1.open it.―4
と、いうわけで、と龍二は昼食を食べる手を早め、あっという間に弁当箱の中身を空にした。そして、
「よし、いくか」
龍二が立ち上がったのと同時に、礼二と日和も続く。が、先頭を走る気はないか、龍二は礼二の背中を押し、彼に先頭を歩かせて教室を出た。
廊下へと出ると教室と似た様な喧騒が彼等を囲んだ。長い廊下に生徒が無数にいる。ある者はある者と会話をし、また移動している者もいる。数を数える必要はない。これだけの人数がいれば喧騒となるのも当然だろう、という数である。が、その中に春風の姿はなかった。
「廊下にいれば人だかりでも出来るだろうしねー。桃ちゃん可愛いし」
僅かに背伸びをし、辺りを見回しながら日和がいる。釣られて龍二も見回すが、確かに彼女の姿も人だかりも確認できなかった。と、なれば別の所に行くまで。
見れば、礼二が適当な生徒に当たって話しを聞いていた。
春風は転校生であり、挙句可愛いと目立ちやすい。通ったのであれば、誰かが見ていても不思議ではなかろう。それに、やはり知識を持っている人から聞くという事が何より手っ取り早い。
「あっちの方だってよ」
戻って来た礼二は二人に言う。礼二が指差すのは廊下の向こう。渡り廊下と階段のある廊下の端だった。
上か下か、それとも別校舎か、と悩む三人だが、とりあえず向かってみなければ話は進まない。そう思って歩き出した時だった。
「あ、転校生ならさっき階段上ってったよ」
と、龍二達の行動に気付いた一人の生徒が三人に声をかけた事で、向かう先は決まった。
三人は「上?」と思わず首を傾げた。
当然だ。彼等が所属する三年二組は表側校舎の四階、つまりは最上階にある。この階の上は屋上だ。屋上は例年の安全防止の話しに則り、解放していない。
春風は転校生で、登校初日だ。見学がてら見に行くのも不思議ではないが。
「まぁ、行ってみるか」
屋上は解放されていない。となればすぐに戻ってまた別の場所へと向かうだろう。だが、そこまでの報告がないのは?
礼二の言葉で廊下の端まで人を避けて移動する三人。特別な事はない。あっという間に到達し、階段を上る――と、やっと彼女を見つけた。丁度開かない扉を背にした所だった。
「あ、えーっと、礼二、君だっけ?」
三人を見回しながら、少し困惑した様子で春風はそう呟いた。
「そうそう。あ、もう気付いただろうけど、屋上は開かないよ」
と、湧き上がってくる気持ちの悪い笑みを隠しながらそう優しく言う気持ちの悪い礼二。
「何処に行ったかと思ってさー。イロイロ喋りたいしさ、探しに来たよー」
その気持ち悪さが見え隠れする礼二を隠すようにひょいと前に出て言う日和。
そんな二人の例には倣わず、龍二はただ素っ気無い態度で春風を見下ろしていた。
――龍二は『見た』のだ。春風が、『屋上へ続く扉の鍵を、閉める様子』を、だ。
(どうやった……?)
春風は一見するだけではただの女の子だ。二人はその『様子』に気付いていないようだし、仮に今、その話しをした所で龍二が「何を言ってるのか」と言われるだけだろう。
(何か引っかかるなー)
どうも龍二には、春風が何かを隠している様に見えているらしい。たったこれだけの事で、と思うだろうが、『龍二には』そう見えるのだ。きっと、礼二も日和にもそうは見えていない。だが、龍二には、そう見える。
だが、――。
「ま、皆も春風の事気にしてるだろうし、戻ろうぜ」
龍二はそこから先まで考えない。何てことなしの偶然が重なって、自分を疑わせたのだろう、と自身の内で渦巻く疑いを無視する。
「あ、そうだね。戻ろうかな」
特別変な様子は見せず、いたって普通の仕草、表情で、春風は三人の間を抜けて階段をパタパタと下りて行く。その背中に、怪しい雰囲気などありはしない。
「じゃあ、俺達も戻ろうかねー」
礼二の合図で礼二、日和、と階段を降り始める。が、龍二一人はただ振り返らなかった。どうしても、気にしないと決めていても、気なってしまう性分らしい。彼の視線はどうしても扉の鍵に突き刺さってしまう。
もどかしかった。一瞬触れれば、それで全てが解決し、心中で渦巻く靄も晴れるというのに、それをすれば『戻って』しまうと分かっていて、出来ない。
結局、龍二は、はぁ、と嘆息して彼等の後ろに続くのだった。