2.get back the taste.―12
はぁ、という嘆息が龍二を支配した。
地元から少しだけ離れた場所と言っても、ここら辺はまだ都会と田舎の間で、地元の不良達が来る事は珍しくない。それに、休日だ。バイトが休みである連中やそもそもバイトをしていない連中にとっては最高の暇つぶしの場でもある。遭遇する確立はそれなりにあるのだった。
それに、性格は置いておいても、彼女達はそれなりの容姿を誇っている。女という性に色目を付けるタイプの不良からすれば男が傍にさえいなければ恰好の標的なのだった。
「って、またアイツラか……」
少し近づいた所で龍二は気付いた。この前、礼二を拉致し、そしてその前に龍二がとっちめた不良達だという事に。
懲りないやつらだ、仕方ない、と再び嘆息した所で、龍二の横を勢い良く通りすぎる影があった。先ほど一階にて出会った不良だった。
その不良は龍二に気付いていないのか、勢い良く龍二の横を通りすぎると、春風達にしつこく絡んでいる不良達に駆け寄って、即座にこう声を荒げて言った。
「やばい、アイツいるって。頭のアイツ!」
そこまで言った所で、少し離れた位置にいた龍二に不良達全員が気付いた。見つけたその瞬間、顔面蒼白となる不良達。すると不良達は捨て台詞を吐くことすらせず、一目散に退散したのだった。
そんな様子を横目で流した龍二は再び嘆息を吐き出す。実際、何かあったとしても春風一人でも相手出来るような連中であるし、龍二がいればなおさら何とでも出来る相手で、問題等なにもないのだが、本当に全く何もないに越した事はない。
「良く絡まれるよなーお前ら」
一安心した龍二はそれらを分かった上で、そうやって気楽な声をかけて二人に近づいた。
「しつこいんだよね、あいつら」
春風が少し疲れた様子で答える。春風は殺し屋だ。実力で相手をするには容易いが、不良といえど相手は一般人。手を出してこない限りは話術で交わさなければならない。そこに気疲れしたのだろう。
「そろそろアイツラの顔覚えそうだよ」
と、日和もまたうんざりした様子で呟いた。もしかしたら龍二の知らない所でも絡まれた経験があるのかもしれない。
「ははは。まぁ諦めが悪いってより根性ありそうな連中に思えて俺は楽しいけどな」
なんて冗談めいた事を吐く龍二。そして本題へと話を戻す。
「で、花火、決まったか?」
と聞くと、二人は頷いた。
二人は足元に置いてあった買い物籠を持ち上げる。と、その中一杯に詰め込まれた大小様々な花火の数々を見る事が出来た。籠は二人で一つにしたようだがそれでも量は多く感じた。
そんな光景に苦笑いしながら龍二は籠を取り上げ、会計へと向かったのだった。
会計をしてる最中に気づく事が出来たが、パックモノよりも単品モノが多いようだった。きっと、選ぶとなって物珍しいモノに目移りし、こうなったのだろうな、と龍二は微笑ましげに予想した。
無駄に長く時間の掛かった会計を終わらせて、三人で少し大きめのレジ袋に大量の花火を詰めてゆく。そこで日和が「いつもお金ださせちゃってごめんね」なんて挨拶をするが、龍二は普段通り気にするな、と返すのだった。
殺しの世界を知らない、龍二の本当の顔を知らない日和には龍二が一生遊んでいても困ることがない程の金を持っている事を伝えるわけにはいかないだろう。龍二は支援が沢山あるから、と適当な言い訳をしていた。
春風の事もそうだったが、日和は分かってか、それともわからずか、龍二の話を鵜呑みにするかの如く受け入れてくれるのだ。そこに龍二は助けられていた。
「バケツとかはある?」
確認のために日和が聞く。
「バケツくらいあるよ」
龍二は素っ気なくそう返した。そのまま携帯でタクシーを呼び、来たときと同じ様に帰宅したのだった。
16
春風を円に紹介したのは椎名家で夕食を取ったときだった。春風からある程度の話は聞いていたようで、円は喜んで春風の存在を受け入れた。龍二と春風は二人の仮の関係についての設定を詰めていなかったため、途中からやたらと作り話の多い会話になったが、龍二も春風もうまく互いをフォローし、円の日和のような対応の御蔭でボロが出る事もなく無事にその夕食は終了した。
円は次は桃ちゃんの分も沢山用意しておくからまた来てね、と微笑ましげに見送ってくれた。
そのまま龍二宅に戻り、日が暮れるまでは適当な雑談で時間を潰した三人。
日が暮れ、良い時間になってから、三人は花火の支度を始めた。単品モノの花火を開封するのに予想以上の時間がかかってしまったが、あっという間に片付け、早速三人は庭へと出た。
龍二の家の庭は家のサイズに比べて少しばかり小さいが、それでもある程度の広さは確保してある。が、妙に殺風景だった。外から見えないようにするための小さな植物と人工芝を除けば色はない。ペットを飼っているわけでもないため、三人が外に出るまでは静謐な空間だった。
水を半分程まで入れた水色のどこにでもありそうな安物のバケツを庭の中央に設置し、適当な位置に蝋燭を立て、火を付け、三人ぽっちの花火大会が始まった。
「浴衣来たくなってくるねー」
最初に手持ちのありふれた花火に火を点けた日和が何気なしにそんな事を呟いた。夏の夜に花火だ、龍二ですらそんな雰囲気を感じ取っていた。そんな話から、ふと、思いつき、龍二は春風に問うてみる。
「春風は浴衣来た事あるのか?」
「ないよー」
両手に花火を持ち、どれをするかと選別している最中の春風が龍二をみずに答えた。
「着てみたいか?」
龍二はそろそろ確信してきていた。春風は一般の女の子がこの年齢までにする事のほとんどを経験して事がない、と。ウルフから引き抜いて、養っている身だ。龍二はただ春風を手伝いとして使うだけでなく、普通の生活を送ってもらいたいとも考えている。そのための努力は惜しまない気だ。
龍二自体、何も知らない普通の世界から一度殺しの世界に身を置いた経験を持つ。そのために、日常で生きるという意味を深く理解している。完全に同じとは言えないが、龍二も春風と似たような境遇だったのだ。そのため、龍二は春風にそこまでするのだろう。
花火を振り回して暴れている日和を無視して、龍二は花火に火を点けたばかりの春風に言う。
「今度、着てみるか?」
「え?」
驚いた様子の春風を無視して、龍二は絶賛大暴れ中の日和に声を掛けた。
「商店街である夏祭りの今年の日程って分かるか?」
龍二達の通学路でもあるあの街路樹の並ぶ商店街のあの通りでは、毎年夏休みに夏祭りが行われる。元々車の通りはそこまで多くないが、完全に車両通行止めとなり、露天が並び、イベントがありというそれなりに大きな夏祭りが開催されるのだ。
「日付は覚えてないけど、確か夏休み入って一週目の日曜日だった気がする!」




