異世界出身の陛下
今日もいつもの様に変わらない私の仕事である掃除をしていると、何故か盛大な音と共に扉が開け放たれこの国の王であるリュージ様が転がり込んできた。
陛下はこの部屋に転がり込んできた体制のまま、必死な表情でこちらを何もかも見透かしそうな漆黒の瞳で見上げられながら、一言。
「オーレリア匿ってくれ!」
「畏まりました」
返答を返すと、陛下はほっとしたように笑われる。
そして、相変わらずいつもの隠れ場所へと入っていった。……しかし陛下ともあろう方があんな場所へと隠れるなんていいのだろうか。でも予想外だからこそ誰も未だに見つけられないのだろうけど。
陛下の行動を横目に見ながら、私は扉を閉めて再度ハタキを手に取った。早めに終わらせないと侍女頭に注意されてしまう。それだけならまだしも、減給とか最悪の場合クビにされてしまったら目も当てられない。
侍女という仕事は人気がある。
給金が良いからなのけれど、特に今はリュージ陛下がいらっしゃるからだ。陛下は独身なので、もしかしたら陛下の目に留まって側室になれるかもしれない、あわよくば正妃に……な野望を持った貴族の子女やその親が多いのだ。
いやそれはいくらなんでも自分に都合よく妄想してはいないだろうかとつっ込みたくなるけれど、思うのは個人の自由である。また陛下にご迷惑をおかけしない限りは放置しておこうというのが陛下の周りにいる方々のお考えらしい。
しばらくの間ハタキがけを行っていると、どたばたとあまりにも優雅じゃない足音が段々とこちらに近づき、再度、扉が盛大に開かれ見目麗しい男女が入ってきて騒ぎ出す。
「オーレリア、陛下はこちらにいらっしゃらなかったですか!?」
「ああっリュージ様! 何故わたくしの前からお姿を消されるのですか! こうしている間にも、わたくしのリュージ様の全てを我がものにせんと狙って敵がっ」
男性の方である宰相は眦を吊り上げながら、もう片方の女性はキャンキャンと吼えながら……失礼、賑やかに姦しく騒いでいる。もう貴方のお言葉につっ込む気は疾うに失せているのですが一言言わせてください、いつの間に陛下は貴方のものになったんですか侯爵家のご令嬢でいらっしゃるエリザベス様。
だがエリザベス様に聞けば「出逢った瞬間からわたくしの陛下です」とその豊かなお胸を揺らしながら答えてくださるだろうから何も言わない。彼女を見ると、つい自分の胸を見てしまいあまりにも平坦なそれに涙が自然と出てくることも言わない。絶対に言わない。
「陛下はいらっしゃっておりません」
それらを半ば呆れた目で見ながらと返すと、それじゃあもうここには用は無いとでも言いそうな表情で2人はまた賑やかに部屋から去っていった。
この後、あの2人に捕まった方にはご愁傷様としか言いようがない。でも悲しいかな、いい加減これにも皆慣れて扱い方も解ってきている頃だろう。慣れてきて良いのか悪いのかは微妙なところだけど。
賑やかな2人組みが開け放ったままの扉を閉めようと扉の処まで行き、左右を見渡して他に誰も居ない事を確認し扉を閉めると、少しだけ笑った。
「陛下、もう出てこられても平気で御座います」
私の言葉が聞こえたのだろう、戸棚から陛下が転がり出てきた。
いつも思うけど、よくそんな狭いところに陛下は隠れられるな。ついでにそんな所に隠れているのが発見された際には宰相殿とエリザベス様からなんでそんな所に陛下を入れておいた、などと私は非難されるのだろうな。
「サンキュ、オーレリア」
サンキュ、というのは陛下の生まれ育った国のお言葉でありがとうという意味らしい。大変ありがたいことに以前陛下直々に教えてくださった。
「いえいえ、私で陛下のお役に立てるのならいつでもいらっしゃって下さいね」
告げると、陛下は嬉しそうに瞳を細めて笑っていた。
その笑みは、陛下自身は否定されるが可愛い。私達とは民族的に顔立ちが少し違っているから新鮮なのかもしれない。でも陛下に言ってしまえば陛下の男心とやらが挫けてしまいかねないので言わないようにしようと陛下を眺めていれば、その陛下の手に傷がついているのに気付いた。
「陛下、御手に傷が」
「え、あ、ほんとだ」
陛下の所まで歩き膝を折り、そっと陛下の手を取って力を込める。そして放した陛下の手には傷は残っていなかった。
そこそこには扱える私の魔法の様子を見ていた陛下は、困惑したような、そんな表情でこちらを見ている。
「どうかされましたか、陛下」
「あのさ、こんな傷なんかにそんな大層に魔法使わなくっても……」
困惑したままの陛下は、ご自身の重要さを未だに理解していないのか。
私は内心、微かに苦笑する。
「陛下は皆にそう仰っているのですか?」
「え? まぁそうかな」
「それでしたら皆が可愛そうですよ」
「え、なんで?」
きょとんとした陛下に、私は苦笑した。
陛下が先程怪我をしていた右手を取って、両手で軽く包み込む。
ぎょっとした後、真っ赤な顔で手を離そうとした陛下の右手をそれでも掴み続けた。
「皆は陛下が大切で大切で仕方なので御座います。だから傷1つだとしても騒いでしまうのです、それが誰にだって解る程軽いものだったとしても」
何者も貴方を傷つける事のないように。その為ならば我らは盾にでも何にでもなってみせましょう。
それを貴方が望んでいない事だと知っていても、それでもと思ってしまう、希ってしまう。
目の前の陛下は、異世界から来られた。
ご自身が大変な目にあわれたというのに、陛下の前に王位に就いていた当時の王の横暴に我慢できず反乱軍の先頭に立ってこの国を正してくださった。
そんな貴方に私達は何も出来ないけれど、それでも有事があればその下に集うだろう。
陛下の手をゆっくりと降ろして、私はぴっと人差し指を立てて、一言告げる。
「要するに愛しているのです」
皆、貴方の事を。
陛下は私の言葉を口内で反復させていたようで、「愛しちゃ……ええ!?」と顔を赤くしたり白くしたりしていた。やっぱりその様子は可愛らしい。
私はといえば、陛下の様子が微笑ましくて思わず笑みが零れる。
誰とも違っていて、でもどこかで誰とも一緒な方。下部の者だとしても対等に扱ってくれるその行動が、どんなに私達を感激させているかこの方は知らないのだろうけど。でもだからこそ、皆が陛下を慕う。
以前にも陛下は「俺の為に毎日味噌汁を作ってくれないか?」と仰ってくださった。私のような下々の作った物すら口にしてくださるというそれに、私が泣きそうになった事は陛下は知らないのだろう。
でもそういえば、光栄だし皆が喜ぶと言ったところ、陛下は何故か「通じなかった」と肩を落としていたのだけどあれはなんだったのだろう。
空気の動きを感じ顔を上げると、陛下の双黒の瞳が見えた。綺麗な漆黒の瞳がくるくると動き、左手が忙しなく動いていた。
「なぁ、オーレリアも俺のこと……その……なんてーか」
陛下の言いたい事が解ったので、私は笑みを浮かべて告げる。
「ええ、わたしも陛下のことを愛してますよ」
それは恋にも似た、けれど違う感情。
どんな、とは形にして表す事は出来ないけれども、これだけははっきりと声高にして言える。
貴方がどんな選択をしようとも、それでも、私――私達は変わらずに貴方を愛していますから。
「──どうか、それだけは忘れないでください。陛下」