2.get back the taste.―4
そんな少しばかり気まずい雰囲気が続いたまま進むと、街の外れに出た。まだ日は沈んでいない。辺りは太陽から振り降りる燦々爛々とした日光に照らされていて、港には働いている琢磨しい人々の姿もちらほらと見える。学生として夏休みを満喫している今、労働者を見ると少しだけ申し訳なく感じるのだった。
そこから更に港沿いに進んでいくと、ガラリと雰囲気は変わった。
昼間だというのに急に薄暗くなり、夏だというのに妙にじめっぽく感じるようになる。
廃工場だ。取り壊しが着手されていないのだろう。大分長い事放置されているようで、古ぼけたイメージが拭えない。海沿いにあるが、周りには何もない。だが、立ち入り禁止のフェンスや看板が見える。警備員はいない。それどころか近くに人影はない。近所、という場所まではかなりの距離があるが、どちらにせよ人々はここに近づかないようだ。そのために、ヤンキーやウルフのような馬鹿共の使用場所になってしまうのだろう。
「いかにも、って場所だねー」
春風はフェンス越しに廃工場を見上げて呆れた様にそう吐き出した。そのすぐ横で龍二は「そうだな」と静かに頷く。
一応と周りに人がいない事を確認して、二人はひょいと身軽にフェンスを乗り越える。よじ登るわけでなく、二、三のステップで華麗に飛び越える辺りが彼らだといえよう。
タン、と心地の良い足音が居心地の悪い場所に響く。
が、誰かが工場から出てくる様子はない。確かに音が届いたはずだが。どうやら、歓迎の姿勢でいるらしい。と、なれば工場内に罠が仕掛けてあると予想できる。
が、龍二はそうは思わなかった。
連中はどうしてでも神代の存在を確定して、その首を欲する。
龍二が本物の神代家である前に殺してしまえばその価値がなくなってしまう場合があるからだ。
二人は一応に辺りを警戒しながら、工場へと近づく。開けた土地だ。工場に近づくまでにスナイパーでもいなければ人の存在は確認できる。
工場にたどり着くまで、奇襲や攻撃は一切なかった。
十数秒で廃工場へとたどり着く。大きな工場だ。外観だけ見れば中でサッカー試合でも出来そうな広さである。が、外観はやはり古めかしくて、所々プラ板で修復した後も見える。
外から中の様子は伺えない。窓等の中が覗ける場所は全てベニヤ板で中から抑えられて、隠している。これはウルフ云々ではなく、廃墟になってからのモノであり、龍二が前回きた時からあるモノだ。
入口は唯一の正面玄関。両開きのガラス張りの扉だが、やはりガラスは砕けていて、安っぽさ万点のベニヤ版で塞がれていた。
一瞥して扉に仕掛けがないとある程度の確認を終えた所で、龍二が扉に手を伸ばし、思いき入り押して開ける。ギチギチと古ぼけた音が鳴りながら開かれるが、アクションは何もなかった。扉が開ききった所で、再び静寂が訪れる。
扉を開けた事で中に閉じ込められていた湿っぽさと古いオイルの匂いが香ってくる。二人が足を不見れると自重で入口の扉がしまった。無駄に錆び付いているからか締まる時に発生する音はそう大きくはなかった。だが閉鎖空間だ。音は確かに響いて、今ので確実に中にいる連中に存在は伝わっただろう。
入口部から更衣室であったであろう場所やお手洗い等のある通路を抜けて進むと、開けた場所へと出た。開けた、とは言ってもラインが整備されていたり、古ぼけた機械、ロボットが放置されているため、視界が悪い。それに明かりはついておらず、二階部分である壁を沿うように走る通路上の光景も確認できない。が、気配は確かに感じ取れた。複数名がその二階部分、そしてラインの影等に隠れているのがわかった。だが、今、攻撃してくる様子はないようで、龍二達は敢えて気づかない素振りをしながら進む、と、暫く進んだ所で、見つけた。
「ッ!! 日和!」
丁度この工場の中央。ラインが張り巡らせられるその隙間に、古ぼけた木製の椅子に縛り付けられた日和の姿を見つけた。
龍二は即座に駆け出し、機械等を飛び越えながらあっという間に日和のそばまでたどり着き、辺りを確認する事もなくナイフを取り出し、日和の体を縛る縄を素早く切り落とし、解放してやる。
見れば、体に傷はなく、衣服にも汚れはない。が、意識はない。だが、呼吸は確認できる。眠らされているだけの様だ。
「……春風」
龍二は日和を抱きかかえ、春風を呼ぶ。と、数秒もしないうちに春風が彼のすぐそば間で来た。
「…………、」
春風は何を指示されるか分かっているようで、黙ったまま側で立ち尽くした。
「日和を頼んだ」
そう言って龍二は日和の矮躯を春風に渡す。春風の予想はあたっていた。春風は黙って素直に日和を受け取る。春風も殺し屋だ。日和よりも小さな体だが、春風は容易く日和を肩に担いで見せる。
「まぁ、こうなるような気がしてたわよ」
呆れた様に言う春風。龍二に何を言い返した所で無駄だと分かっているのか、春風は異常に素直に踵を返し、ラインを飛び越えるのは難しいのか、日和の身柄を担いだまま、ラインの隙間を縫う様にして進んで行った。その際、敵からの攻撃がないよう、龍二は恐ろしいばかりの殺気を放っていたが、日和の身柄は龍二がここに残った事で既に必要ないと言わんばかりに敵はアクションを起こしてこなかった。
暫くして、春風の姿が見えなくなって、入口の扉がしまった音が工場内に響くと、龍二がまず声を上げた。
「……、早くしろ」
急かす言葉。そして、脅す言葉。片手に握ったナイフを逆手に持ち直してギロリとした鋭利な視線で辺りを一瞥する。
龍二にとって、日和の身の確保が最優先だったのだ。連中の相手は、二の次でしかないのだ。
龍二の言葉を聞いてか、やっと、相手からの動きがあった。
「神代か?」
どこからともなく声が聞こえてくる。気配は恐ろしい程にある。どこから声が聞こえているのか絞るのには時間がかかりそうだった。
「そうだっての。何を今更」
龍二は静かに返す。と、返事は返ってこなかった。代わりに、ガチャガチャと連続した音。銃器を構えるそんな音だった。同時、無数の影が姿を現す。未だ廃工場内に電気は通らないようで、明かりはない。天井の窓の隙間から僅かに差し込む光が微かに照らすのみで、影を影と判別するのに精一杯だった。
だが、数はなんとなく確認出来た。
――二三。
二三の影が現在、立ち上がっている。手はそれぞれ銃器を持ち、その先を工場の中心に立つ龍二に向けている。




