2.get back the taste.―2
一枚の紙切れ。下駄箱から引き抜いても何も起きないところを見ると罠ではないようだ。辺りを警戒したまま、龍二はその髪を手元に引き寄せて視線を落とす。
そこには、マジックで殴り書きされた文が書いてあった。
『挨拶は済ませた。次の金曜を楽しみにしておけ』
「どういう事だ?」
龍二は首を傾げる。
文から推測するに、連中は撤退したようだった。だが、まだ、安心は出来ない、と龍二は一応警戒を払いながら、校舎内を哨戒する事にした。
哨戒しながら、龍二は紙切れに書かれた文について考える。
(挨拶ってのが、今回の襲撃だとしても……連中、何しにきやがったんだ? 俺たちを脅かす様な真似だけして、実際にはほとんど何もしないで帰りやがったようだし……)
考えても考えても、先を読むことは出来なかった。
だが、そう悠々ともしていられない。『次の金曜を楽しみにしておけ』このセリフから、次の金曜日、連中が何かを仕掛けてくる事が予想できる。事前に防げるモノは防いでおきたいのが心情だ。
(何を仕掛けてくる気だ)
先を読む事はできないが、ともかく構えておく必要はあるな、と龍二は覚悟を決め、不自然な事情が生まれないように、哨戒を終えたら真っ直ぐ保健室へと向かったのだった。
9
そして、迎えた金曜日。それまでは本当に何事もなかった。視線もなければ、挑発も全くなかったのだ。どれだけ気を張って第六感を稼働させていようが、何も触れない程に何も起こらなかった。
「一緒に帰ろう!」
放課後、龍二をそう誘う日和の姿が龍二の席の前にあった。元気という言葉がぴったりな笑顔が素敵で、見上げる龍二も思わず笑顔を綻ばせてしまいそうになるが、
「ごめん。今日用事あるんだ。先帰っててくれ」
そう言って申し訳なさそうに断る。
仕方がなかった。今日は、ウルフの連中が何かを仕掛けてくる可能性がある。一度、生徒や教師に何もしなかったとはいえ、学校に潜り込む様な連中だ。一緒にいれば巻き込まれる可能性も否めない。どうしても、日和とは一緒にいる事が出来なかった。
「もう! 最近龍二私に冷たいよねー」
むぅ、とわざとらしい演技で起こった振りを見せる日和。が、心底ご立腹というわけではないようで、ある程度龍二にプレッシャーを与えたら満足したのか、極普通に帰っていったのだった。
日和に申し訳なさを感じながらも、龍二は立ち上がり、春風と合流する。
「一緒に帰るぞー」
言葉は気楽。
「うん」
だが、二人共恐ろしい程に警戒していた。
今日何かが起こると分かっているのだ。警戒を怠る理由等ない。
二人は適当に友人に挨拶し、教室を出る。出た先の廊下は帰路につこうとする生徒達で溢れていた。これだけ一般人がいる中での襲撃は流石にないだろう、とは思いつつも警戒は怠らずに二人は進む。時折他の生徒にカップルの様だとからかわれながらも適当にあしらって階段を下り、下駄箱までたどり着く。と、下駄箱もまた、生徒で溢れていた。
「学校内じゃ仕掛けてこないだろうな」
「そうだね」
二人はそう口にするが、やはり警戒は怠らない。
そのまま進み、商店街まで、何事もなくたどり着く。時間が時間という事もあってか、商店街はそれこそ一般人で溢れかえっていた。帰路に付く神崎高校や他校の生徒も数え切れない程見るし、仕事帰りと思われるサラリーマンが喫茶店や居酒屋を物色する姿も見れる。それに、買い物中の主婦なんかもかなり多い。
ここまでの開放的な場で、人混みの中となると、闇討ちを警戒しなければならない。
二人は緊張の生唾を飲み込みながら、できるだけ人が密集していない場所を選んで進んだ。
――そして、二人はあっという間に、自宅までたどり着いてしまったのだった。
自宅内に入る際も警戒は怠らなかった。だが、異変は何も感じられない。
あっという間だった。時間が経過するのは。
既に日も暮れた。それどころか、時計の針も0時を回っていて、金曜が、終わってしまったのだ。
「何もなかったな」
リビングでくつろぐ龍二はキッチンで夜食を作る春風に言う。二人ともパジャマ姿でいる所を見ると、入浴までできる余裕があった事が伺える。
「そうだね」
静かにそう言った春風は僅かに目を細めて、続ける。
「でも、本当に何もなかったのかな? あんな宣言をしといて」
「そうだな」
言った龍二は考える。考えて、答えた。
「俺達の認知の外で、何かが起きたって事か……?」
まさか、そんなはずは、と春風は思う。が、言葉にして返す事が出来なかった。春風はウルフが学校に入った事を龍二から聞いて知っている。そこまでした相手が、一般人を巻き込まないという確信は持てなかったのだ。
「……有り得ない話じゃないしな」
続けて呟いた龍二。そんな龍二に春風は僅かに声色を低くして返した。
「私達、学校に行かない方がいんじゃないかな?」
「…………、」
その突然だが、余りに的確過ぎる言葉に龍二はすぐには言葉を返せなかった。




