2.get back the taste.―5
多いな、と思わず歯噛みしてしまう龍二。全員が全員拳銃と思われる銃器を構えている。面倒な、戦況だった。
だが、好機もあった。まずは薄暗い事。身を隠し、移動して相手に近づくには好都合だ。そして、工場施設としてのラインや機械が残っている事。相手もそうしたように、身を隠すのに最適だ。更に、ここが人気のない静かな工場だという事。相手は発砲してくるだろう。その音は響く。発砲音だ、外にも聞こえる。そうすれば自然と人が人を呼ぶ。
それぞれの好機を狙い、生き残るチャンスを伺えば良い。
と、思った時だった。一階部分に立っているであろう連中の手元から音がなる。龍二の気配を察してか、銃器から近距離用の武器に持ち替えたようだった。連中も人数がいて多少の油断はあるモノの、神代を相手するという警戒はしているようだった。だが、油断はしている。そこを、龍二は狙う。
開戦の合図は突然だった。龍二がラインの影に隠れようとしゃがみこんだその瞬間だ。二階部に引っ込んでいた連中が一斉に発砲を始める。数え切れない程の無数の弾丸が龍二のいた場所の付近に辺り、跳弾して飛び回る。連中は何も考えていないのか、その跳弾に被弾した者がいるようで、数名が倒れる音がした。が、その中に、龍二の倒れる音はなかった。どうやらうまくラインの下に身を隠したらしい。
チッと舌打ちが聞こえてくる。連中は一撃目で龍二を仕留められるだろう、と思い込んでいたのだろう。
一方で身を低くしてうまく飛び交う銃弾から逃れた龍二。当然、その場に留まるなんて事はしない。態勢を低くしたままサッと素早く移動する。ラインをくぐり、飛び越え、一番近くにいた獲物を狙う。
風が通りすぎるような音。龍二は敵を眼前に捉えると、通りすぎる様にして敵に攻撃を仕掛ける。首元を狙った一撃。逆手に握り締めたナイフの鋭利な刃が首元を穿つ。瞬間、鈍く吹き出す鮮血。だが、その赤は薄暗さのため確認出来ない。
そんな龍二を追従する様に二階部から銃弾の雨が降り注ぐ。金属音と火花が炸裂する。炸裂した火花が一瞬だけ移動する龍二を照らす。ストロボで煽っているようだった。
龍二は地に着くと、スライディングをする容量で機械の裏手に隠れる。が、二階部にはまだまだ敵が隠れているようで、龍二の正面上にマズルフラッシュが見えた。
「やばっ」
とそう吐き出した時にはずぐ頭上で銃弾が機械に当たって炸裂する音。
腕がなまっていたな、なんて思う間もなく龍二は即座に横に飛び、ラインを転がるように超えてその先に向かう。そこには短剣とも言える刃の長いナイフを構えた敵が二人。龍二が向かってきていたのをしっかりと視認していたようですぐに構えた。
ラインの上を転がる龍二を追従する銃弾。幸いにもそれは龍二に被弾する事はなかった。滑る様にして近づいた龍二はそのまま足で手前の敵の振りかぶった手を蹴り飛ばし、ナイフを落とさせる。そのままツッコミ、一閃。身を翻し、そのまま更に追撃の一閃。
だが、まだまだ敵は多い。
(多いな……)
龍二は身を隠し、移動しながらそう心中で吐き出す。人数が人数だ。拳銃とは言っても十分な弾丸さえあれば銃弾の雨は止まない。龍二が隠れれば隠れ場所を穿つかの如く狙われるし、移動すれば移動中にでも殺そうと軌跡を追従してくる。やっかいだった。
殺し屋とは暗殺を主とする仕事。暗殺とは許可なく殺すという事。そのため、計画して速やかに遂行して、という流れになる場合が多い。こうやって正面から殺し屋どうしで相対するという事は仕事上まずないのだ。だが、相手はそこを突いてきていた。数でカバーし、正面から戦争状態へと発展させる。
挙句、龍二にはブランクがある。一年程度のモノで、彼は神代家だが、この現状でそれは痛手とも言えた。
(数が多すぎる。一人ずつ倒してもいいけど……どうにかして一発でまとめて、全員とは言わなくても、ある程度の数を減らせないかね……)
かけながら、身を翻しながら、隠れながら、龍二は辺りを見回す。が、やはり視界が悪い。
と、なればまずは視界を明瞭にしなければならない。と、なればどうするか。
答えは二つ。電気を付けるか、天井を吹き飛ばせば良い。
(……できるかな……)
ラインをくぐり、飛び越えながら龍二は天井を見上げる。大きな天井だ。サッカー場程の広さのある工場の天井である。それを吹き飛ばす等、有り得ない。
だが、電気の通っていないこの場所だ。明るくするにはそれしかないだろう。まだ日中だ。光さえ入ってくれば良い。
龍二は移動中にナイフを左手に持ち替え、右手を腰に回して銃を取り出す。そしてすぐさま発砲。その銃から放たれた弾丸は敵ではなく、窓を封じるベニヤ版に突き刺さった。勢い良く放たれた銃弾はベニヤ版に穴を開け、その先に隠されていた窓を破壊した。窓こそ盛大に割れたようだが、ベニヤ版にはただ穴が空いただけで大した光が入ってくる様子はなかった。
が、窓が砕けた音のおかげか一瞬だが時が止まった。銃弾の雨も止まり、敵の動きも止まった。窓の砕ける音に反応してしまったのだ。
神代に集中しすぎていたのだろう。連中は完全に油断していた。集中が削がれ、そのほとんどが砕けた窓に移されてしまった。
――好機。
龍二は辺りを注視する。恐ろしい程短いこの一瞬。辺りは薄暗い。だが、一瞬の隙すらなかった今ままでに比べれば幾分もましだった。静寂が解かれるまでの間に龍二は『頭』を探す。
蛇を止めるには頭を潰せば良い。これだけの人数だ。いくら戦闘を普段しないからと言っても、この人数の部隊をまとめる統率者がいるはずだ。
明かりを付ける事が出来ない故、次の手に映ったのだ。
暗い。暗すぎる。だが、目が慣れて幾分かましにはなっていた。だから、そこに彼は賭けた。
そして、彼は賭けに勝つことが出来た。
正面から見て右側の二階部。その一番奥だ。そこに、見覚えのある顔を見つけた。
(見つけた)
一瞬の間が終了する。一階部につっ立っていた敵は接近を始め、二階部分にいた連中は銃を放ち始める。
身を隠しながら、龍二は再度奴の位置を確認した。
場所は変わらない。薄暗くて表情までは確認できない。だが、不気味に口角を釣り上げながら、嘲笑う様に、楽しむ様に銃を握っていると見えた。
(ファミレスの時のあの野郎だな。……数で圧して上から見下ろして勝気でいるんだろうよ。待ってやがれ。今下ろしてやる!)
龍二は確認する。一階にて龍二を狩ろうとする連中の数が先の跳弾や龍二の攻撃で数を減らしているが、二階の連中が降りてくる様子もない。そして、待機している連中もいないのか補充要員もない。つまり、今いる連中で全員だという事だ。
(こうなりゃ最後までやってやる)
明かりが手に入ればベストだ、と思ってからここまで流れてゴールまでの道筋が見えた。こうなってしまえば、逃げるために警察の突入を待つ予定だったが、必要はない。むしろここまでくれば、警察が到達するまでの勝負だ。銃声は十分に響いている。誰かが通報しているはずだ。していなくても、春風が手をうっているはずだ。
警察が通報を受けてから到着するまではおおよそ一○分前後。体感で言えば残り六分程だ。
その間に勝負をつけてやる、と龍二は意気込む。
一階に残っているのは二名。跳弾で三人が倒れ、龍二の手で三人倒し、その後の発砲による跳弾で更に一人倒れた様だ。と、考えれば必然的に分かる。二階には一階より多くの一四名が配置されているらしい。
上から銃を乱射すれば容易く狩る事が出来るだろうという考えが見え見えだった。そうするなればせめて、ラインやロボットをどかしておけ、と思う龍二だった。
(後二人。余裕だな。二分で片付けて、あの気取った野郎の下に向かおう)




