2.get back the taste.―14
ふぅ、と一息おく。考えるのは心の中だけで、口に出してせずとも良いと龍二は思って話を変えた。
「今日は日和こねぇな」
ふと呟いた一言だった。
そんな龍二に目を細めた春風が答える。
「今日は来るなって言ってたじゃん。自分で」
「あぁ、そうだったか」
龍二はふと思い出した様に呟く。そういえばエッツァとしっかりと話すために邪魔が入らないように指示をしていたのだったな、と思い出す。
どうも龍二はまだ、『日常から抜け出せていないようだ』。龍二自身、日常から抜け出す気がないのだが、殺しの世界に戻りつつある今、この様な小さな忘れモノが命を落とす場合だってある。龍二は基本的にオプションを嫌う。当然必要とあれば仕事を受けるが、基本的に気まぐれに受けていた。つまりそれは、単純に必要な殺しをしてきたのだ。誰かにとっては必要ではなくても、誰かにとっては必要な殺しだ。殺し自体が、ターゲットの死が依頼者への報酬となるそんな仕事。故に攻めの姿勢でいる事が多いが、それでも守る側に回る事もある。これから先もあるだろう。攻めと守りでは構え方、スタンスが違う。同じ様に見せている人間もいるだろうが、どうしても根本的に違ってきてしまう。
だが、どちらにせよ、龍二は今の状態では、いずれミスを犯す。
「……ちょっと気を抜きすぎじゃないかな?」
それを察した春風が危惧する。
「そうだな」
返事の声色は低い。一応に自覚はしているようだった。
「それより、」龍二は再び話を変えた。「後一週間で夏休みだ。一週目の日曜には夏祭り、その次頃に前原達と騒ぐ。その後、武器の情報を集めようか」
「あら、やっと話が進むのね」
春風は気取った様に言う。春風自身はハナからノリ気だ。彼女は龍二にそのために引き抜かれて、恩を感じて、そのミッションで恩を返そうと思っている。
「まぁ、俺はお前に……、」
龍二は何か意味深な雰囲気を醸し出して何かを言おうとしたが、何故なのか、途中で口をつぐんだ。その先の言葉が当然気になったが、春風は敢えて何も聞かなかった。彼女は龍二が嫌がるであろう事は全くしないつもりなのだろう。察し、判断し、の能力が高い様だ。龍二は不快感を感じてはいなかった。
龍二はふと、リビングの外に視線をやった。夏の暑い日差しがまだ差し込んでいた。そして、その差し込む光を遮る影を見つけた。
18
長めで細身なサプレッサーが取り付けられた銃の銃口が窓越しに龍二を捉えていた。男だった。この暑さの中、フーディーローブを纏った男だった。フードが顔の上半分を隠しているため、見える肌は口下だけだったが、その雰囲気、顎の骨格から男だと気付いた。
その口下が歪む。にやり、と笑った。その刹那、発砲。
だが、
「なんだアイツ」
龍二は肘をついたまま、気だるそうな視線のみをその男へと向けて、ただ、呟くに留まったのだった。その横で春風が目を開いているが、龍二の様子を見てか一瞬にして落ち着くという変な仕草を見せたに留まる。
男の手の中で銃がわずかな反動で揺れた。ほんの僅か、遠目に見れば気づかない程の振動。確かに、発砲された証拠だった。だが、何も起こらない。窓はヒビ一つ写さなかった。それどころか、全く動いていないようにも思えた。
単純だった。この家は浩二と美羽の代で作り上げたモノで、そこらへんの防御は徹底している。銃弾ごとき、通すはずがなかったのだった。
ローブの男は口下を歪めた。チッ、と吐き出す舌打ちが聞こえてくるようだった。
龍二は敢えてその場から動かない。ただ、鋭利な視線だけを男へと突き刺し、相手のアクションをひたすらに待った。それは、来るなら来い、相手になってやる、逃げるなら逃げろ、追跡するからな、という脅し。宣言。
男はそれに気付いただろう。どうせ日本の住宅で防弾ガラスを見る事等ないだろう、というあまりに酷い油断を見せたような奴ではあるが、奴も殺し屋。そこからの行動が明暗を分けるという事ぐらいは理解している。
数秒はその膠着状態が続いた。今にも春風が台所に向かってお茶でも入れてしまいそうな程に、神代家の中は安全に満ち溢れていた。が、男は真逆の立場に立ってる。外で、逃げ場もあるというのに動けない状況。そんな理解不能で、答えを導き出す事が出来ない状況に陥ったのだ。
足がすくみ、体が自然と震え、嫌な汗が吹き出して肌を湿らせる。夏の暑さに照りつけられたローブの中は相当に蒸されている事だろう。男はそのまま立ち続けていれば必ず熱中症で倒れる。そんな長い時間掛かる事はないだろうが、とにかくただ立ち止まっているわけにもいかないのだった。
「はぁ、仕方ないなぁ」
そう呟いたのは春風だった。
彼女は龍二がただ視線をやるだけに留めている事を把握した上で、おもむろに立ち上がり、男の方へと歩きだしたのだ。男はその光景に驚愕してフードの下に隠された目を見開いただろう。まさか、神代ではなく女の方がくるとは、と場違いな驚愕をしているのだろう。
今は敵が近づいて来た事に、対処しなければならないというのに。
神代家に外から銃を撃っても内部に貫通する事はない、そんな簡単な結論を導く出すのにも数秒を要した男は、ガラス挟んですぐ目の前に春風が来た時にやっと、動けるようになった。捨て台詞を吐く暇もなく、即座に踵を返して、走り出した。銃はローブの袖に隠した様だ。
「どうする?」
去る男を目で追いながら、春風は龍二に問おうと振り返ったが、




