4.we cry down.
4.we cry down.
世界には浸透しないモノがある。浸透してはいけないモノがある。ネット上で囁かれる噂の一部も実在するモノとして存在自体はするが、浸透しないモノ、であるがため、アンダーグラウンドから浮き上がる事は絶対にない。故に、確認できず、確証を持てず、絶対に浸透する事はない。
それが殺し屋の世界だ。世界中に形は違えど存在するそのモノ達は自身で自身が浸透してはいけないモノだと認識していて、表の世界に浸透したモノに干渉しない様にアンダーグラウンドに身を隠して行動している。
はずだった。
だが、時経ち、世代や背景が変わればそこにあった秩序も変わる。
正確にはまた違う。秩序は変わってなどいない。マナーもだ。だが、それを壊そうとするモノ達が現れている、のだ。
広い体育館のような場所。暗いが天井が異様に高い事だけはハッキリと分かる。広い土地だが、広いとは言えなかった。そこには、人が犇めいていた。隙間が見て取れない程に、だ。その全てが、殺し屋である。
ここは、ナンバーの所有する倉庫。そして、ここに集うのはワンの集めたナンバーメンバーとライカンメンバーである。今回ワンが企画した神代龍二暗殺作戦に参加する、その全てである。その数一○○○弱。たった一人を相手するには以上な数である。
が、これは正しい選択だった。数が多いと動きづらくなる、なんて事は言っていられない。相手は一団体一人で潰す神の代わりである。数であろうが何であろうが、予備の予備まで用意しておくくらいの心構えが良い。
――だが、仮に、だが。多くの数を誇る敵を一度に始末しようと思った場合。今のこの現状以上に最適な状況はないのだろうか。
何処からか、ワンはまだ出てこないのか、という声が聞こえてきたのと同時だった。
『天井が、落ちた』
それは余りに突然の出来事で、余りに理解が及ばない出来事で、異質で異常な出来事だった。
その体育館のようなフロアを全て埋め尽くすかの如く、切り取られてしまったかのような落ち方。天井の淵はまだ壁の頂点に付いている。
轟音が轟いた。その直後に悲鳴が数え切れない程に上がった。
天井が落ちる速度は恐ろしく早かったが、淵が壁を削る音はやたらと長く続いていたような気がした。
衝撃と共に砂埃が舞う。瓦礫が辺りに飛び散るが、その全ては落ちた天井が床に落ち、その場にいた人間を押しつぶして床と衝突した際に砕け散ったモノ。その瓦礫もまた、天井に押しつぶされ、一瞬であっけなく息絶えた連中の上へと落ち、二度目の止めをさす。
場から轟音が捌けるまでには十数分を要した。砂埃が沈み、視界が開けるにはもう少しだけ掛かった。
「何が起こったっていうんだ……」
時間を掛けて落ち着いた場に登場したのは一つの影。ワンだ。これからここに集まっていた殺し屋の前に登場し、最後の士気向上のために演説をしようと企んでいたワンである。
ワンは絶望した。圧倒的な数を用意した。数だけでも十分だと言える程の数を、だ。それに、いくつもの危機を予測して立て上げた作戦も用意していた。確実に、神代龍二を殺すために。今からするはずだった演説もまたそのプランのうちの一つだった。
そこまで考えていたワンだが、その数が一瞬にして失うとは思えなかった。思うはずがなかった。相手はバケモノだ。故に順次数を減らされるという想定はしていた。だがまさか、こんな一瞬にして、全滅に追い込まれるとは思っていなかった。
「ど、どうしてだってんだ! 一体何が起こったんだ!? 有り得ない……有り得ないだろ! ふっざけんなぁああああああああああああああああああああああ!!」
ワンの叫び声が響いた。
ここは街からは離れた場所だ。これだけの騒ぎがあってもすぐには人は来ないだろう。時間も時間で、もしかしたら日が開けるまで人は来ないかもしれない。だが、その話は『これから来る人間』の話であって。『今この場にいる人間』の話ではない。
ワンのすぐ目の前に、一人分の影。
「俺を誰だと思ってる?」
ワンの額に銃口を突きつけた男は、そう笑った。
35
問題はあった。『浩二』が、ワンとその部下共を始末していようが、『龍二』がゼロという頭ごとナンバーという組織を潰しにかかろうとしていようが、ワンが仕込んでいた『一般』はその事実を知りえない。
「マジでやんのかよ……」
そう呟くのはこれまで何故か龍二達と何度もぶつかってきた不良の一人だった。身長の小さな、不良と呼ばれるわけには弱気すぎる男――倉科だった。倉科の手には新品の金属バッドが握られている。
「やるしかねぇだろ! じゃなきゃアイツに俺達も……」
倉科の横で同じく金属バッドを握り、震える声で今にも叫びだしそうな声を上げたのは水沢。
「脇も未だに行方不明だしよ……。冷静にいこう。今回は神代とヤリあうわけじゃねぇんだし……」
水沢、倉科と向かい合うようにいて、右手に何処かの雑貨屋にでも売ってそうな安物のナイフを持っているのが柳沢だ。二人と違い、どうにか焦る感情を抑えて冷静でいようと努力している。だが、焦っているのは事実。
「根性ねぇなぁ! やるしかねぇんだよ! じゃねぇと脇も殺されちまうかもしれないってんだ! あの金髪のヤバいとこみただろ!?」
そう声を殺しつつ叫ぶのは桐沢。手にはこれまたナイフが握られている。
夜闇に紛れて焦りを吐き出す四人。
彼らは金髪の男、ワンと夏祭りのあの日出会った。そして、今、『脅されている』。事情は簡単だ。『本職』であるワンは挙句ナンバーの副リーダーである。たった五人の一般人にどうにかして『現実』を突きつける事くらいは容易い。そして、人質だ。ナンバー程の巨大組織の力さえあれば協会の手助けなくともある程度の事は隠蔽する事ができる。
いつもの不良グループの五人目、脇は今、ワンによって拉致されている。




