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1.open it.―9

「前にな、同学年タメの不良共が龍二にキレた事があったんだよな。そん時は龍二が軽くあしらって終わったからいいんだけど、その態度に不良がまたキレてな、龍二と仲良かった俺と日和がまぁ……不良共に人質として取られたんだわ。情けない話しだけどよ。それに龍二もついにキレたのかね、一人で乗り込んできてその場にいた不良共を全員ボコボコにしたんだよ。かれこれ二年も前の話しだってのにまだ覚えてるわ。しかもな、そのタイミング相川高校って近くの高校の不良共が噂を聞きつけて攻めてきたんだよ。でも、龍二はずっとキレててな、ただウチの不良共をシメにきた相川高校の連中も一○人近くいたってのに無傷でボコボコにしてな。それからだよ、アイツに不良共が突っかからなくなったのは。一人で二○人近くの人間を相手して無傷だったんだからな、そりゃそれ知ってる人間は誰も突っかからなくなるわ」

「そ、そんな事があったんだ。へぇー……」

 まさかまさかの飛び出た事実に春風は思わず目を見開いて驚いた。目の前の礼二は当事者らしい。故意に嘘を付いてはいないだろう。

(一体何者なのかな、神代君は……)

 冷や汗まで噴き出そうだった。春風はそんな身の奮えを抑えながら、再び問うた。

「神代君は、格闘技か何かやってるのかな? そんなすごい力があるなんて」

 その問いに礼二は首を横に振る。

「いやー。アイツ面倒くさがりだからなぁ。習い事とかしてねぇよ。当時、俺も流石に驚いて似た様な事を龍二本人に聞いたんだけど、キレてたから、としか言わなかったなー。まぁ、火事場の馬鹿力ってやつじゃねぇの?」

 春風は口では「そうなんだ」と相槌を打つが、心中荒れそうな程、違うと叫んでいた。

(火事場の馬鹿力で二○人の相手に立ち向かって『無傷』なんてのはおかしいよね。……それに興奮している状態で、何の訓練も積んでない人間が冷静な判断を出来るはずがないよ。……でも、神埼君は何も知らないみたいだし……――まぁ、『とっととやる事やって』帰ろうかな)

「で、話しって何かな?」

 興奮冷めやらない礼二は早速、と話しを本題に戻し、ズイと春風に迫る。ここまで他人の話ししかしていないというのに、まだ、告白されるかも、という淡い希望で胸を暖めている様だ。

 そんな礼二に、春風は突如として冷たい目線を送る。

 気付いたか、礼二の表情から憎たらしい笑みが剥がされた。

「な、何?」

 突然の変化に臆しながら、礼二は問う。と、春風は背の高い屋上のフェンスに預けていた背中を浮かせた。ガシャリ、と音が鳴るが、誰もそんな音には耳を傾けない。

「……この前さ、私のスカートの中覗いたよね?」

 突如として場違いな言葉。

「え、あ……あぁ。あの時はごめん。不可抗力で……」

 豹変した春風の威圧に辟易しながら、言葉をどもらせながら、礼二は応える。とりあえず謝っておこう、という直感での言葉。流石の礼二も、この時既に、告白なんて言葉は頭から消滅させていた。

 強い風が屋上を通り、過ぎ去る。吹き抜け以上の開放感溢れるこの屋上。だが、どれだけ強い風が吹こうと、二人の間に生まれた張詰めた空気は流れはしない。

 一歩、前へと踏み出して春風は一言。

「いや、いいんだよ。減るモノじゃないしね」

 更に一歩詰め寄って、二言目。

「でも、ね。君は見てはいけないモノを見た」

 更にもう一歩、もう一言。

「予定にはなかったけど、不安要素は排除するね」

 礼二との距離を一メートル強程にして、笑み、彼女は、化けの皮を剥いだ。


「ごめん、殺すね」


 静かで、強風吹き荒れる中でも何故か真っ直ぐ礼二に突き刺さる言葉。礼二に反応する余裕は与えられなかった。そう呟いたと同時、春風は自身のスカートをめくり上げ、『太腿に巻かれるベルト』から、ナイフを二本、取り出して両手に構えたのだ。

 え、あ、は、と漏らす暇すらなかった。それが、そのナイフが本物が偽者か、と笑ってやる余裕も当然なかった。唯一できた行動は、呼吸を吸い込むということだけ。

 チラリと、見えた春風の白い下着に興奮を覚える暇もなく、礼二は――『意識を失った』。

 あっという間の出来事だった。礼二は春風の突然の行動に怯えたかと思うと、突如としてバタリと、まるで、道を空けるかの如く、横に倒れたのだ。当然、起き上がってこない。ただ、本当に、死んでしまったかの如く落ちたのだった。

「……え、」

 その出来事に、驚くは――春風。彼女はまだ、動いていなかった。

 彼女の手に握られるナイフ二本は本物だ。鋭利な輝きを見るだけでそれはハッキリと分かる。が、その刃に鮮血は浮かんでいない。それどころか、塵一つついていないし、曇りすら見えない。だが、礼二は倒れた。

 恐怖に気圧され、倒れたわけではない。何より彼はまだ、そこまでの恐怖を感じる余裕すらなかった。呆然とし、急流の様に流れた出来事に身を任せて、自然なままに畏怖し始めていた、まだその段階だった。なのに、何故。

 そう、春風が思ったと同時だった。

 タッ、と着地音。屋上のコンクリートに落ちるただ唯一の足音。強風は未だ吹き荒れている。だが、その音は、春風の言葉よりもハッキリと、明瞭に存在した。

 春風が突如として倒れた礼二から視線を離して正面に目をやると、五メートル程離れたところに立つ――龍二と目が合った。

「化けの皮が剥がれるのが早いな。……一応聞いといてやるよ。何で礼二を?」

 静かに、そう吐き出す龍二。その表情には呆れのような気だるさが張り付いている。この状況は避けたかった、そう言っているようにも思えた。

「見て分からない?」

 そう言って、両手のナイフをギラつかせる春風。空は曇っているが、それでも輝くナイフの刃はよく手入れされているのだろうな、と想像させた。

 どうやら春風は、礼二にスカートの中を覗かれたあの時も、太腿にベルトを巻いてナイフを隠していたようだ。それを見られたがため、礼二は春風の中の不安因子となり、殺されそうになったのだろう。

 ――だが、高校生だ。彼等は、高校生。何故、殺す、殺さないの話しになるのか。

「そっちも。話しは聞いたよ。二つの高校の不良共を無傷でボコボコにしたんだって? 一体、どんな格闘技をやっているのかな?」

 そこまで言って、ニヤリと不気味な笑みを浮かべる春風。最早、完全に別人だった。それは、互い共。この場には、『プロ』の連中でさえ中々醸し出せないような圧倒的な威圧の雰囲気が漂っている。一般人が足を踏み入れたら、動けなくなってしまう程のだ。

 春風は笑いを大きくし、吹き流れる強風を吹き飛ばすかの如く、大音声で言った。

「でも、まさか。こんな私立の高校に、入学からまともに通い続けて三年にもなる――、」


「『殺し屋』がいるなんてね!」


 ピクリと、龍二の眉端がその言葉に、いや、単語に反応して動く。

(やっぱりかよ……)

 龍二の表情は変わらない。だが、心境は、覚悟は大きく変化した。

「先に言っておく、」龍二は学生服のズボンのポケットに両手を突っ込んで、「俺はもう、殺し屋業なんてやってないんだ。お前が、巻き込んだんだからな」

 覚悟しろよ、という一言を添えて、龍二は春風を睨む。

 そうだ。龍二は、神代龍二は『殺し屋』なのだ。ただの高校生等ではなかった。いや、正確に言えばただの高校生だ。そして、『元殺し屋』だ。

 殺し屋、と言われて一般人が想像、妄想するソレとは僅かに違う存在モノであるが、違いは機微なモノ。想像するそれと大して違わない。龍二は、いや、神代は、『殺し屋』だったのだ。だが、龍二の言葉の通り、今は、ただの高校生である。

 一体、何があったのか。

「どういう事よ」

 気になる。という性格は化けの皮が剥がれる前と変わらないのか、春風はナイフを構え、龍二を警戒したがまま、問う。

 だが、

「教えるか、バーカ」

 龍二は応えない。だが、聞くな、という様子でもない。そう。龍二は『呆れていた』。聞くなら聞け、そんな態度だ。それはつまり――そんな事を聞く余裕が、お前ごときにあるのか、という上から目線の言葉。

 その声が聞こえた時、既に、龍二の姿は春風の眼下に迫っていた。

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