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2.get back the taste.―9

「実際、学校行けるってのは大きよね」

 そう言いながら龍二と向かいの席に腰を下ろした春風はケーキとミルクティーを龍二の分と自分の分とを配ってから続けた。

「実際、ウルフにいたら未だに殺しの活動だけを続けていただろうしさ」

 ミルクティーを一口分啜り、グラスを置いた春風は龍二をしっかりと見つめ、こう言った。

「でもさ、私は日常を得たけど、龍二は逆に殺しの世界を取り戻しちゃったわけだよね? 唐突だけど。今回の一件で殺しのセンスってのも戻ってきたんじゃないかな?」

「事実だな。だけどそれ以上でもそれ以下でもねぇよ」

 ケーキを一口分咀嚼し終えた龍二はミルクティーで喉の心地よい渇きを潤し、こう返す。

「学校行きたい、だが武器の件もはっきりさせたいって俺のわがままが災いしてこの現状だからな。今までなかっただけ不思議なモンだよ。覚悟はしてたっちゃしてたさ。いずれ神代としての存在がバレて……そもそも大して隠してもいなかったからな。今回のような事があったのは必然だったわけだ。まぁ、できるだけ学校とか、日常面には影響を及ばさないように配慮はするさ。だが、殺しの世界から完全に抜け出すなんてのは一度足を踏み入れた身、できないからな。身を守る武器が必要だ。だから武器の秘密もハッキリさせておきたい」

 慣れない長広舌のせいか言いたいことをひたすらに並べ、うまく話をまとめる事ができない龍二だったが、春風にその『龍二が今どうしたいか』という気持ちはしっかりと伝わったようで、春風は頷きの相槌を打ちながらしっかりと彼の話を聞いていた。

 そして、やたらと優しげな笑みを浮かべて答える。

「今はとにかくお母さんの遺品の武器について調べなきゃね。せっかく一山超えて時間もできたし。私は元々そのために龍二に引き抜かれたんだから、学校休んででも調べて回るよ。裏切るなんて事はないから安心して」

 時刻は既に深夜三時に迫っていた。この時間に同年代の異性を見るとどうしても何かしらの雰囲気を感じてしまうモノだが、二人の間には『信頼』という見えない何かが存在し、いわゆる色物に発展する事はないが、心地よい穏やかな雰囲気が発生していた。

「裏切るなんて思っちゃいねぇよ。裏切るタイミングならいくらでもあったしな」

「わざとそうしてたくせに」

「……なんとも言えねぇ」

 暫くそんな会話を続けて、彼らはやっとそれぞれの床に付くのだった。




    15




 休日。学生は土日祝とほぼ必ず決まった休日があるため大体決まった時期に体を休める事ができるから良いものだ。挙句龍二達は高校三年生で夏休み前。一、二年の頃に比べると大分やる事も減っているため、気楽な休日を送る事ができる。

 そんな神代家のリビングには龍二と春風、そして、日和の姿があった。

 日和はあの件の話も済んでいるようで、自宅でも気まずい事なく過ごしていると言う。彼女の両親は大分彼女を信頼しているようで、彼女なら大丈夫――龍二もついているし――と信じていて、何事も余程の事がない限り大事にしないようだった。

 今日も彼らは春風の手作りのお菓子と冷たい飲み物を目の前にしてダラダラと雑談をしていた。

「何処か行く?」

 片付けを終えて龍二達と並んだ春風がそう提案する。だが、

「熱いから嫌」

 大分春風とも打ち解けてきていた日和が気だるそうに、うなだれた演技を見せながらそう言う。実際このリビング内はクーラーの冷気によって満たされていて、居心地のよい空間となっている。このリビングから出ない限りは本当にうなだれる事はないだろう。

 まだ、龍二と春風は遺品に関する調査を進めていない。今こそ進めるべきタイミングなのであろうが、一山越えたばかり、という事で龍二が『少し休め』と春風を自由にさせていた。春風は龍二に引き抜かれ、この生活が出来ている事に恩を感じているのかそれでも調べようとしたが、龍二に見つかり、制されてしまったので今は素直にこうやって休日を満喫している。

 一山越えた、という感覚が彼らに『時間はある』と感じさせているのだろう。だが、ちゃんと襲撃や新手が来る可能性も予期している。問題はそこまで多くはなかった。

「この暑さどうにかなんねぇかね。夏だからって本当に酷いわ」

 飲み物で喉を鳴らしながら龍二が呟く。一度外に出てみたようで、外を眺めてその時の事を思い出しながら彼はうなだれるのだった。

「あはは。まぁ、夏だからねぇ。いつの日か世界がドームで覆われてクーラーで温度調節できる時代でもできればいいけどね」

 笑いながらそう言う春風は二人に比べてまだこの夏を満喫しているようだった。学生生活という彼女にとってのほ『非日常』を得たからか彼女にとって今の全ては『楽しい』と感じる事のできる光景なのだ。一般人がテーマパークに足を運んでアトラクションでわいわいと騒いで楽しむのと同じ理屈だろうか。

「そんな時代が来るとしてもその時まで私達は生きてないよねー。生きてたら何千歳とかだろうねー」

 と、適当な返事を返す日和。窓から窓の移動でさえ苦痛だったのか、異常にうなだれて見せている。外に出たくない、というアピールなのかもしれない。

 そんなアピールの成果あってか彼ら三人はどうしても外に出るという選択肢を選ぶことができないでいた。かと言って龍二と日和の趣味であるゲームをするつもりもないようで、ただただ、だらだらと時間を浪費して雑談を続けるのだった。

 そんな最中、ふと思い出した様に、だが、至ってどうでもよいように龍二が言う。

「そういえば、だけどさ。夏休み入ってから、前原達がうちでパーティ的な事でもしようかって事で計画してるらしいんだけど、二人も参加でいいよな?」

「達って?」

 どうでもよいが、会話を続けるために、と面倒そうに日和が問う。

「前原と、あと、平だったかな。他のメンバーは知らない」

「二人とも分からない……」

 そう残念そうに頭を抱えるのは春風だった。一応、潜入として学校に侵入して時点でクラスメイトのほとんどを覚えていた彼女だが、いろいろと環境が変わって安心できる立場になってからは自身と関わった生徒以外ほとんど興味ないと言わんばかりに記憶していないのだった。

「前原雄介と平宏だよ。わかんねぇか?」

「分からない」

「あはは。桃ちゃん龍二以外に興味なさすぎ」

 平が春風を気になっているという事だったが、これは脈なしだな、と心中で平に「どんまい」と語り掛ける龍二だった。

「龍二は親戚だからね。そりゃ嫌でも覚えるよ」

 笑って冗談めいた口調でそう日和に返す春風。日和は殺しの世界や龍二達の真実を知らない。こうやって適度に『設定』を口にして浸透させるのはカモフラージュのためである。

「そういえばそうだったね。忘れてたわ」

 おかしそうに後頭部を書きながら春風がそう言った時だった。

 甲高いが、軽い電子音、インターフォンの音がリビングに響いた。

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