7.シャーロット
「ニンフルから南西にあるもの、しらべました」
「ありがとう」
手渡された紙には14つの街の名前がかかれていた、それを上から順に見ていく、かかれていたのは普通の街の名前ばかりだが1つ引っ掛かるものがあった。
「テリサリンホルム…君はこの街に聞き覚えはあるか?」
「テリサリンホルムっていえば、たしか職人街です、特にBAの技術なんかはマドラントと同じぐらいといっても過言じゃないくらい、発展してる街ですよ」
「んー…」
「紫音さん?」
「瀬戸総司令に無線を繋いで、ゼロとエリーには戻るよう伝えてくれ、あと警備機兵の数を増やす、残っている兵を作戦室に集めろ」
*
「なんだか、慌ただしいですね、教官も会議にいってしっまったし、何かあったんでしょうか…」
「俺が知るか…」
機体の整備、これも新人隊員に与えられた使命で、今まさに僕とヨハネの2人はそれをしていた。
「しかし、そろそろ任務に参加したい、あとひと月は訓練って…」
「何か大事件があれば俺達も出動できるかもな」
「何かないかなぁ」
「真紅、ヨハネ!」
「教官、何かあったんですか?」
「ちょっとな、今日はもう終わりだお前らは宿舎に戻ってろ!」
ヨハネはすぐに機体から飛び降りガレージを後にしようとするが僕にとめられ戻ってくる。
「片付けちゃんとしていってください!」
*
それから30分後のことだ、レーダーに異変が写ったのは。
「こちら管制塔、レーダーに機影、捕捉しきれません」
「こちら紫音、今からでる、レーダーの情報を各機に送れ」
機体のブースターに火がつく、前のような失態は許されない、自らを鼓舞するように言う。
「パパル!ナギサ! 暴れるぞ!」
3つの機体が飛び立つ、辺りはすでに暗い、空にでたもののまだ敵機の姿は見えない。
「久しぶりのでかいのだ、パパル、気合いを入れていけ!」
「はい!」
「ナギサは後方支援だ、好きなだけ撃ち落とせ!」
「はい!」
「接触まで1分!」
3つだったブースター音は1つ2つと増えていく、無線の声が止まない。
「紫音さん、第3通常部隊、準備完了です」
「よし!」
「こちらskydian、第三、第七部隊、航空支援いつでも行けます」
「そちらにもレーダーの情報を送る、目標を誤る…な……」
そこで声が途切れる、目の前の光景が今まで見たことのないものだったからだ。
「なんて数だ…、ゼロの情報の時からかなり増えてるんじゃないか」
闇の中、ヘッドライトが不気味に浮かび上がってくる、月明かりで最前線の機体の形がはっきり浮かびあがった頃、ライトの数が辺り一面を埋め尽くす、夥しいほどのそれは異様な光景だった。テリサリンホルムで調達したのは武器だけではなく、仲間もということか。
「紫音さん、こりゃ多すぎませんか?」
「臆したか、パパル?」
「なぬッ! チッチッチ、嘗めてもらっては困ります、このパパル・アブソーバ、この程度でビビるような肝の小さな男じゃない、見ててください紫音さん、この俺の勇姿を」
「バカにぃー、集中しろ!」
「何をいう、俺の集中力は世界一だぜー!」
「ふふ」
「おっ紫音さんが笑った」
「私が先にでる、パパルは後に続け、遊撃準備ッ!」
全機が武器を敵機に向ける、同時に全機銃、対空砲も攻撃準備に入る。
「撃てェー!」
*
「なっなんですか?」
振動と銃撃音はもちろん施設内にも響く、それが工具を片付け宿舎に戻ろうとしていた2人の足を止める。
「何かあったんだよ!」
とヨハネは走り出した、方向は宿舎とは逆だ。
「どこ行くんです!?」
「指令室だ」
「じゃー、僕…も」
ヨハネに続こうとしたが、声が聴こえたような気がして振り返る。ヨハネはそれを気に止めず走り去っていった。
「今の…」
*
「第3隊一機損傷ッ!」
雨が横に降っているような銃撃、味方機は避けるだけで精一杯のようだ。
「ナギサ、こちらへの支援はいい、第3隊の援護に回れ」
「了解」
「全隊員シールド出力を全開に」
「こちらスカイホーク、航空支援を開始する!」
私たちの、さらに上空からは空軍の黒い戦闘機がミサイルを飛ばす。
「パパル、私の援護は気にするな!」
「こちら作戦指令室、対BAキャノンの射出準備完了、南に向け真っ直ぐ放ちます、機体は退避してください!」
基地の施設内から長い砲身が露出し黒光りする、なんのまえぶれもなく図太い閃光が一筋、空を裂く、一気に十数機の機体が火花を散らし墜ちたのがわかった、前回の襲撃を受け新たに設置されたそれは再び発射準備にかかる、威力のかわりに膨大なエネルギーと時間をようするのだ。
「次の発射まで、砲身に敵を近づけるな」
一機、二機、三機、正確に敵機を斬る。次を斬ったとき遂にナイフに限界が訪れる。
「チッ!」
それを好機と、敵機が5機ほど迫ってくる。
「なめるぁー!」
バックパックユニットから武器を取り出す、薄暗い中に妖艶と光輝くそれは槍の形をした武器。
「我が、ステーリーランスで切り刻んでくれる!」
円を描くように斬る、空間すらも裂いてしまいそうな鋭い刃は、敵機の装甲をまるで紙でも切るかのように分断する。
「槍舞紫の名、侮るな!」
爆煙が機体を取り囲む、私の強さは異常だ、そう敵に思わせるには十分な攻撃だ。慎重にならざるをえない。しかし敵の数はまだ途方もないほどだ。
たく、何処からこんなにかき集めたのか、自然にそんな言葉がもれる。
「こちら指令室、ヨハネ隊員が出動許可を求めています」
「ヨハネ…」
「というか、もうすでに出撃しちゃいました」
「ふっ、かまわん」
その通信といれかわるようにしてヨハネの通信が入る。
「指示を」
「ほう、お前はちゃんと指示を仰げるやつだったのだな」
「俺は自分より強いやつは強いと認める、それだけだ」
「そうか、指示…といってもこの状況だ、好きにやれ」
「了解」
地上からヨハネの乗る機体が急上昇してくる。漆黒の機体は月夜にとけ込む、手始めに、とでもいいたいように、出て早々十数機の機体を容易く撃ち落とす。
「やっぱ、すげーなあいつ、こりゃ俺より強いかもな」
パパルは、武器を持っていない。彼の機体のアーム部分は特殊で、腕内部に隠し武器などの仕込みがされている、拳部分も硬質で殴って叩き落とすこともできる。
「確かにそうだな」
「えっ紫音さん、冗談っすよ」
「まぁパルにぃーよりは頼りになりそうだね」
「ナギサまで」
見下ろすと敵機の残骸が散らばっている、それが敵の多さを再認識させる、と同時にため息がでた。
「また、復旧に時間がかかる」
通信アラートがなる、いったい何度通信が行われたであろうか。
「遅くなってすまない、こちら瀬戸総一郎だ、無事か、鳳?」
「総司令! 敵の数が異常で、持ちこたえるのがやっとといった状況です」
「そうか…私はまだ戻れそうにない、かわりにケニオンカルバ(国)のBA部隊、ユニットが増援に駆けつけられるように手配した、施設の武器の制限は気にするな、なんとかその場を凌いでくれ」
「はい!」
斬る!
斬る!
斬る!
「状況をうまく利用しろ、常に敵を前と後ろの対角線上にいれておけば、銃による攻撃はできない」
「了解です、紫音さん」
「こいつら、チェーンナイフを持ってるぞ」
敵の手にはノコギリ刃のようなものがついてるナイフが装備されている、ヨハネに敵の白い機体が斬りかかってくる、だが体勢が悪かった。
「ヨハネ、避けろッ!」
声が大きくなる、が冷静なようすでヨハネは動く。
「見えてるよ!」
近くの敵機をつかみ、自分の方へ引っ張り、うまく場所を入れかえる、同士討ち、ノコギリ刃は回転していてチェーンソーのようになっている、装甲を分けいるように食い込み、火花が散る。
「見事なものだ、パパル、私達も負けてられないな」
「ふん、勝ってるところしかないですよ」
本部上空まで押さえ込まれていた前線がヨハネの参戦で少しながらもちかえす、だが依然として攻撃の手は緩まない。あとどれだけ来ようとも私は大丈夫だ、だがそろそろ味方は限界が近い。
「被害拡大」
「ダメージ大きい機体は後退して他の機体に乗り換えろ、直に増援が来る、それまで持ちこたえろ」
何とかしなければ! 私は今この場の指揮官だ、何とかしなければ、それがなんども頭の中を行ったりきたりする。だから私はヨハネが叫ぶまで気付かなかった。
「避けろ!」
振り向いた、すぐさきには見たことのない武器を構えた敵機。
「しまっ!」
砲身から赤い輝き、次の瞬間それが、空気を裂くような音ともに己が味方であろう機体まで巻き込みながら射出される。直撃。
「紫音さん!」
機体がゆっくりと墜ちていく。
「無事だ、咄嗟に敵を盾にした、しかし…」
距離が近すぎた、ダメージは甚大、直をも機体は墜ちていく。
「機能がダウンした、再起動まで時間がかかる、援護してくれ」
その言葉より先にヨハネがこちらにむけ動き出す、直撃と同時に敵はとどめを刺すために一斉に私の機体へ攻撃を仕掛けようとしていた。
*
「いったい、なんなんだろう」
三番格納庫、黄色い装甲の機体、〈シャーロット〉の前で立ち止まり、いったい数時間も何をしていたのだろうか…、なんせ夜中の2時、頭上ではいまだ銃撃音が聞こえる、聞こえた声は間違いない一昨日聞いたものと同じだ。だが機体の前に立って気づいた、一昨日とは明らかに違う何か…なんと表現すればいいのだろうか、それが分からずただ直感的にこう言った。
「生きているのか…?」
生き物の気配、獣が近くにいるときに感じるような息づかい、そんなものが目の前の機体からは感じられる、それは本当に生きているようだった。
聞こえるか…
「え?」
また、声が聞こえるまだこもったように聞こえるそれだが、今までよりも遥かに分かるような声だ、頭がボーッとする足が自然に前へ出た、機体に吸い寄せられるような感覚。
「おまえ…」
機体に手を触れたその時だ、天井を突き破り何かが墜ちてきた。衝撃で倒れそうになる体をグッと堪える、目の前に墜ちてきたのは間違いない、紫音さんの乗る機体〈イージス〉だ。屋根がクッションになり落ちたダメージは機体にあまりないだろ、だが機内はべつだ、その衝撃に耐えられまい。
「紫音さん!」
「うっ…真紅、こんなところで何をしている」
墜ちてきた天井には大きな穴が空いている。その穴から見える、敵機。こっちにくる、そう思ったが、紫音さんの機体はうごきださない。
「真紅、逃げろ!」
また大きな衝撃と同時に一機の機体が、倒れている〈イージス〉の前に降り立つ、その手には電磁ライフル、その銃口が紫音さんへ向けられる。
「嘘だろ」
コックピットに向けられたそれは、引き金を引くだけで1人の命を簡単に消し去ってしまう、だがそれは僕にとって許してはいけないことだった、自分が憧れ尊敬した鳳紫音という女、その命がいままさに消されようとしている。
助けたい命は一滴…
人間がBAに向かって行って何ができよう、だがすでに走り出していた、止めなければ、止めなければ、止めなければ、そんな思いだけが何度も頭の中を回り続ける。
求めるのは我が力…
周りの音はすべて消えた、時間がゆっくりと進むような感覚、ライフルの引き金に指をかけようとする機体、足がもつれそうになる、そんな中確かに聞こえる声がある。
必要なのは…
「己が勇気」
小さく呟く、紫音さんが何か叫ぶがその声は僕にはとどかない、電磁ライフルに弾丸が装填される、次の瞬間には彼女の命は消えるかもしれない、ただ耳に聞こえる声、僕は叫んだ。
「シャーロット!!」
爆発音のようなもの、それが突風とともにやってくる、背後からの風圧にバランスを崩し地面に手を着く、顔をあげるとさっきまで敵機がいた場所には、外からの月の光に照らされた黄色く輝く機体。敵機は格納庫の壁を突き破り外に放出された。目を見開きいま起こった状況を整理しようとした。だが頭で考えるよりも先に体が動いた、確かに聞こえた気がしたのだ。
乗りな真紅!
目の奥が熱い、機体に飛び乗り天井に空いた穴を見上げる、そこに敵機、数にして3、その後ろには遥かに膨大な数の敵機も見える、それが紅く染まって見える。
「真紅!」
紫音さんの声に振り返る。
「紫音さん、出撃許可を」
驚くほど冷静だった、掠れていく紫音さん声。
「いって・・・こい」
そこまでが、精一杯ようだ、飛び立つ機体が霞んで見えているのかもしれない、だがそれ以上に僕の意識もしだいに薄れていった。機体は月夜に照らされる。