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1.open it.―14


 二人が暫く様子を伺っていると、その人影は建物の影に隠れるようにして姿を消した。暫く様子を伺ってみたが、影が再び出てくる様子はなかった。

「ありゃ完全にお前の事に気付いてるな。『アイリス』」

 龍二が冗談めいた事を言う。

「もう。その名前で呼ばないでよ」

 春風は怒ったようなフリをしながら、窓の側から離れた。

 アイリスとは、春風のウルフでの名前である。聞いたところ、春風桃という名前も本物でなければ、本名自体存在しないらしい。そのため、龍二は彼女をその場その場の適当な名前で呼ぶ事にしている。

「まぁ、仕掛けるにも俺が常に付き添ってる状態だ。どうしようもないだろうさ」

「問題はそこじゃないでしょ?」

 窓際から龍二も離れる。

 朝の静かな教室には妙な雰囲気が流れている。そろそろ、生徒達が来る時間だ。

「私が借りてた家はもう調べられてるだろうね。まぁ、まだ二日目、生活痕は判別出来ないだろうからまだいいだろうけど、後で確信にいたる証拠にはなるだろうね。問題は放課後だよ」

 そう言った春風は自身の席に着く。隣の礼二の席を何か意味ありげな視線で一瞥した後、続ける。

「私が神代の表札がある家に入ったのを見たら、ウルフの連中も流石に疑うわよ。あの神代家がなにか噛んでいるんじゃないかってね」

「そうだな。流石に、な」

 龍二も自分の席に腰を下ろす。まだ、他の生徒は来ていない。声はしっかりと届く。二人は自分の席に座ったまま話しを続けた。

「っていうか、多分自分達の依頼って事にして龍二の家滅茶苦茶にあらされるだろうね。そんで、私達も殺されるんだろうけど」

「殺されやしねぇよ。武器がねぇからってウルフなんぞに負けるか」

 龍二は昨日の内に春風からウルフについての情報を聞きだせるだけ聞き出した。そのため、ある程度の知識は持っている。

 と、ここで朝早くから登校してきた生徒が入ってきた。

「あれ、早いのね。二人共」

 入ってきたのは優等生、クラス委員長の『篠原桐江しのはらきりえ』だった。肩甲骨辺りまで伸びた真っ直ぐな黒髪と少し大人びた赤縁の眼鏡、それに良く合った怜悧な顔が印象的なクールビューティーとでも言うか、同年代にしては大人びた印象のある女だ。

 龍二と春風も気さくな挨拶を返す。と、篠原は会釈をした後、すぐに自分の席へと向かって今日の予習か、教科書とノート、それに参考書なんかまで広げて勉強を始めた。優等生と称されるだけはある様だ。

 そこで会話は終わる。二人がまともに会話をしだしたのは昨日だ。声を出せない場合での意思の伝達手段は用意していない。それに、龍二は急ぐ事もないか、とでも思っているのか、そのまま適当に時間を過ごしたのだった。




 朝。始業直前に礼二は欠伸をしながらやってきた。昨日の記憶は曖昧なのか、僅かに複雑そうな表情を浮かべながら、隣の席の春風に挨拶をし、龍二や日和に会釈をして、自身の席に腰を下ろした。授業の準備をして、ぼけっとしている。

(礼二、昨日の事どう思ってんだろうな)

 昨日、礼二を気絶させたのは龍二だ。その後、一応教室に移動させておいたが、礼二からすれば気付かぬ間に教室にいた状態である。困惑しないわけがないだろう。

 ごめんな、と心中で謝りつつ、龍二は授業が始まるのを待った。

 そしていつも通りに無駄か無駄ではないか分からない時間を過ごした龍二達は、放課後を向かえる。

 春風が友達達に挨拶し、先に教室を出る。そのすぐ後に、龍二も続こうとするのだが、

「龍二、今日暇?」

 龍二を呼び止める声。目の前に、日和の笑顔。

「ん? んー、まぁ、暇かな。多分」

 この前断った事を気に掛けているのか、龍二はついつい曖昧な答えを出してしまう。心中ではおお焦りだ。春風から、先程二人が見ていた影が春風の上司だと聞いている。もし、春風一人の時にその影――『キバ』が接触でもしたら、春風は最悪、殺されてしまうだろう。

 こんな細かいところでも、殺し屋を辞め、日常生活に長く浸かりすぎたデメリットを感じてしまう。今、龍二は、殺し屋よりの人間に戻りつつあるのだ。

「何か用か?」

「晩御飯って、ママが」

「あぁ、成る程。行くから。ありがとな」

「うん。じゃあね」

 どうやら円からの晩御飯のお誘いだったらしい。龍二が快諾すると、日和は適当な挨拶をして教室を去って行った。廊下で友人と合流している所を見ると、これから友人達とお出かけのようだ。

 いそがないと、そう思い。龍二は途中で声を掛けようとしてきた礼二を敢えて無視し、廊下へと飛び出る。が、春風の姿はない。

(一応、ついてこないようだったら下駄箱周辺の人がいる所で待っとけとは言ってあるが……昨日捕まえたばかりの相手だ。逃げ出されてる可能性もあるな)

 そう、龍二が危惧していたのは、春風の逃走だ。彼等の関係はまだまだ長くない。云わば敵対する者同士だったのだ。龍二が見る限り、春風の裏切りはないと見えるが、実際どうなるかはわからない。わかりやしない。

 くそ、と心中で吐き出して、龍二は廊下を抜ける足を速める。

 ――だが、心配は要らなかったようだ。

「遅い」

 少しだけむくれた春風は、下駄箱によりかかって龍二を待っていたのだった。あざとく頬を膨らませる春風。見た目がいいだけに更に栄えて見え、その場に居た男子数名が春風に視線を向けたのが分かった。

「悪い悪い」

 龍二がそう言うと、男子共の視線は龍二に一度移り、またどこか別の場所へと飛んで行った。傍から見れば二人はカップル同然だろう。さらにこの後一緒に、一緒の場所に帰るのだ、そこまで見られてしまえば翌日、学校中が龍二と春風の話題に包まれるだろう。そう思った龍二は春風との関係の言い訳を考えておかないとな、と思うのだった。

 行くぞ、と龍二が春風に付き添って学校を出る。まだ、キバからの接触はないようだ。

 二人は素振りを見せないまま、辺りを警戒し、進む。

「…………、」

 気配を消しているのか、それとも近くにいないのか、何も感じ取る事が出来ないまま、二人はいつもの並木道の商店街に到達する。そして、暫く進んだところで、

「ちょっといいかな?」

 声が掛けられた。

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