2.get back the taste.―7
何言ってるんだ、この状況で、と龍二が眉をしかめたその瞬間だった。男の構えていた銃の銃口が龍二から外されて――男のコメカミに突き立てられた。
「は?」
「俺の負けだ」
「おい、チョットまっ――」
待て、とまで言うわけにはいかなかった。
発砲音。
龍二のすぐ目の前だった。男の右から左へ、弾丸が貫通する。それに合わせて鮮血が吹き出して飛ぶ。真横に、激しく。その中には鮮血以外の何かも混じっているようであるが、そこにまで目を負わせる事が出来なかった。
次の瞬間には、ガン、ゴン、という音。男の体が龍二から見て、思いっきり、左に倒れ、二階部分の落下帽子の手すりに落ち、頭を打ち付け、そのまま床に落ちた音だった。落ちてからはあっという間だった。しっかりと自我が持てたのは丁度そのころだった。男の体が力無く地に落ち、時が止まったかの様に静寂が訪れたその時だった。
「……、自殺……か。初めてだわ、こんなの」
言葉の通り、初めての体験で龍二は思わず戸惑ってしまっていた。だが、戸惑っている暇すら与えられなかった。
ガタン、と勢い良く扉が開かれた音だった。錆び付いていたあの入口の扉の開かれる音だった。錆び付いた、古ぼけた雰囲気が全く感じられない程勢いの良い音だった。
その開いた音に警察が来たのか、と思った龍二だったが、すぐに違うと気がつけた。話声だ。聞き覚えのある声と、うめき声だ。口を塞がれてうなっているような声だった。
何かしらのヤンキーがここを悪い事に使おうとしているのだとすぐに気づけた。一度経験した身だ。すぐに分かってしまった自分に嫌気が指す龍二だった。
「ったく……」
現在、工場内は死体でいっぱいな恐ろしく、現実場馴れした状況だ、連中をそこに導くわけにはいかない。
返り血を僅かに浴びているが、今は連中を止めるのが先だ、と龍二は武器をしまって階段を駆け下りる。と、すぐに目が合った。
「あ、」
と重なる声。
「お前ら!」
怒りで震え上がる声。
龍二の見下ろす先には、口をガムテープで止められた礼二の姿と、そんな礼二を引きずるようにして引っ張る見覚えのあるヤンキー五人。龍二は即座に階段から飛び降りて、連中の眼前に向かった。今や怒りで、死体云々は忘れていた。今はただ、こいつらを締め上げる、という考えしかなかったのだった。
が、その時だった。
サイレン音。
警察が到達した音だった。
ヤンキーが「やべ」と漏らす。同時、龍二はヤンキー共の手から礼二を取り返し、口を塞いでいたガムテープをひっぺがしてやる。いてぇ、と悶える礼二に龍二は「今は何も聞くな。逃げるぞ!」そう叫んで、礼二を引っ張って走り出した。
ヤンキー共が後方で慌ただしく騒いでいる。連中は車で移動してきていたようだ。今ここで逃げても、結局は捕まるだろう。それに、恐らくは盗難車で、無免許なのは間違いない。やっちまったな、と思う余裕すらないだろう。
そんな連中を無視して、龍二は礼二の首根っこを掴んで遠回りをしながら逃げたのだった。
13
「なんで礼二君まで一緒なのよ」
龍二はその後、礼二を連れて何故か自宅に戻っていた。迎えたのは当然春風。腕を組んで仁王立ちで玄関で堂々としているその姿はまるで鬼嫁のようだった。
「ちょっと事情があってさ、ははは……。っていうか日和は?」
「何!? 日和にも何かあったの?」
自分もひどい目にあったというのに大慌てで日和の心配をし始める礼二。ここが彼のいいところかもしれない。
「詳しい話はまた中で、とりあえず二人とも上がりなよ」
春風の導きで二人は龍二の自宅へと入る。リビングに入って三人でゆっくりと、でもしようかと思ってリビングへと入ると、そこにはすでにパジャマに着替えてゆっくり、我が家のようにくつろいでいる日和の姿があった。
「よ」
「よ、じゃねぇよ!」
思わわずツッコミを入れてしまう龍二。一度自宅には帰ったのか、と聞こうとするのだが、パジャマを纏っている姿を見て帰ったのか、と気づく。
「円さんにはちゃんと話はしてあんだろうな?」
龍二は春風に耳打ちする。
「そこらへんは日和ちゃんに任せてあるし、彼女から聞いた方がいいんじゃないかな?」
と、春風は笑う。何か大きな山を超えて得た安心を共有している気分だった。
はぁ、と嘆息して龍二はテーブルセットに腰掛ける。続いて礼二も龍二の隣に腰を下ろすと、春風が台所へと向かった。
今はとにかくこの一山越えた感覚を許由しようと、龍二は先の一件をヤンキーが暴れていて、自分も巻き込まれて、という簡単過ぎる話で片付け、春風の手料理でわいわいと騒ぐのだった。




