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1.open it.―10

 それこそ、一瞬だった。春風の反応はない。ただ、視界の隅に龍二らしき影が見えたという認識が遅れて届くのみ。

 ガン、と鈍い音が風を押し退けて響いた。

 気付けば、宙を舞うナイフが二本。春風の手中には、何も見当たらない。

「っ!!」

 そこで、やっと、春風は自身の危機的状況を実感する。だが、春風の思考がそこに到達するまでに、龍二は人の倍動けていただろう。それを証明するかの如く、龍二の手は既に春風の首に回されていて、そして、気付けば、春風の背後に回っている龍二の影。

 龍二の左手は春風の左腕を抑え、背後に回し、右手は首を絞め、という拘束だ。どこで学んだのか、と問いたい程に手早い拘束であった。

「うぅ……」

 春風の右手は開いている。だが、動かせないのだ。

 カランカラン、と宙を舞っていたナイフが屋上のコンクリートの床に叩きつけられる様に落ちる。同時、龍二は囁くように言う。

「動くなよ。言った通り、もう殺しはしないんだ」

 恐ろしい力だった。見て分かる通り、春風は今、この神埼高校に『仕事』に来ていた現役の殺し屋だ。それを、容易くいなしてしまう程の力。圧倒的な力。

「どうせ殺すんでしょ」

「しないっての」

 春風は振り向く事も出来ない。そして、諦めている様だ。春風は殺し屋だ。それも、現役の。故に、彼女は分かっている。この拘束が逃れる事が出来ない、という事。そして、龍二はたった僅かな動きで、春風を『殺せる』という事。

 歯噛みし、強がる以外になかったのだ。

「ふふ、」

 ふいに、

「はははははは!」

 春風は甲高い笑い声を上げた。校庭まで響いてしまいそうな程の大音声だったが、吹き荒れる強風が流し、龍二以外には聞こえていない。

「何だっての」

 突然の豹変に眉を顰めながら問う龍二。当然、その間も拘束は解けやしない。故に、春風は振り返らず、ただ、口元だけに笑みを貼り付けた不気味な表情で、視線を足元の少し先のコンクリートに落としたまま、嘲る様に吐き出す。

「そういえば、『神代』君、だったね。殺し屋の神代……辞めたと言って現役を凌ぐその腕前……」

「うるせぇ。お前の言う『神代』は死んだっての」

 冷たい返事だ。応えない、と察知した春風はそこで押し黙る。と、龍二が「それより、」と話し始めた。

「お前、『協会所属』か? 目的は……ベルベットのアレか。副校長の息子とやらだな」

 龍二の問いに、春風は小さく「そうだよ」と言う。

 ここまでハッキリすればもう先も分かるだろう。春風は『協会』から、この学校の副校長の息子を殺すために派遣された殺し屋だったのだ。より詳細な情報を得るため、この神埼高校に入学し、親族である副校長にも近づいたのだろう。

「チームは? 殺しの理由は?」

 龍二の質問は続く。

「ウルフ。理由は――今回のターゲット『飯田真一』が、調子に乗ってたから、ってところ」

「調子に乗ってた。というと?」

「聞くんだね。まぁいいけど」

 はぁ、とこの場にそぐわない艶かしい溜息を吐き出した後、話し始めた。

「実はこの依頼は依頼主がウチのチームなんだよね。と、いうのも、ターゲットが前にウチに仕事の依頼を人づてでしてきた事があったらしいのね。私はその時はまだ、殺しなんてやってなかったから知らないけど。で、そこでターゲットは調子にのっちゃったんでしょうね。自分が仲介人として手数料を取りながら、殺し屋としてウルフの事を教えていたらしいの。そりゃ困るよね。いくら『協会所属』でも、公に出来ない存在なんだから。勝手にそんな事されちゃ隠れた組織の意味もないよね。だから、殺したの」

 声色は暗い。吐き出すような言葉に龍二は眉を顰めたまま動かなかった。

 そんな龍二を知ってか知らずか、春風は続ける。

「まぁでも貴方なら分かるでしょ? こういう依頼は結構多いよね。誓約書まで書かせて暫くは監視も付けるって脅してあるのに、馬鹿な人間はこうやって失敗して自分の首を絞める。そう、良くある依頼だから、私みたいなデヴューしたての殺し屋が差し向けられるのよ。今回は偶然、学校の副校長の息子がターゲットだったって事もあったから若い私が出たってのもあるけど」

 そこまで言い切って、押し黙る春風。さぁ殺せ、とでも言ってるかのようだった。

 だが、龍二はここで、春風の拘束を解いた。そして、距離を取るように軽く背中を押してよろめかせる。

 おっと、なんて言いながら解放された春風は数歩進んで、振り返る。そうして龍二に見せた表情は『驚き』。足元に飛ばされたナイフ二本が落ちているが、拾う余裕もない程に、驚いていたのだった。

「え、何で?」

 春風にとってこの展開は予想外だったか、目を見開いてただ、龍二の訝しげな表情を見上げる。

「理由は分かった。まぁスッキリしたしいいや」

 そう何げなしに言い切った龍二は表情を普段の、『高校生』としてのモノへと戻して、――笑んだ。

「で、お前、これからどうすんだよ? 任務は一応成功したしウルフとやらに戻るか? でも、『俺を見つけたわけだしな』。俺がお前を帰すわけにはいかない……」

 そう言う龍二。何か事情があるようだ。龍二の存在、それ自体に何かとんでもない意味が込められているようだが、今聞けた言葉だけではそれを判断する事は出来そうにない。

「へ、え? じゃあ何で殺さなかったの?」

 首を傾げる春風。当然だ。知られたくないモノを知られた。知ってしまった相手を拘束するまで至ったというのに解放した。だが、その後に困ったような顔をする。殺し屋である春風には、理解の及ばない境地だった。

 が、龍二の表情は笑み。まるで、困っていないようでもある。

 首を傾げる春風からはもう、言葉は出てこない。本人がどうすれば良いのか判らず、混乱しているからだ。足元に武器があるというのに、目の前の龍二は警戒の素振りを見せないし、自身を殺そうともしない。春風は、混乱していた。

 そんな春風に、龍二は至って気楽に言う。

「どうせ、ウルフが用意した仮の住まいでも借りてそこに住んでんだろ?」

 そう言うと、春風は困惑し、僅かに声をどもらせながらも頷いて応える。と、龍二は何故なのか、安心した様にこう誘う。

「よし。俺としてもまぁ、俺の事をウルフとやらに伝えられたら困るしな。とりあえず話したいことも沢山ある。今から俺ン家に来いよ」

「へ!?」




 呆然とするしかなかったのは当然春風だ。

 ここは神代家のリビング。四人掛けのテーブルセットに腰を下ろし、目の前には龍二が出した冷たい紅茶とちょっとした洋菓子。そこから少し視線を上げれば、アイスティーを美味しそうに、咽喉を鳴らせながら呑む龍二の姿。ある意味、不気味だった。先程まで殺す殺さないの駆け引きをしていたはずの相手と、その相手の自宅でお茶など、不気味としか思えなかった。

 春風は勘繰る。龍二は何がしたいのか、何が目的で自身を自宅に招いたのか。不思議でしかたがなかった。そもそも、龍二の存在は春風に知られては面倒なモノ、であるはずだ。であるのに、自宅の場所まで教えるとは如何に。

 紅茶の入ったグラスを置いて、龍二は緊張で視線が右往左往している春風に話しかける。

「まぁ分かってるとは思うが、俺は『神代家』なわけよ。でもな、ご存知の通り、『神代家は協会の殺し屋が殲滅』した事になってる。俺含めてな」

「う、うん。それは知ってるけど……」

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