顰めて怪訝そうな表情の浩二。口下に張り付いた笑みは剥がれないが、心情が変化しているのは見て取れた。
「じゃあさっさと言え」
「killer cell計画を知ったのはつい最近の事だ」
「は?」
浩二も思わず驚いて間抜けな声を漏らしてしまった。何を言っているのだコイツは、と眉間に出来た皺を強調する。そんな浩二の心情を察するのは容易かっただろう。明治は続けざまに話し出す。
「killer cell計画を『トップ』から直接聞いたのはつい最近だと言っているのだ」
「はい? 俺は最近なんて時期じゃない頃から情報は得てたんだぞ? 何言ってんだ。ボケる年じゃないだろう」
「トップから聞いたのが、つい最近だという事だ。情報が出回っていた事は承知している」
「何が言いたいんだよ?」
そろそろゲームは十分だ。答えをよこせと視線で訴える浩二。銃口を突きつけてやりたい衝動を隠しているのがわかった。
明治はその期待に答える。
「killer cell計画はトップと『私以外の一部の人間』で動いているという事だ。情報の漏洩もおそらくは意図的。その目的はやはり、神代龍二、お前を煽る事にあるだろう」
「…………、」
浩二の表情が変わった。明治の話から何かを感じ取った様だ。僅かにだが、彼に対しての情報料として、銃を握る手の力を緩めた。明治も出来る殺し屋だ。浩二がそうしたのを見て、少しだけほっ安心したのだった。その安堵を更に深めるために明治は一度溜息を大きく吐き出した。
「私はおそらく輪から除外されているのだろう。何もわかっちゃいない。だが、お前を煽ったからには何かがあるはずだ。煽ったのだ。神代浩二、お前のクローン、そして神代美羽のクローンがどうなったかは協会側は既に把握している。トップの耳にも伝わっているだろう。そして恐らく、その情報を聞いたトップは笑ったはずだ」
「だろうな」
(協会のトップは一体何を考えてやがる……?)
こうなったら直接本人の口から聞いてやろうか、と浩二が考えたその時、浩二の考えを読み取ったかの如く明治が言う。「トップは今、護衛の数を増やした」
「……だろうな」
言われて浩二も納得する。煽り、浩二がkiller cell計画を潰そうとする所まで、そしてこれからも恐らくはトップの計画が続く。浩二に片付けられる事を何より恐れ、否定するはずだ。この対応は何ら不思議ではない。
だが、不思議に思う事もあった。
「まぁ、その問題はなんとかしよう。で、なんで明治、お前は俺にそんな情報を伝えてんだよ」
浩二の表情にまたいたずらな笑みが戻ってきた。答えが分かっていると言わんばかりの表情に明治も思わず苦笑する。
「ハハ、調子の良い奴だ。そんなの……――ただの気まぐれだ。『友人』としての、な」




