1.open it.―11
春風はひたすら、ただ、龍二を見上げるしかなかった。視界に入れ、一応の警戒をするが、どれだけ警戒したところで殺意どころか敵意すら感じ取れず、拍子抜けしてしまう。そんな不気味で、不思議な雰囲気に完全に呑まれていた。
――神代家は協会の殺し屋が殲滅。
この事実は、春風が頷いたのを見て分かる通り、事実だ。
龍二の両親は今、いない。その事実が、これだ。
――協会。
そもそもの知識として必要なのが、協会という存在。殺し屋の種類だ。殺し屋は大きく分けて二種類に分類される。先程龍二が吐き出すように春風に言った『協会所属』と、『野良』だ。野良は、言葉から想像出来る通り、『協会に所属していない殺し屋』を指す。そして、協会所属は、言葉そのまま、『協会に所属している殺し屋』を指す。
協会。正式名称はない。存在を知る者達は『殺し屋協会』や、『裏の協会』等好き勝手に名前を付けて隠語で存在を指す。度々使われる『協会』という部分だけが公式になり、協会、と総称される、『殺し屋を纏める組織』だ。
神代家は、『野良』だった。
だが、神代家、と呼ばれるくらいで、その存在は協会にとっても脅威になる程の力を持っていた。今の龍二を見ればはっきりと分かるだろう。現在、協会に所属する――正確に言えば協会に所属するウルフという殺し屋集団に属した――春風を、今、殺し屋として活動していない龍二が春風を容易くいなしたのだ。それだけの力を持っていたのだ。
そんな神代家は協会から長い事勧誘を受けていた。協会に所属しないか、と、だ。理由は簡単だ。強大な力を野放しには出来ない、また、強大な力を保持していたい、という協会側の理由である。神代家はそれを断り続けた。故に、時間を掛け、協会とは敵対関係となったのだ。
殺し屋の世界でも当然、実力が高ければ高い程仕事が回ってくる。
協会は仕事の斡旋を所属する組織や個人にしてくれる。だが、報酬カットは当然、様々な制約をつけるのだ。
何もせずとも多額の報酬が掛かった依頼が回ってくる神代家が、協会に所属するメリットはなかった。
事実、親戚の援助を受けて生活している、という建前の龍二だが、実際は自分で受注した『ある大きな仕事』で稼いだ金で生活しているのだ。
協会に所属せず、敵対し続けた事で問題も出てきた。協会所属の殺し屋、または殺し屋団体は協会に所属するための制約として争い、つまりは殺し合いを禁止してきた。所属していない、という事は言葉そのまま、敵を増やすという事に繋がった。ただでさえ、争いの激しい野良だ。実力が高ければ高い程名が売れ、仕事も回ってくるが、その分敵にも認知されるようになる。
つまり、神代家は多くの殺し屋に狙われていたのだ。
神代家程の名前を討ち取れば、名が挙がり、仕事も増える。実力が証明され、大きな顔だって出来る。そんな甘い考えで衝突してきた殺し屋は数え切れない程居ただろう。その全てを退けて来た事は、龍二という存在が証明している。
そこまでの力を持った神代家が、協会に殲滅された『ことになっている』。
神代家の力を考えれば、在り得ない。だが、そうなっている。
この嘘みたいな現状には当然事情があった。
それは龍二という存在だ。いくら殺し屋とは言え、実の息子を巻き込む気はなかったのだろう。龍二の中学の卒業式。龍二はついに全てを打ち明けられ、自分の身を守るために、と神代家の技術を叩き込まれる事となった。
それから二年が経過した時だった。
龍二の両親は、協会と『話しをしてくる』といって、二度と帰ってこなかった。その後、彼等二人の葬式が始まり、両親を失った、という状態になったのだ。
両親の最後の抵抗なのか、そこは定かではないが、協会は神代家の殲滅を協会所属の殺し屋に発表した。そして、龍二は協会から狙われない状態になったのだ。
「協会が、貴方の存在を隠す理由は?」
「知らないね。親父達が俺を守ろうとして死ぬ間際に教会に頼んだんじゃねぇの? 俺は実際、身を守る術、として神代家の技術を叩き込まれたわけで、あいつは殺し屋としての仕事はしないから、とかいって納得させたんだろ」
龍二の言葉に、春風は眉を顰めた。暫しの沈黙、その間に考えでもしたのか、春風は、でも、と言う。
「でもさ、実際、神代家はたった二人でも協会所属の殺し屋を殲滅できる程の力があるって聞いた事あるよ。今の神代君の言葉を聞くとさ、その……ご両親は、神代君を守るためにわざと殺されたように思うけど」
「…………、」
一瞬の気まずい間。だが、すぐに龍二は嘆息と共に応えた。
「どうだろうな。まぁ、過ぎた事だし、今不便してないから、どうでもいいんだけど」
言い切ると、龍二は「そんな事より、」と話しを変えるように表情を明るくし、春風に悪そうな笑みを向けて、
「どうだ。野良にならないか?」
「はい!?」
余りに短絡的に、言い切った。
つまりはこうだ。――『ウルフとやらを抜けて、俺に付かないか』という事。
突然の勧誘に驚きを隠せない春風。手にしたグラスをテーブルに叩きつけるように置き、中の紅茶が跳ねるのも気にせず、予想以上の大音声で緊張を表す。
「何いってるのさ!? 神代君殺し屋やってないって言ってたじゃないの!?」
春風の言う事は尤もだ。近所に響くかも、と思える程の声を上げて『殺し屋』なんて台詞を発した春風は、時間を置いてからそのミスに気付き、突如としてシュンと大人しくなる。
そんな春風に龍二は「当然の如く防音だから心配するなよ」と言って、ふと、席から立ち上がった。何をする気なのか、と若干不安そうな表情で見上げる春風に何か意味を含めた一瞥を送った龍二は、リビングを歩きながら、得意げに語り始めた。
「正直に言えば、金には困ってない。それも、使い方によっちゃ一生仕事しなくてもいいくらいに蓄えはある。そして今、殺し屋やってねぇのも確かだよ。……でもな、やらなきゃいけない事があるのもまた事実。殺し屋は、『二人で一人だろ?』」
龍二はそこまで言った所で、振り返り、春風の唖然として間抜けな表情を見る。龍二は笑んでいる。だが、その笑みが不思議なのだろうか、春風は間抜けにも口を開きっぱなしにして、呆然と話しを聞いているだけだった。
殺し屋には武器が必要だ。武器とは様々なモノがあり、状況に応じて使い方や使う物を分けなければならないのは想像が容易いだろう。殺し屋には武器が必須なのだ。それも、大量の、モノが。
だが、実働しながら武器のメンテナンスまでするのは難しい。そのため、殺し屋には実際に目的を殺す実働役と、武器の管理や下調べ等をする後援役があり、その二人で一人、という殺し屋内での常識があるのだ。それが、今、龍二が言った二人で一人、の言葉の意味である。
「だから何? わ、私は見ての通り、実働だから、後援なんて出来ないよ?」
相変わらず春風の挙動は不信だ。だが、ここばかりはしっかりと応えた。
通常、殺し屋となるために、それに、実際に働いているうちに、実働、後援とどちらの仕事も覚えるモノだ。だが、やはり、専門でやっている人間には叶うことがない。春風は、礼二を襲ったように、実働役を担当している。実働役を、あの神代家の後援役になど、誰もが拒む様な話しだった。
だが、龍二は笑って、
「そういうわけじゃない。俺はただ、協力者が欲しいんだよ」
そう気楽に言って、何故なのか、右足を僅かに、浮かす程度に持ち上げた。




