2.get back the taste.―10
「めんどい、出てくれ」
龍二がインターフォンに何のアクションも見せずにそういうと、春風がひょこひょこと歩いて玄関へと向かっていった。廊下から「今でまーす」という春風の主婦めいた声が聞こえてくるのだった。
が、すぐに春風はリビングへと戻ってきて、龍二を呼んだ。
気だるそうに顔を上げた龍二を手招いて「お客さん」と伝える。仕方なしに龍二は重い腰を持ち上げ、玄関へと向かってゆくと、玄関口に立っている老人の姿が目に入ってきた。
老人、とは言っても背筋はやたらと真っ直ぐとしていて、生き生きとした印象を持たせる老人だった。白髪も綺麗に一面白髪でオールバックにまとめられていて、清楚な雰囲気も感じさせる。纏っているのは燕尾服のようなスーツで、面長で優しげな表情が相まって執事のような雰囲気を醸し出していた。
「……、誰?」
龍二は廊下の半ばで足を止めて首を傾げた。当然の如く玄関口にいる老人に見覚えがなかった。
心の底から眉を潜めて疑問を呈する龍二に老人は一礼した。その仕草もどこか高級感を感じさせ、普段見る事のないそれに非日常や違和感を感じるのだった。
「龍二様ですね?」
「そうだけど」
老人は伸びた眉に半分近く隠された瞳で龍二を長め、問いに問いで返した。そして、肯定した龍二に告げる。
「私はエッツァ・ベルト。浩二様と美羽様に指示されて、」
ここまで言ったところで、龍二が動いた。空間に響く音は無音。だが、確かに龍二は疾駆した。フローリング張りの廊下を蹴り、一瞬にしてエッツァとの距離を詰め、彼の懐へと侵入した。
だが、エッツァの首元に伸びた手は、エッツァの手が止めていた。
驚く龍二を優しい目で見下ろしたエッツァは、静かに、その態勢のまま続けた。
「私は敵ではないです。『浩二様と美羽様』に、事前に指示されて、ここに来たのです。そう、生前に指示されて」
浩二と美羽、とは『龍二の両親』の事である。この二人の名前を出すなんて、殺し関係以外にない。円ならありえるだろうが、今、龍二の攻撃を防いだ老人は当然円ではない。
「はぁ?」
分からない、と言った表情、様子で龍二はエッツァの防御の手を弾くようにしてそのままバックステップで距離を取る。と、異常を感じたのか春風がリビングから顔を覗かせてきた。丁度その目の前に龍二。龍二はエッツァに視線を釘付けにしたまま「大丈夫だから、日和だけは表にだすな」とささやき声で言って、リビングに戻す。
「敵じゃないって……じゃあ何しに来たんだよ?」
一応に警戒はとかないが、構えはといた状態で、龍二が問うと、エッツァは何故なのか更に一礼して、答える。
「龍二様の面倒を見るように、と申し付けられておりました故」
「面倒?」
「さようで」
龍二は考える。実際、攻撃を受け止めて反撃のチャンスがあったのだ。だが、そうはしてこなかった。話だけは聞く価値があるだろう、と龍二は思うが、今はタイミングが悪い。なんたって殺しの世界とは全く関係のない日和がいる。それに、『気分も乗らなかった』。
迷ったようで迷ったのかどうかもわかりづらい時間が経過して、龍二は答える。
「話は聞くから。また出直してくれ。明日とか」
無茶な話だ、だが、突然の訪問も問題だろう。と気だるげに思う龍二だったが、エッツァは素直に礼で返して、「わかりました。また明日、同じ時間に出直してきます」と言ってそのまま、本当に何もないのか、素直に踵を返し、玄関から出て行った。
「…………、」
「終わった? 大丈夫だったの?」
エッツァが帰った事を察してか、再びリビングへと通じる扉が開いて春風が顔を覗かした。
今度こそ龍二は振り返り、両手で「さぁ」とアピールをしてリビングへと戻った。席へと戻ると案の定日和が何があったのかと問うてきたが、龍二は適当なごまかしでその難とも言い難い難を乗り越えた。
話は暫くの時間経過と共に進んだ。
「そういえば今日ウチこない? 晩御飯」
不意に、日和が言う。
その提案を聞いて龍二はふと思った。春風を親戚として家に住まわしているのだ。何か勘違いをされてしまう前に一度紹介をしておいた方がいいな、と。
「そうだな。春風も連れてっていいか? 円さんに紹介したいし」
唐突な龍二の提案に春風は「え?」と目を見開くが、龍二は敢えて気づかない振りをして、日和の答えを待つが、待つまでもなかったようだ。
「いいよ。勿論」
と、答えは一瞬という間で返された。
龍二は春風が来るまで、食事は気分で外食か、本当に貧相な、手の込んでいない料理、それか椎名家で取る、という形をとっていた。春風が来た今は、その外食が減り、春風が作って食事、という形が多くなっている。
「って事だから今日の夕飯日和ン家で食うから」
「わかった。日和ちゃん家行くの初めてだからちょっと楽しみだ」
「何もないけどねー」
「本当に何もないからな」
そうやってダラダラと雑談をして時間を過ごすと、気づけば午後の三時を回っていた。春風の振舞ったお菓子類のおかげで小腹が空く事はなかった。だが、やる事がない、と気付いてしまうと何かをしようと思ってしまうのだった。
「よし、何かしよう」
意気込んだ龍二が言うと、何よ、と春風と日和の声が重なった。
「何って言われても……決めていいか?」
春風と日和二人に決めさせても面倒な事になりそうだし、どちらにせよ決めそうにないしな、と龍二が問うと、二人は頷いた。
よし、と意気込んで考える龍二。言い出したは良いが、勢いだけであり、答えを考えてはいなかった。
(どうすっかな。時間はるが……。明日はエッツァとやらの話を聞かなきゃならねぇし……)
と、考えた所で龍二はふと脳裏によぎった提案をしていみる。
「夜花火でもするか。って事で金はあるしちょっと離れた場所にあるなんだっけ、あの名前忘れたけど、ホームセンター言って沢山花火買ってこよう」
「唐突だね」
春風はそういうが、拒む気はないようだ。それどころか、隠してはいるが、瞳の奥で燦々爛々と輝く期待が見え隠れしている。が、問題は日和だ。彼女は面倒だと言えばテコでも動かなくなるだろう。
「いいよー。行こう行こう」
が、思いのほか容易く頷く日和だった。暑い中外に出るのは確かに面倒なのだろうが、ここまで暇だと体を動かしたくもなったのだろう。
決まったならすぐに、と日和は飲み物を勢い良く飲み干して立ち上がった。
「着替えてくる。ちょっと待ってて」




