2.get back the taste.
2.get back the taste.
夏の暑さはどんどん強くなるばかりだった。夏休み前の七月。当然と言えば当然である。
龍二達三年生は残りわずかな単位の隙間を埋めるためだけに学校に来てるも同然。サボろうかとも思うようだが、後半楽をするために生徒のほとんどはしっかりと学校に通ってきている。
「おはよう」
「おはよ」
夏休み目前、この頃には春風も学校に大分馴染みだし、ある程度ではあるが春風は龍二の親戚なのだ、という嘘情報が定着してきた頃だった。その御蔭か、生活が僅かではあるがスムーズになってきていた。
そして礼二もまた、春風に慣れてきたようで、最初の頃の様にデレデレとはしなくなっていた。龍二の家に住んでいる事も把握して、龍二、礼二、日和、春風と一緒にいる事も多少は増えたようだった。
そして、問題のウルフ。後に春風に聞くと、やはり龍二達を追跡してきたあの男は、ウルフ所属の人間だという事。それなりに上の人間だが、春風はあまり知らないようで、キバの上か下かも分からない状態だった。龍二の推測では、キバよりも実力、権力ともにある人間だという。
始業前の外の景色を眺めながら、龍二は考えている。ここの所毎日だ。
何せ視線がないのだ。時折、龍二と春風だけの状況になればたまに感じ取る事があるが、それ以外ではほとんどない。それに、仕掛けてくる様子がない。これでこの前のファミレスでの一件での視線は挑発だと確信出来たが、今の現状はあまり理解出来なかった。
(何をしてんだ。探るには十分過ぎるだろうし。俺の正体もバレてんだ。監視する理由もよくわからん)
はぁ、と嘆息。
そして、そろそろ、『こちらから仕掛けるしかない』か、と覚悟を決めていた。いい加減、疎ましかったのだ。視線を感じ取れるため、本当にただ、単純に疎ましかったのだった。自身の周りから離れてくれない蚊を叩き殺す。その程度の感覚だった。
龍二は決めていたのだ。向かってくるモノは、蹴散らしてやろう、と。
それに、面倒なモノは早く片付けておかないと、遺品の件でも動き出す事が出来ない。
(武器の寿命が来る前に片付けないとな)
そうだった。戦うためには武器がいる。だが、肝心の武器が使えば使うほど寿命を削る一方なのだ。過去に仕事を現役で受けていた時期に武器は大分消費した。銃器は比較的弾さえあれば、という状況だが、ナイフ等の武器はどうしてもメンテナンスが出来ないため、既にボロボロだった。人を切り殺すくらいはなんともないが、いつ壊れてもおかしくはない状況なのだった。
早めにどちらかの型をつけなければならないという事だった。
「おう龍二ー」
「ん?」
不意に声をかけられ、顔を上げるとそこには前原雄介のにやけた顔があった。
顔を見て、思い出す。
(そういやこいつらを夏休み家に招待するんだったな……。それまでに、ウルフとの件を片付けたいモンだ)
「何だ?」
何か用か、と龍二が問うと、前原はまた一層笑みに深みを持たせ、こう言った。
「お前さ、春風と一緒に住んでるってマジなの? 今更だけど」
「マジ。親戚だし」そう言った龍二は春風が同居しているという話と、前原達が自宅に来るという話を結びつけて、続ける。「まぁ、余り期待すんなよ」
「期待なんかしてねーよ」
前原は意味深に周りを確認して、僅かに声のボリュームを抑えて囁く様に龍二に言う。
「でさ、今度のその集まりのメンバーに平がいるんだけど」
「何? アイツ春風に気でもあんの?」
前原の言葉を遮って龍二が先に問う。と、前原はまた辺りを確認してから、頷いた。
「気になってるみたいでよ、ちょっと喋る機会を与えてやりてーっつうか、春風さんもその、参加してくれないかなーって」
はぐらかす様に言う前原。アイツは殺し屋で危ない女だ、やめとけ、とは言えない龍二。龍二が参加するという事は春風も参加するしかない。ので、
「あぁ、言っとくよ」
龍二はそう答えた。すると前原は「さんきゅーな」と言って自分の席へと戻っていった。
前原が去っていったのを確認して、龍二は教室内で視線を動かして席で友人と談笑している平を見てみる。龍二とは普通の友人と言った関係の男だ。礼二のようにスポーツ少年だが、部活を終えてからも動いているようで、筋肉質で色黒なのが分かる。身長も高く、低く且つ、透き通る様な声が印象的で、モテる男だ。
(アイツが春風をねぇ……。あんまり喋ってる所をみた記憶がねぇけど)
ま、いいか。と、龍二は他人事と思い、また視線を外に流した。
――その時だった。
龍二のセンスが、反応する。
(来た……!!)
視線の主。感じ取ったのか、春風がなにもない様子を装って龍二のすぐ側にまで来た。
「来たね」
「あぁ、」
そう言いながら龍二が視線の主を探ろうと第六感をフルに稼働させて詮索すると――見つけた。
建物の影だ。あの日、キバが身を隠していた場所と同じだ。が、見つけたと同時、
「ッ、」
視線の主が増えた。一から二、三、四、五、とあっという間に増え出す。そして、数は一五まで登った。
「何するつもりだクソが……」
流石の龍二もこの状況には驚かざるを得なかった。春風も目を見開いて驚いていた。
まさか、と悪寒が走った。龍二は目を細め、連中が武器を持っているかどうか、確認しようとするが、視力だけでは限界だった。思わずくっそと吐き出してしまいたくなる。
「武器があるかどうか、分かるか?」
静かに問うが、春風は首を横に振る。
嫌な予感がした。まさか、そんな、有り得ない、と自身を疑わざるを得ない事態に陥っていた。
殺し屋は一般人を巻き込まない、協会所属であればなおさらそうなのだ。だが、今、龍二が予測しているのは――一般人がいる中での襲撃。




