5.thunder storm.―6
そう言って、宮古は再度龍二に近づいた。が、
「ちょっと、ちょっと待ってくれ」
龍二は右手で彼女の肩を押して、それを阻止した。その事に不満を覚えて頬を膨らませてむくれる宮古。眉をしかめて龍二を可愛らしく睨む。見とれてしまう程に綺麗な表情だった。が、龍二は再度彼女の表情から視線を逸らして、言う。
「俺は、」
だが、
「今なら二人共いない。龍二がどっちの事を好きなのか知らないけど、今くらいは、助けてくれるお礼に……」
龍二の手を振り払い、宮古は龍二に覆いかぶさった。
「礼ッ!」
龍二が起き上がると同時、宮古は走り出した。部屋から出ていき、階段を駆け下りる音が聞こえた。泣いている事にも龍二は気づいていた。
が、どこまでも冷静な龍二だ。外に一人で出るのはマズイ、とマズ思った。そして、即座に彼女を追った。ベッドから飛び出し、装備もしないまま、部屋から飛び出し、階段を駆け下りた。すると、玄関から裸足のまま飛び出した宮古の後ろ姿が見えた。
――マズイ。龍二は焦った。階段から飛び降りると、着地した音が家の中に響いた。そのまま龍二は掛けて、急いで靴を履いてから、玄関を飛び出した。
室内にいて気づかなかったが、パラパラと雨が降りだしていた。傘を差す程ではないが、今後どうなるかはわからない。今日は天気予報を見ていなかった。
「礼!」
宮古の背中を追う龍二。だが、彼女が出るのが少し早かったばかりに、中々追いつけなかった。暗闇の中、どこに敵がいるかなんてわかったモンじゃない。龍二は焦った。早急に彼女を家に戻さなければ、と焦った。一人、人目のない外にいるなんて、殺してくれと言っているようなモノだ。
「待て! あぶねぇだろ!」
龍二の手が宮古の背中に届きそうだった。が、――宮古は、沈黙した。
足音が消えた。
龍二の視界から宮古の背中が消えた。宮古の体が、駆けていた勢いを殺せず、そのまま前に倒れたと気づくには一秒程時間を要した。要してしまった。だから、彼女の腹部にナイフが突き刺さっていた事に気づくには更に時間を要した。
「ッ!?」
龍二は宮古に寄り添いたい気持ちを抑え、即座に正面を見据えた。
街頭が、消えていた。目を凝らせば、破壊されている事がわかった。そして、その街頭が照らすはずだったその先に、影がうっすらと見えた。――二つの影。
龍二は身構えた。が、急いで出てきたために武器を一切持ち歩いていない事を思い出した。が、足元には苦しそうに呻く宮古がいる。逃げ出すわけにもいかなかった。思わず舌打ちをした。先が、見えなかった。
(しまった……。宮古を守りつつ……撤退出来るか……?)
冷や汗が頬を伝った。そんな冷や汗が、頬を伝って、顎で集まり、雫となって落ちようとした時、二つの影が数歩龍二達に迫り、姿を現した。
男と女が一人づつ。見た事のない二人だった。両手にはナイフ。二人共同じ装備をしていた。今、宮古に向かってナイフが一本投げられていた事を考えると、まだまだ、服の下にでも装備を隠していると考えられる。服は黒のタイトなロングティーシャツとズボンと薄着だが、ナイフ等上手くすれはいくらでも隠す事が出来るだろう。
窮地だった。わかっていた。左腕が使えない挙句、武器もない。更に相手は二人。こっちには人質tもいえる宮古がいる。状況は最悪だった。
「何だお前ら……」
しゃがみ、宮古を抱えて龍二は敵を睨み、言う。と、宮古が引き絞るように声を出し、苦しげに答えた。
「クロコダイル……」
「クロコダイルか……」
言われて、やはりか、と龍二は納得した。
「じっとしてろ。なんとかする……」
龍二はそう言って、そっと宮古の体を地面に下ろした。雨が振っている。濡れてしまうが、そんな事に気を使っている余裕等あるはずがなかった。
宮古は苦しげに呻いている。致命傷ではないようだったが、時間が経てばそれだけ命を削るのは間違いない。
時間制限まで発生していた。
「で、お前ら、俺を簡単に殺せると思っちゃいねぇよなぁ……」
それでも龍二は臆さない。臆せば、死に近づくだけだと知っているからだ。だが、
「神代家の息子。当然、そうは思わない。私達は臆病者だからな」
殺し屋の女の方がそう言うと、龍二は、背後から響く足音に気付いた。目の前の二人から目を話すのは気が引けたが、今の所攻撃してくる様子はなかったので、首だけで僅かに振り向く、と、暗闇の中から、前にいる二人と同じ服装をした、女が出てきた。当然、両手にはナイフが握られていた。
最悪だった。
(三人、しかも挟み撃ちかよオイ……)
龍二の脳裏に死が過ぎったが、慌ててそれを拭う。あだ、諦めるわけにはいかないのだ。
「さぁ、どうする」
前の男の殺し屋が低い声を響かせる。どうするもなにも、選択肢すら出てきていない状況に、龍二は答えられない。
が、龍二は笑った。
「俺は何もしねぇよ。それに、この状況じゃできねぇ」
そう言って、右手をわざとらしく肩の位置まで上げてやれやれと言った仕草を見せて、
「暗闇に目が慣れていないのか? お前、死ぬぞ」
龍二は言って、視線を鋭くした。と、同時だった。男は、龍二に対して、絶対に勝った、という考えを持ってしまった男の殺し屋は、力なく、その場に崩れ落ちた。
突然の出来事に隣にいた女殺し屋は驚きを隠せなかったようだった。そして、続いて龍二の後ろに位置していた女の殺し屋が落ちる。その間に、その短い間に前で生き残っていた女の殺し屋は、『どこかにスナイパーがいる』と気付いたようで、その位置を龍二の後方のどこか、と推測し、龍二を盾にする様に瞬時に駆け出した。今の龍二は武器を持たない。人質に取るしかない、とでも思ったのだろう。
実際に、龍二は焦った。武器を持たない右手一本でいなせるかどうか、自信がなかった。だが、やるしかない。
懐に飛び込んできた女殺し屋は、スナイプされていない事に気付いて、一安心はした。龍二の後方のどこかにいる、という推測が間違っていない事を確信した。が、そのスナイパーがすぐに移動出来る手段を持っていないとは限らない。早急にケリをつけなければならないと分かっていた。例え、自分が死んでも、今龍二を殺し、足元の宮古まで殺せばこの任務は完了し『クロコダイル』の糧となる。女殺し屋は死を厭わない。
右手に持つナイフを、龍二の喉元を穿つようにして放った。至近距離すぎる攻撃に龍二は驚異の反射神経で顔を引いてかわしたが、左手に持ったナイフでの追撃が即座にふりかかってきた。心臓を狙った牙突。例え刃が小さいナイフでも、心臓を穿てば人間は容易く死ぬ。暫く持つとしても、龍二は普通の病院にはいけないし、もう医者はいない。
女殺し屋は勝利を確信した。これがあれだけ話題になっていた神代家の動きか、と嘲笑してやりたくなった。
が、そうは上手くいかない。
龍二は即座に体を捻り、ナイフによる突きを間一髪で交わしたのだ。その余りに早すぎる動きに、女殺し屋は豆鉄砲を撃たれた鳩の様に目を丸くして、驚いてしまった。




