1.open it.―21
そのコーナーはやはりか、人混みで溢れかえっていた。順番待ちの人間も多くいて、今から並んでもどこぞのアトラクションパークの如く一時間近く待たされるのでは、と思ってしまう程の行列が出来ていた。
「どうする?」
余りの人の多さに首を傾げて龍二に問う日和。日和はこの手のゲームが好きで、それなりにやりたい、という気持ちがあるようだが、行列が行列だけに悩んでいるようだ。
日和の問いに龍二は目の前を埋め尽くす程の行列を見て、悩む。どうするかな、と数秒考えた後、答える。
「流石に人が多すぎるな。ゲーセンにきた事自体が間違えなくらいだし……。ほかに何か空いてる台探しに行こうか。何かやりたいのあるか?」
「特にないな。適当に並ばないでできるのがあればいいよ」
日和もまた、暇が潰せればいいようで、そんな答えを出して龍二に着いて行く事にする。
龍二は了解と呟いた後、後ろに張り付く日和を時折確認しながら進み、適当にぶらぶらと歩いて人の少ない場所を探し出す。メダルゲームコーナーだった。
「「あぁ~」」
と二人のつまらなそうな声が喧騒の中で重なる。
コンシューマー専門ゲーマーの特徴とも言っても良い。メダルゲーム等の記録が残らないゲームやPC用のMMORPG等を苦手とするのだ。二人して目を合わせて、ここはないね、とアイコンタクトで確認して、二人はまた移動を始めた。
そして、結局たどり着いた先は、ゲームセンターの外だった。店内に比べればまだまだ人は少ないため、新鮮な空気を吸い直して少し胸がスッキリしたようだった。
「二人とも出てきたんだ」
胸をスッキリさせたばかりの二人に、声がかけられる。見てみると、バニラモナカのアイスを片手に頬張る春風の姿があった。ゲームセンターに馴染めないようで、皆ともはぐれてしまったため、外で待っていたようだ。やはり、彼女は逃げる気はないようだった。
そんな春風を龍二はとっくに信用しているようで、特別何も思わず、問うた。
「礼二はきたか?」
首を横に振って否定をみせる春風。春風の事だ。多少の人混みでも礼二が出てくれば見逃す事はないだろう。
と、そこで春風の手中にあるバニラモナカのアイスを見た日和が呟くようにいう。
「私もアイス食べたい。買いに行こう?」
その提案に龍二は頷く。喧騒から抜け出して外に出たは良いが、外は真夏、炎天下。暑くて叶わなかったのだった。
龍二は携帯を取り出して礼二にメールを入れ、三人でコンビニへと向かった。
コンビニでアイスと飲み物を買って外へと出ると、礼二がいた。おまけ付きだった。
「ちょ、俺何もしてないじゃないですか!!」
そんな礼二の悲鳴めいた弱々しい声が聞こえてくる。龍二も日和も春風も、あぁあ、と眉を潜める。そんな三人の視線の先には、五人の不良に絡まれる礼二の姿があった。
「何してんのさ、神崎君」
呆れた様に呟く春風。声色が少しだけ低くなっている辺り、本当に面倒だと思っているようだった。
「助ける?」
熟れたように日和が龍二に問う。が、
「あ、あぁ!! 龍二! 龍二! ちょっと助けてくれ!」
遠くからでもハッキリと龍二の存在に気付いた礼二が、不良の一人に胸ぐらを掴まれたまま片手を上げて大げさに振り、存在をアピールしながらSOS信号を送ってきたのだった。
無視する事ができなくなった。
面倒だな、本当に。そう心中で吐き出し、嘆息した龍二は仕方なしに不良共に近づいて行く。そして、気付いた。
(あいつらこの前のファミレスで絡んできた連中じゃねぇか……)
五人、勢ぞろいである。
龍二が近づいて来た事で不良達もまた龍二の存在に気づき、表情を僅かに強ばらせる。が、この前の接触では三年の不良がなだめた程度で終わったため、この邂逅では僅かに強気な不良達。早速、一人がニヤニヤと妙に不思議な気分になる様な笑みを浮かべながら龍二に向かって吐き出した。
「頭さんじゃねぇですかぁ。ご無沙汰ですねぇ」
嘲る様な口調から、あの時の三年が話した事を信じていないのだな、とすぐにわかった。この前は単に、年上の不良団体に気圧され、帰っただけなのだったと気づく。
「はぁ、お前らあんまり面倒な事すんなよ。いい年して」
呆れたように、面倒と言わんばかりに龍二は吐き出す。当然、龍二はこの程度の不良に絡まれたところで、やられやしない。それどころか怯んだ態度すら見せないだろう。が、不良達はそれを知らない。
龍二も面倒に思ってはいるが、幼馴染である礼二を放っておく事が出来なかった。
と、礼二を囲む不良連中が遠くで事を見守る春風と日和に気づく。
そこからは早かった。不良連中はゲスなモノで、礼二と龍二を片付けて二人を頂こうなんて阿呆な事を企て始める。そこに、『キレる』龍二。不良達が意気揚々と龍二達を路地裏へと連れ込む。周囲にはそれを見ていた一般人もとい野次馬がいたが、誰一人として止めようとするモノはいなかった。が、その中の数名が携帯を取り出して警察に連絡を入れようとする。
が、一応武器を携帯している龍二(使う事はないだろうが)。春風が大慌てで野次馬に止めに入る。「あの人拳法の達人だから大丈夫です」と適当な事を嘯いてなんとか場を収める。戻ると、日和が「拳法の達人ってマジ?」と真剣な表情で春風に迫ったのだった。
「へう」
一方、路地裏では礼二が不良に押し飛ばされ、路地裏の狭い建物の壁にぶつかってよろけた所だった。勢い付いた不良は龍二をも力ずくで路地裏に押し込む様に、背中を押す。押され、数歩歩く龍二。その間、彼は無言だったが、立ち止まった所で、一人の不良に胸ぐらを掴まれて脅されている礼二を無視して、言う。
「本当に春風達にちょっかい出す気か? 出さないってなら見逃してやるよ」
冷たく、言い放った。路地裏の湿っぽい雰囲気と妙にマッチした声色で、僅かに放たれる殺気と相まって一瞬不良を気圧す。だが、盛りづいた不良はプロよりも面倒だった。
「あぁ? 何よ。女に手ぇ出すならキレるって? 正義のヒーローかよ。カッコつけんなよバーカ」
盛る不良。だが、反応を見せない龍二。
「聞いてんだから答えろよ」
静かに、そうとだけ問い返す。
答えはなかった。
「あの不良達大丈夫かな」
日和が心配そうに春風に言う。路地裏からは悲鳴すら聞こえてこない。異常な状態だった。野次馬連中も心配そうに、時折路地裏を覗こうと首を伸ばしていたら――、出てきた。龍二だ。僅かに遅れて少しだけ衣服を汚した礼二が出てくる。せっかくのお洒落がもったいなかった。
龍二達が出てきて暫くしても、不良達は出てこなかった。
春風達と合流した龍二。龍二は辺りを一瞥して、近くにいた適当な野次馬に近づいて言う。
「救急車とかはいらないから。適当に開放してやってください」
そうとだけ言うと、龍二はまた春風達の下に戻って、行こうぜ、と少しだけ冷たく言い放つ。申し訳なさそうな礼二の表情はさておき、と歩きながら、春風が堂々と、問うた。
「あいつらどうしたの?」
余りに堂々と聞くものだから、龍二は一応に辺りの様子を確認して、周りには聞こえないように答える。
「なに、あいつらが来てる服脱がして縛って動けないようにしてやっただけだよ」
「全員?」
「全員」
その会話を聞いていた日和がひょいと首を伸ばして日和が問うてきた。
「今回はそんな優しい処遇で済んだんだ」
前にあった、拉致騒動の件と比べての発言だろう。
「別に、礼二にちょっかいだしただけだしな。痛めつけて思い知らせる必要もないだろ?」
「でも、復讐とかあるんじゃない? あぁいう人種は痛めつけないと分からないモノだよ?」
ひょい、と春風がからかう様に突っ込む。が、龍二は特別気にする様子もなく、
「その時はその時だ」
そう言って、礼二を励ますことに専念し始めた。礼二は自分の不甲斐なさと春風の前でみっともない姿を晒した事に悔やんでいるようで、めそめそとしていたのだ。お前は悪くない、と龍二は必死に励まし続けた。
龍二は事あるごとに、その時はその時だ、と話を締める。これは、彼のどんな状況になっても乗り越えてやる、という性格の現れである。そのため、今回のウルフの件や今までの事で面倒な事態に陥りがちだが、その都度なんとかしてきたのだ。
だから、今回も、
「ッ、」
龍二は気付いた。春風も、だ。
「まぁ、なんだ。お前が気に病む事じゃねぇよ。あの不良前も絡んできたしな」
そう礼二に語りかけながら、春風とアイコンタクトを取る龍二。春風も気づいていて、日和と話しながらも龍二と視線を一度重ねる。
そう、この二人だけが気づくモノとは――意味のある視線。




