4.ある種の儀式
部屋には2人の男がいた、1人はguardian総司令官、瀬戸総一郎、もう1人は軍の最高機関、エーデルリッターの最高責任者、アクゼス・ランカーである。
「これからは月咲を潰すことに重点をおいてくれ」
窓からは朝の光が、束になって入ってきて2人と部屋に置かれた家具の影をつくる、まず口を開いたのはランカーだった。
それに対して総一郎は聞く。
「月咲達に対しては全力尽くしています、何かかれらにあったのですか?」
これまでも月咲昴の問題に対してはかなりの労力をはたいてきた、今後も全力を尽くすつもりであった、ここにきてそこまで念をおされることに疑問を感じた、おそらく昴に対して、何らかの事情が変わったのだ。
「ある情報すじから月咲たちがNABA計画のことについて感ずき始めてると聞いた、支障を及ぼされる前に排除しなければならない」
それが事情。
「わかりました、次の会議で話し合いましょう、最重要危険課題として」
計画はランカーにとって重要なことであった、そして瀬戸総一郎のにとってもそれは重要なのである。
だがguardian全体にとっても重要なことであるか、というわけでもない、なぜなら計画について知らされているのは上層部の極少数なのだから。
「計画実行にはまだ時間がかかる、支障がでるまえになんとしても月咲たちを排除してくれ」
「はッ!」
総一郎は敬礼する、手をおろした頃に、時計に目をやった、針は8時22分を指している、ランカーも同じように時計を見て時間を潰そうとするかのように再び話し始める。
「ところで君はNABAの起源を知っているか?」
「いえ」
NABA、月咲が発見した機体、計画の中枢を担うもの、その起源。
「NABAの起源は古代の神、邪神ボルジャグ」
「ボルジャグ…」
邪神とはまた稚拙な、総一郎にとってそれは聞いたことのある単語、ある書物では神と崇められ、ある書物では悪魔と蔑まれる。
ある宗教では生の象徴で、ある宗教では死の象徴。
「今は一部の宗教で信じられているだけの曖昧な神だがな」
ランカーはまるでボルジャグを侮辱するように笑う、だがそんなつもりは微塵もない、ただそうみえるだけだ。
「私がNABAについて調べ始めたのはたかだか10年前、だが古代、誰かがボルジャグを作り出した、つまり古代は今よりもアンフェルメントの知識があったということだ」
総一郎は話に聞き入る、つまり伝承や教本にでてくるそれはNABAだとランカーはいうのだ。
「ボルジャグには知能があったという、世界を牛耳り邪神となった、作り出した者も殺された」
それが本当のことかはわからない、だが歴史の教材にのる説よりかは、彼の話し、ボルジャグは知性を持ったNABAという方が幾分真実味があった。
「だがそのボルジャグも人の手で滅ぼされた」
「長続きはしないですね」
絶対的な力など存在しない。
「私にとって驚異は2つ、無論それはボルジャグのようないるか、いないかもしれない、粗末な神ではない、驚異、その1つがリーマン、やつをようする月咲スバルの軍勢を野放しにしておくわけにはいかんのだ」
「はい」
「アンフェルメントの研究は極秘裏に進めている、アンフェルメントが悪用されることは世界の終わりだ、それに興味を示すリーマンは生かしておけんのだ、わかっているな」
「平和のために全力を尽くします」
今度は敬礼ではなく拳をつくり、それを胸、細かく表すなら心臓のあたりにあて一礼する、絶対の力など存在しない、しかし目の前の男はそれをてにいれる初めての人間・・・、いや存在なのかもしれない。
その力はいずれ世界を永久の争いから救う平和の光となるのだ。
「おめでとう」
と紫音はいう、机と椅子が軍学校の教室のように並べられたその部屋にいるのはわずか6人の隊員、その眼差しは彼女に向けられる、100人以上いた隊員候補から隊員に選ばれたのはそれだけだった。
紫音は華やかな表情で祝福の言葉を送るが、すぐに厳しい表情と口調で話しはじめる。
「が…、そんな候補隊員諸君に重要なお知らせだ」
6人の隊員は不思議な表情を、みな同じことを思ったであろう、そのことを口にしたのは真紅だった。
「候補隊員?」
最終審査の合格をいいわたされ、今ここにいる6人はすでに候補隊員、ではなく新人隊員、そう呼ばれるのが妥当では? と思ったのだ。
「何か疑問でも?」
「僕たちってもう、guardianの隊員じゃー」
「じゃーないな、残念だが」
「どういうことだ」
そこで他の隊員、いや彼女曰く、他の候補隊員も口をはさむ、真紅はそれを鎮めるように聞く。
「あの、重要なお知らせって?」
紫音の口元に意地悪そうな笑みが浮かぶ。
「諸君らにはまだ受けるべき重要な審査がある」
「えっ!」
「では真紅候補隊員、君に聞きたいことがある、guardianに必要なのは戦闘能力だけか」
「え…っと」
真紅は回答につまる、そんなものはたくさんある、だがここでの彼女の問いに対する答え探すのは困難極まりない、紫音はもう一度同じ質問繰り返すが次はそのあとすぐに言葉を続けた。
「否! guardianに必要なのは強力な戦闘能力だけではなく、その能力を活かすための知識、それが必要だ、故に君たちにはこれより、筆記テストを受けてもらう!」
候補隊員達は焦りの色を見せる、ヨハネを除いて、真紅の横にいた候補隊員も口を開く。
「そんなの聞いてません」
「当たり前だ言ってないからな、まぁ心配するな、何も今すぐ受けろと言っているのではない、1週間時間をやる、そのあいだguardian隊員による講義を設ける、1週間の間ならいつテストを受けても構わない、ここまできて落とされたくないのなら死ぬ気で知識を頭に詰め込むことだな」
候補隊員達はホッと胸を撫で下ろす、だがヨハネだけは1人様子が違った。
「そのテストってのは今すぐ受けてもいいんだよな」
「ん? ああかまわないが」
「なら受ける」
「本気か?」
今度は紫音が焦りの色を見せる、というよりは不服そうな表情といったほうが妥当かもしれない。
「軍学校で習うようなことだろ、なら大丈夫だ」
「ふん」
何を血迷ったことをそこにいた皆が思った、だが真紅は違った。
「なら僕も」
真紅は一歩前にでる、彼は自分と同じ立場の人間が自分を置いて先にでることを黙って見過ごすことのできない種類の人間であった、当然皆がまた驚く。
「落ちれば、次の機会は1年後だぞ」
黙って頷く、2人の意思は固い、落ちるつもりはないようだ。
「わかった、ついてこい」
紫音の後ろについていく。部屋をでて、通りを歩く、また別の部屋について椅子に座らせると紫音は笑いながらいう。
「君たち2人は合格だ」
「えっ? テストは?」
紫音はそういう真紅にテストを渡す、それをみて真紅はさらに驚く。
「これって、むちゃくちゃ簡単?」
「そうだ、問題は基礎の基礎、軍学校を卒業してれは相当のバカ以外は合格できる、このテストは落とすためのものじゃない」
「どういうことですか?」
「特別に教えてやる、まず他の候補隊員にはこのあと模擬試験として理不尽なほど難しいテストを受けてもらう」
「なぜです?」
「そうすればこの1週間、死ぬものぐるいで勉強するだろ、つまりそういうことだ」
「ん?」
「テストを受けさせるのが重要じゃなくて、知識をうえつけるのが重要ってことだ」
「そのようすだと、ヨハネ君は知っていたみたいだな、月咲か?」
「ああ」
「でも、でも、こんなにまわりくどいことをしなくてもいいのでは? guardianに入るのだから、皆それなりに意識はあるはずです」
「まぁ、一種の儀式みたいなものだ、私もやらされたのだ、実際あのときの集中力はみなすごいものだったよ、私も例外ではなかった、おそらく君たちが初めての例外だ」
そこまでいうと紫音は2人の側による。
「難しすぎる」
模擬試験を受けた、4人はみなそう思う、当たり前だ難しすぎる問題しかないのだから。
4人の顔からは不安の色が窺える。
「どうしたお前ら、まさかこんな簡単な問題も解らないのか、あぁ!」
上官の男が吠える、それにあわせて4人は肩をビクつかせる。もちろんこれも作戦の一つ。
30分後、そこに紫音、真紅、ヨハネが戻ってくる。
「やってるか、なんだその顔は、簡単だっただろ」
紫音はいう、そして難題に頭を抱える彼らに追い討ちをかけるように続けていった、白々しい。
「そうだ、先に試験を受けた2人は見事に合格した」
4人が同時に紫音をみた、そしてヨハネ、真紅へと視線を移す。
真紅はその様子をおかしく思う、4人の動きがあまりにピッタリ揃っていたからだ。
「まっあの程度の問題、guardianの一員になるのならできて当たり前だ」
ヨハネは意地悪くいう、それを見て真紅もヨハネに合わせる。
「そうですね、難しいのは2、3問であとは簡単でした」
4人の表情は固い、再び問題用紙を見るが難しい問題は2つ、3つどころではない、全部と言っても過言ではない、それは何度見てもかわらなかった。