1.open it.―3
と、暫くした所でこのクラスの担任がのそのそと前の扉から入ってきた。小太りなおじさんだ。茶色のスーツと赤のネクタイを纏った長方形の眼鏡が印象的な中年の男。残念ながら、美人なお姉さんではない。
「転校生がいるぞー」
唐突に、担任はそう吐き出した。もう少し前置きがあっても良いだろうな、とはクラスの全員が思っただろう。
担任の「入れ」という合図で担任が入ってきた教室の前の扉から小さな影が入ってきた。第一印象は小さい。それだった。『彼女』がひょこひょこと歩く度、綺麗な黒髪が揺れる。肩下まで伸びたその黒髪はやたらと艶めかしい。身長から感じるあどけなさ、幼さも覆してしまうような綺麗なその髪に、野郎共はどうしても目を奪われただろう。
クラスがざわつく様な事はないが、何人かが静かに生唾を飲み込んだのは間違いない。
何せ、彼女は可愛かった。この年頃の男子一同はどうしても、可愛い子を見ると異常に感受してしまうモノだ。不可抗力であり、このクラスを包みだした妙な空気はしかたのない事、だといえる。
新調したての神埼高校の制服。赤のプリーツスカートに薄手のセーターがたった今、担任の横に並んで正面を向いた彼女の可愛らしさを引き立てていた。
担任の合図で、彼女はおどおどとしながら、挨拶をする。
「春風桃です。よろしくお願いします」
小さく頭を下げた春風に、教室は僅かに『士気が上がった』様だった。
決まり文句の様な担任の指示で春風は教室中央の一番後ろに自分の席を得た。その右隣の席はないが、反対側、左隣には席があり、スポーツマン風の男が座って、不気味にニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
彼は神埼礼二。龍二とも仲の良い男だ。見た目どおりのスポーツマンで、サーーカー部に所属していた。試合で負けてしまったため、部活は卒業している。ニヤニヤとしている表情を見れば、どういう人間なのかは一目瞭然だろう。
「さぁ、授業始めるぞー」
と、転校生が来たところで龍二にとっては何も変わらない日常。担任の適当すぎる合図と共に今日もまた、気だるい授業が始まったのだった。
「龍二! 俺生きててよかった。マジで」
そう言いながら不気味なニヤニヤとした笑みで弁当箱を開けようとした龍二に迫ってきたのは案の定神埼だった。二限目終わりの一五分の休み時間は、ただ一人自分の席でニヤニヤしていた神埼礼二だ。
「なんだ。生きてたのか。嬉しさの余り失神でもしてたのかと思ったわ。お前なら休み時間になった瞬間に歓喜の雄叫びでも上げると思ってたからな」
弁当箱を開け、礼二を見上げた龍二の表情は渋い。眉を顰めて呆れたような表情をしている。
「いやいや、流石に本人がいる前では騒げねぇよ」
笑いながらそう言う礼二越しに龍二が教室内を見ると、春風がいない事に気付く。
(休み時間の時はあれだけ詰め寄られてたってのに、……どこいったんだ?)
考えてみれば可笑しな光景だった。
春風は今日転入してきたばかりだ。それを証明するかの如く、前の休み時間には恐ろしい数の生徒が春風に詰め寄り、様々な質問を投げかけて囲んで閉じ込めていた。が、どうしてか、この昼休み、時間に余裕があるはずの昼休み。春風の姿は見当たらないのだ。
が、特別龍二は興味を持っていない。確かに可愛いとは思いはした。だが、進んで行こうとは思わなかったのだ。故に、放置。
「つーか、春風さん。めっちゃ可愛いよな」
「そうだな」
と、龍二が余りに普通に返事をしたためか、礼二は眉を顰めた。
転校生という存在に煽られ、異常に盛り上がっている教室で、こんな表情をしているのは礼二ただ一人かもしれない。
「お前……」
「な、何だよ?」
ズイ、とその眉を顰めた表情のまま龍二に詰め寄った礼二。その謎の気迫に龍二もついつい気圧されてしまう。
「やっぱり日和とデキてんだろ」
「デキてねぇよ!」
日和、と呼び捨てにする礼二。そうだ。礼二もまた、日和との付き合いが長い。礼二、龍二、日和の三人は小学生の時代から一緒にいた。簡単に言えば、幼馴染である。龍二と日和の方が確かに付き合いは長いが、年の長さ等関係ないと言わんばかりに仲が良い。
「呼んだかなー?」
と、そこに、先程までの礼二のそれとは違う、ニヤニヤと、何か企んだような笑みを浮かべた日和が突然現れ、龍二の肩を叩いた。
「呼んでねーよ。つーか飯食えよお前等」
疎ましげに龍二が言うと、礼二と日和は声を揃える。
もう食べた、と。
「早っ」
視線で彼等の机を確認してみると、確かに、綺麗に片付けられた弁当箱が確認出来る。日和のモノは鞄にしまわれているようで、確認までは出来なかったが、食べ終わったのだな、と思えた。
一方で龍二はまだ、弁当箱の蓋を開けたばかり。
いくら疎ましそうにしても二人が去る様子がないと踏んだか、龍二は昼食を取りながら、彼等と会話を進める。
「つーか日和。春風さん何処行ったか知らね?」
礼二が問う。が、日和はすぐに首を横に振った。
「知らないねー。皆知らないと思うよ。一緒にご飯食べた友達も全員知らない、気付いたらいなかったって言ってたし」
「そうかー」
日和の応えに礼二はがっかりしたようにうな垂れた。
(誰も知らないってまた変な話だな)
龍二は一人、違和感を覚える。が、特別首を突っ込みはしない。だが、気にはなり始めていた。
人気絶頂である転校生が、誰の視線も集めるような人気者が誰の目にも留まらず何処かへと消えた、という事実。興味はなくとも、気は惹かれてしまう。
(飯食ったら、探してみるかな。どうせやる事ないし)
と、龍二は面白いモノでも見れるかと期待し、そう、二人に提案をしようとする。
「じゃあ龍二の飯終わったら探しにいかね?」
が、先に礼二が提案をした。
真っ先にその話に乗ったのは日和だった。目を見開いて手を上げるその姿はよほどの興味を感じさせた。