1.open it.―2
と、言いながら龍二の操作する主人公は見事に敵を屠る。鮮やかに動くその主人公は龍二そのものかと思うくらいに華麗に敵を屠った。銃口から真っ直ぐ伸びるレーザーサイトは的確に敵の眉間を捉え、素早い判断で弾丸を放ち、脳天を撃ち抜く。
「バックアップってやっぱり重要なんだね。私には良くわからないけど」
と、言いながらもう一人の主人公を操作して、これまた華麗に敵を屠る。龍二にも劣らずという動きだ。上手い人間と一緒に同じモノを取り組むと、実力が上がりやすいというが、事実そうなのだろう。
「実際、『一人は大変』なんだぞ」
龍二は得に意味もなさそうに、相変わらずの素っ気無さでそう言う。が、その言葉の裏には何か意図が隠されているようにも思えた。
――一人は大変。龍二の今の現状。一人暮らしという状況を考えればただ普通に、「この歳で一人暮らしはやっぱり大変なのか」と思わず思ってしまうが、そうではない。何か、それ以外の意図が隠されているようだった。が、それを感じ取りはしても、日和は特別付け入ろうとはしなかった。それが、幼馴染としての、彼女なりの龍二との付き合い方なのだろう。
だから敢えて、日和は知らない振りをする。
「やっぱ一人暮らししてる龍二は違うねー。羨ましいわー。高校生で一人暮らし」
「……、そうでもねぇよ」
と、そんな会話を交わしながらゲームのストーリー進行を異常なまでの速度で進める。この二人だからこそ、の速度だ。一日かければ、ストーリーだけはクリアするに容易いだろう。
暫くそうゲームを進めていると、あっという間に時間が来た。そう、日和の家族と一緒に食事をする時間だ。
そろそろだな、とゲームを切りの良い所で切り上げる。日和は「先に行ってる」と再び窓に向かい、龍二は玄関へと向かう。龍二には窓から隣の家に入る趣味はない様だ。とは言っても長い付き合いだ。服装は帰って来たままの状態だし、靴ではなくサンダルで向かう。
玄関から出れば徒歩五秒程で日和の家の前に到着する。最早見慣れた極普通の、二階建ての一軒家が目の前に聳え立つ。形は龍二の自宅と似ているが、雰囲気はやはり違う。家族団欒の家庭と龍二の一人暮らしの家庭を比べても仕方がない事ではあるが。
インターフォンを通して存在をアピールする必要はない関係である。龍二が小豆色の玄関扉をノックすると、中から「入ってー」と日和の母親の声が龍二を歓迎した。
「おじゃましまーす」
一応の挨拶。相変わらる適当な素っ気無い声色だが、椎名一家は既に馴染んでいる。
玄関を入ると真っ直ぐの廊下と右手に一部屋、反対側にリビングへと通じる扉が確認出来る。龍二は脱いだサンダルを揃え、リビングへと向かった。
リビングへ通じる扉を開けると、鼻を心地よく擽る料理の匂いがしてきた。有触れた家庭の匂い、だが、龍二にとっては何処か懐かしいようで、新鮮味のある匂いだ。
「いらっしゃい龍二君」
そして龍二を向かえる二つの影。一つは日和だ。こうして立っている姿を見ると、その低身長が目立つ。龍二と並べば尚更だ。龍二の身長は一七○センチ程。二……、いや、三○センチ程度の差が見て取れる。
そして、もう一つの龍二よりも身長が高く、スタイルの良い影。言わずもがな、日和の実母である椎名円である。椎名家の二人が並んでいる所を見ると、その身長差に驚く。親に似て、身長が高くなる、と日和は信じているようだが、龍二は度々それはない、と言い切っているのだ。
穏やかな家庭。父親はまだ、仕事から帰ってきていないらしい。龍二は度々椎名家の夕食に誘われているが、余り顔を合わせる事がない。当然、長い付き合いでお互い顔も把握しているし、悪い関係でもないが。
「まぁまぁ座って」
という円の声に引っ張られるように龍二は四人掛けのテーブル席に座る。と、日和がその隣の席に腰を落ち着かせる。すぐ側のカウンター型のキッチンの向こうでは円が料理の準備をまだしていて、良い香りが鼻腔に流れ込んでくる。
(ハンバーグか)
と龍二が夕食のメニューを探っていると、
「そういえばさ。転校生の噂しってる?」
日和が不意に話題を振ってきた。隣で下から見上げてくるその可愛らしい整った表情に龍二は心を躍らせ、ない。慣れだった。いくら日和が整った顔をしていようが、可愛らしかろうが、そういう仕草をしようが、龍二の心はピクリとも動きやしない。
「……、知らないな」
思い当たる節はあるか、と僅かに考えてから、龍二は首を傾げた。すると、日和は目を爛々と輝かせながら、何故なのか嬉しそうに言う。
「明日転校生くるんだって。ウチのクラスかは分からないけど。何か手続きに来てる人見たって話し。小さな女の子だって」
「……小さな女の子?」
何か意味を含めた視線で龍二が日和を見ると、日和は眉を顰めて不満げに言う。
「一応言っておくけど、私じゃないから」
「プ、フフ……。わかってるっての」
冗談だ、と龍二がくすくす笑っていると、円の手によって食事が運ばれてきた。どうやら、龍二の予想はアタリだ。目の前にはサラダが添えられたハンバーグが運ばれてきた。続いてライス、スープと運ばれてきて、円が座ったところで食事が始まった。
他愛のない会話が進み、この食事の時間もあっという間に中盤に差し掛かる。
そして、不意に円が龍二に話しを振った。
「最近龍二君あんまり来なくなったよね」
何処へとは当然この椎名家へ、だろう。
「ゲームばっかりやってんのよ。こいつは」
その問いに答えたのは龍二ではなく、日和だった。龍二がムッと日和へと視線をやると、日和はツンと素っ気無い表情でハンバーグを口に運んでいる所だった。ハンバーグの欠片が口に運ばれると、咀嚼され、飲み込まれる。良く見れば色っぽさもあるが、龍二は気付かないし、気付いても触れやしない。
一応、と自分でも答える龍二。
「あーえっと。通いなれたせいで、っていうか」
「まぁ、そんな気にしなくていいのよ。龍二君は家族みたいなモンだからねー。美羽達に龍二君を任されているわけだし」
美羽とは、龍二の母親の事である。そして達、とは父親である浩二の事も含んでいる事実だ。彼等の間には、最早失った人間の話しもタブーではない。それだけの仲なのだ。そして、美羽と呼び捨てにしている様子を見れば円と美羽達の仲の良さを感じ取れる。龍二と日和が幼馴染であるように、美羽と円にもそういう関係が存在する。していた。
「どうも。……まぁ、お世話になります」
照れ隠ししつつ龍二はそう応えた。
2
翌日。
いつも通りに登校した龍二は神埼高校について、自分の席に着いてやっと、思い出した。
(あぁ、そういえば日和が言ってたな。転校生だとかなんとか)
今日だったか、と思うところまでは考えるが、そこから先までは思考しないのが龍二だった。いつも通りに一限目の準備をして、始業の時間を待つ。




