1.open it.―16
春風は、まったく、と頭を抱える。
「どうしてこう、奇抜な行動しかできないの?」
「あはは。まぁ見逃してやってくれ」
笑っていう龍二。
春風も龍二は考えて行動しているとわかっているからか、それ以上は何も言わず、ただ
了承した。
「同じ布団には入れないから」
「了解了解」
同じ布団には入れない、と言いつつも同じ部屋で寝る事には了承した春風。廊下入ってすぐに見える部屋。春風はベッドに潜り込み、龍二はそのすぐ側に敷かれた簡素な布団に寝転がっていた。時刻は二三時頃で、部屋の電気は消してある。
「まだ、いるな。忍耐強い奴だ」
暗闇の中で龍二の声が微かに響く。
「そうだね」
続いて春風の声だ。
二人が感じ取っている通り、まだ、キバの気配は春風自宅の前にある。催す事すらないのか、彼の存在は最初に確認した時から全く動こうとしなかった。最近では腸や膀胱の活動を薬で止め、便意を抑える方法なんかもある。だが、この長い時間動かずにいる事ができる、というのは素直に評価しても良いな、と龍二は思っていた。
(これだけのスキルを持った人間だっているのに、なんでウルフは春風をわざわざよこしたのか。別に、ターゲット自体は神崎高校に居たわけじゃない。キバみたいなのが直接下調べをすりゃよかった気がするが……)
そう龍二が疑問に思っていると、ふいに、
「あのさ、神代君」
春風が小さな声を掛けた。
「何だ?」
同じように、龍二が静かに返すと、春風は嘆息混じりに答える。
「言ってなかったんだけど」
「何を?」
このタイミングで何を言うつもりだ、と警戒する龍二。部屋を確認する。真っ暗で、カーテンの隙間から僅かに差し込む光以外の明かりが全くない状態。既にある程度目が慣れ、もし春風が殺しにかかってきても動ける程度には構えられる状態。春風には、勝目のない状態だ。
(春風もそんくらいわかってるだろうに。って事は、何を?)
あからさまに変なタイミングでの春風の報告に無駄に緊張する龍二だが、
「実はね、あの殺しには、『オプション』があったの」
「何個?」
「一つ」
「内容は?」
しまった、と龍二は思った。これは、龍二が今まで『野良』として活動してきた事が原因するミスだ。
オプションとは、殺しの依頼があった際に、ターゲットを殺す、という目的以外に付加される特別な依頼の事だ。オプションがつく依頼はオプション分の入金があり、更に、協会から引かれる分」が少ないため、良い金になるのだ。
だが、そんなオプション制度を確立して使っているのは協会参加の殺し屋だけなのだ。希に、元協会所属だった殺し屋や、堅物の殺し屋が使うが、基本的に野良にオプション制度はない。口約束で「はい」と了解するくらいのモノだ。
それに、龍二は今はもう、殺し屋ではない。そのために、こんな些細なミスをしてしまったのだろう。
「君程の人間が聞かなかったから、別に言わなくてもいいかな、なんて思ったんだけど、一応。言っとくね」
春風もまた、龍二がミスをするような人間だとは思っていなかったようだ。
「神崎高校に殺し屋がいるから、見つけられそうなら見つけてこいってさ」
「ちなみに、その情報はどこから?」
「わからない。前も言ったけど、私はあくまで下っ端だからね」
不思議な話だ、と龍二は思う。考えれば答えはすぐに出る。神崎高校に殺し屋、それを指すのは自分の事だ、と。龍二は殺し屋だ。もし、自分のそんな身近に殺し屋が入れば、気づかないはずがない、と。
(俺の存在がバレてるのか? いや、だが今の今まで何もなかったんだ。協会連中は何を考えて……)
と、そこまで考えた時だった。龍二と春風の第六感が反応する。
「動いた」
キバが、動きを見せた瞬間だった。二人の会話は自然と止まり、二人共キバの気配に集中する。
聞こえないはずの足音、心臓の鼓動、人間が発している体温がすべて手に取るように分かる。
と、キバが動いた方向が確認できた。
「マンションから、出てるな」
「そうだね」
ついに我慢大会も終わったか、と一瞬思うのだが、すぐに違うと気づけた。
龍二は即座に上体を起こし、僅かに声を荒げて言う。
「俺ン家に戻るぞ」
「え?」
春風はまだ理解していないようだが、龍二が言うんだから何かある、と気づいてすぐにベッドから飛び出し、部屋で身支度に掛かった。龍二は一応、と部屋から出てリビングへと向かい、リビングの電気を付けてカーテンを開き、外の様子を伺う。窓の向こうには通りが見えるが、既にキバの姿は見えなくなっていた。挙句、気配を感じ取る事の出来ない距離にまで、離れているらしい。
(急がないとな)
龍二は予測したのだ。
ウルフにせよ、協会にせよ、誰かが神代龍二という存在を知る。そのため、いるであろう学校での調査が必要になる。偶然あった依頼に学生としても不思議ではない春風を転入生として潜入させ、オプションといい、そこまで重要でないと思わせながら仕事をさせる。そして、偶然ではあるが、こうして殺し屋が見つかった。
そこまで考えればすぐに分かる。
キバは神代家、もしくは龍二が殺し屋だ、気づいて、何か『余計な事』をしに向かったのだ、と。




