3.the new arrival and intruder.―3
そしてシオンは少女を横に歩を進める事となった。
何をしているのか、という迷いが生まれないわけではなかった。まだ、現実を見ている自分と何故か少女を助けたいという自分とが戦っているようだった。口の中に違和感が生まれて吐き気まで感じていたのかもしれない。だが、どうしても足といつの間にか生まれた覚悟を止める事は出来なかった。
『シオン、応答しろ』
インカムから声が響く。
「…………、」
シオンはその声に妙に苛立ちを覚えた。その声に従わなければならないという自身の常識と、プライドの様な何かが迷っていた。
だが、シオンはインカムを耳から剥ぎ取る様にして、投げ捨てた。二人の吐息と足音以外に音がなかったこの静かな廊下にインカムが落ちて数回跳ねる固い音が僅かに響いて雰囲気を演出した。
きっと、落ちたインカムにはまだ部隊長の声が響いているだろう。
シオンと少女はほとんど会話を交わさないまま進んで、上へと上る階段を見つけた。ここは地下だ。上へ上がらなければ出口はない。だが、それは目の前のそれが唯一の脱出ルートであるとも示している。部隊長が何かを察して他の隊員をこの場へと派遣していなければ良いが、とは願うが、派遣していないはずがない。オプションとは言えど任務の一部である。逃すはずがない。逃せるはずがない。
シオンは一度立ち止まった。指示こそしていないが、少女も自然と立ち止まった。突然立ち止まった事を不思議に感じたか、少女はきょとんとした目でシオンを見上げた。だが、シオンは少女を見ない。黙って、静かに階段の先を見上げていた。
(……私一人でどうにかできるかな……)
生唾を呑み込む。喉が妙に乾いていた。そしてもう一度。
気配は感じない。だが、周りの人間はシオンよりも上のスキルを持っている人間ばかりだと推測できる。互の存在を把握しきっていないがため、はっきりとはしていないが、恐らくはそうだ。それに、最悪の場合を想定すれば自然とそうなる。
(一人でも危ないだろうに、この子まで守りながらとなると……。うん)
不安だ、と吐き捨てたくなる気持ちを抑えて、シオンはやっと覚悟を固め直した。装備を確認して深呼吸。
「よし、行こう」
小さく、隣の少女にも聞こえない様にそう呟いて、シオンは階段の一段目に足を掛けた。
22
「一体何があればここまで酷くなるのか」
龍二の部屋で呆然とそう呟くのは当然の如く日和だった。表情が固まっているのが見ていて面白いが、龍二は責められている立場であり、苦笑も浮かべられずに困っていた。
ここまで酷く、というのは当然カメレオンとの戦いの、あの爆発によって滅茶苦茶になったような状態の事である。まだ、修繕していなかったのだ。いつもどおりに龍二の部屋の窓から入ってきた日和にそれを目撃されてしまい、今に至る。
そもそもこの家は特注品だ。龍二の両親、浩二と美羽が特注で作ったモノである。龍二も両親が頼んだ業者の存在は知っているが、めんどくさがり、まだ依頼を出していなかったのだ。仮に即座に依頼をしていたとしても、まだ部屋の修繕は終わっていないだろうが。
「まぁ、爆発する時もあるよ」
「いや、意味わからないから」
日和さんご立腹である。何故ここまで苛立っているのかというと、ゲーム、だ。ゲームのデータが、いや、データごと本体が吹き飛んだ事に腹を立てているのだ。日和は自宅にゲームをおいていない。だが、ゲームは好きで龍二の家に乗り込んで度々プレイしている。つまり、日和からすれば自分の積み上げてきたゲームのデータが消えたのも同然だったのだ。カメレオンや殺しの世界の事を知らない日和からすれば理解に苦しい場面であったのだ。
「はぁ」
日和の薄い唇の間から嘆息が漏れる。本当に残念に思っているようだ。それに今日も、ゲームをしに来たようである。
が、ゲームは手榴弾によって吹き飛ぶという有り得ない壊れ方で木っ端微塵になってしまったため、できないのだ。だから、龍二は話題を変える。
「つーかさ。もうすぐ夏休みで夏祭りじゃん?」
「だから何?」
少し頬を膨らませて怒ってますアピールをする日和。そんな日和を無視しつつ、龍二は言葉だけを垂れ流す。
「でさ、前に春風に浴衣を着せてやるって話をしただろ?」
「あ、あぁ~」
龍二の話から察したのか、日和はそんな風に唸って答える。
「わからないんでしょ?」
龍二は素直に頷いて返した。
「金はいくらでも出す。でも浴衣だの甚平だのってのぁ俺は良く分からないからさ。一緒に見てもらえないか? 勿論本人の希望とかもあるだろうから、春風も一緒に三人でさ」
龍二はどうにも流行りものに疎い。ミーハーか、と言われればそうでない、と言い切れるような人間だ。そんな男が異性の好み等わかるわけがなかった。そもそも、部屋が手榴弾の爆発によってズタボロになった状態で放置している人間が女性の趣味等の細かい事に興味を持つ訳が無い。
「いいんじゃないかな? 夏休みはいってすぐでいい? 早めに買っておいて損はないだろうし」
「そうだな。じゃあ春風にもそう言っとくか」
そこまで会話をして壁紙すらない部屋から二人は出て、春風がくつろいでいるリビングまで降りる。リビングへと進入すると、新調仕立てのソファーでくつろいでいた春風と目が合った。
「日和ちゃん来てたんだ。いらっしゃい。何か飲む?」
そう言ってソファーからすぐに立ち上がり、キッチンへと向かおうとする春風を日和は「大丈夫だよ」と止めて話を進める。
「行こう行こう! ぶらぶらーっと買い物もしたいし! たまにはね!」
全て話すと、春風は嬉しそうにそう答えた。今更の事ではあるが、春風は一般体験が少ない。このような些細な事でもとても嬉しく思えるのだ。
このところ春風はパソコンにつきっきりで美羽の遺品について調べている。龍二はそこまで張り詰めるなと言ってはいるのだが、春風は春風で拾ってもらった事に感謝していて、恩返しだと思っていて、手を抜こうとはしなかった。が、龍二は命令として学校だけは行かせている。
「よし、なら終業式の日の午後で」
龍二はさらっと日付を決めた。二人は特に問題ないか、素直に頷いたのだった。
夏休みの初日となる終業式。二日後の話だった。




