1.open it.―17
(さて、何処に向かいやがる気なんだ……?)
龍二も自身の支度をあっという間に終わらせて、春風の部屋へと戻る。春風も準備が終わっていたようで、すぐに龍二と合流して玄関から飛び出す。
「どこに向かうと思う?」
早歩きで歩を進めながら、春風が問う。装備は普通だ。夜中と言えどミッション以外の用で、事前の
ブリーフィングもない。他人に目撃される事を想定しての極普通の服だった。一応動きやすさは考慮されているだろうが、見た目からそこまでは感じ取れない。服装の面では龍二も同様だった。もとより大した装備は持ってきていない。ここ最近の騒動である程度の装備は持ち歩くようにしてはいるが、本当に『大した』事はない、装備だ。制服の下に隠したその装備の感触を確かめながら、龍二は返す。
「恐らくは学校だろうな。この移動は痺れを切らせた誘導だと思う。勿論、痺れを切らせたわけじゃなく、俺の存在に気づいての敢えての誘導の可能性もあるだろうからな」
何にせよ、相手が近づいてくる龍二に気づけばハッキリするだろう。そう思いながら、龍二は進む。
マンションを出て、そこからは走り出す二人。まだ、キバの気配は察知できそうにない。
向かう先は毎日のように通う神崎高校。あっという間に到達する事ができた。
そこで、気づく。
夜中という事で完全に閉鎖された正門を乗り越えると、一気に二人にのしかかる見えない重圧。殺気という奴だ。第六感という非科学的で科学的なセンスが辺り一帯に漂う殺気を確かに察知する。
いるな。と二人は確信した。そして、見ているな、と気づく。どこだ、と辺りを見回す。殺気は辺り一帯に漂うように張り詰められていて、放っている本人の居場所をそれだけで特定するのは難しい。それに、今度こそ『本気』なのか、殺気を放っていながら完全に気配を絶っている。
あぁ、もう面倒だ。龍二はそう心中で吐き出した。
そもそも、どうにかできる、と思ったのが間違いだ、と自虐する。
敵に神代の存在がバレる、だとか、龍二がまた、殺し屋の世界に戻ってしまう、だとか――今更。
(春風と出会っちまってから、その時から既に俺ぁもう戻ってるっての! 今更逃げんな畜生が)
ふっきれた瞬間だった。遺品だから、と殺しの道具を捨てなかった事も、いや、もっと前から、既に、こうなる事はわかっていた。事実、今、龍二は、殺しの世界に戻っている。
「春風」
「何かな?」
「もう面倒になってきた。キバってのを殺すわ」
「また突然だね……」
呆れたように、やれやれ、と春風。吐き出す嘆息も演技めいていて、もうその突然な行動にも慣れましたよ、とでも言いたげな表情を浮かべていた。
で、どうするの? という春風に龍二は先にそびえ立つ校舎を見据えて答える。
「……お前、帰っていいよ。俺一人でやるわ」
「はい?」
また変な事を言い出したよ、と呆れたように目を細める春風。だが、龍二は校舎から視線を逸らさず、ただ、静かに返す。
「なぁに、明日からまた普通に学校に通えるようにしてやるってだけだ」
「明日休みですけど」
「そういうなって」
厳しいツッコミを入れる春風に龍二はやっと目を向けた。勘弁してくれよ、というげんなりした表情だった。が、すぐに持ち直す。そんな龍二に春風は、はぁ、と嘆息して、
「分かりましたよー。こうやってすぐに目を離したりして、私が裏切っても知らないからね」
「今更ウルフに戻れる立場でもないだろう?」
「ウルフ以外の協会所属の殺し屋団体に垂れ込むかもよ?」
「そん時はそん時だ」
笑う龍二。言葉にこそしないが、なんだかんだで龍二は春風がそんな事をするはずがない、と思っているようだ。まだ付き合いは浅い、正確には、この状況でそんな事は出来ないだろう、という考えがあるのだろうが、形としては間違っていない。
はいはい、となんだかんだで背中を見せて去ってゆく春風。そんな春風を気配で見送った龍二は、視線をゆっくりと上に上げる。見据える先は闇夜に溶けた校舎屋上。
「カッコつけてそんな場所に構えやがって」
口角を僅かに釣り上げて密かに笑んだ龍二は、歩き出した。闇夜に溶けて視認できないが、屋上では腕を組んで校庭を見下ろすキバの姿があった。
ぎぃい、と扉が軋む音が闇夜に響く。昼間だと感じる事の出来ない音だったな、と思いながら龍二は屋上へと足を踏み入れた。その瞬間、鋭利な音と共に鋭い何かが龍二に襲いかかったのだが、龍二は何事もなかったかのように首の動きだけでソレを避け、夜の風が涼しい屋上の中央に陣取る男の影と向き合う。
「よう」
罠は仕掛けてきたが、すぐに攻撃を仕掛けてこない、と察した龍二は適当な挨拶を投げかけて数歩進む。進みながら、また続ける。
「校内のセキュリティを切るくらいはできるってか。やるねぇ、協会所属の使いっぱしりのくせに」
敢えて放つ挑発の言葉。その言葉を吐き出しきったと同時、龍二の足は止まる。屋上の中央に陣取る男、キバとの距離は四メートル弱に縮まっていた。
挑発する龍二だが、キバは乗らない。
「威勢のいいことだ。その歳のガキにしちゃ十分。流石は……神代の人間だ」
ふっ、と僅かに笑う気配が察知できた。
「なるほどね。やっぱり俺の存在の情報が出回り始めてるってのか」
こうも簡単にこの事実を得る事ができてよいのか、と思いながらも龍二は感じ取る。協会の方で、何かが動き始めているのだな、と。




